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第20話:クラス・クラスマッチ

 稚隼のクラスでは、クラスマッチに向けて盛り上がりを見せていた。

体育委員や各種目のキャプテンたちが率先して練習を行う。

そのため朝早くから教室に集まる生徒が多かった。


「おはよ。今日も集まったな」


稚隼が普段よりも一時間早く教室に着くと、既にクラスの半分が体操着に着替えていた。

「伊武ちゃんが遅いんだよ! ほら、さっさと着替えて」

真下は稚隼を急かす。

はいはい、と軽く返事をしながら、稚隼は着替えに向かった。

「そういえばさ! クラスマッチと言えば……欠かせないものない?」

真下はクラスメイトに向かって話し掛ける。ニコニコと笑っている。

「欠かせないもの? やる気?」

赤尾が首を傾げながら答えた。

「惜しい!」

「あれでしょ、根性!」

八田はケラケラ笑いながら言う。

「違いますー」

他に数人の生徒が真下の問いの答えを口にするが、なかなか正解が出て来ない。

(皆さん真面目なこった)

稚隼は真下の問いにまともに返事する気はないので、ただ様子を見ているだけだ。


「皆、鈍いなー! クラスマッチに欠かせないものと言えば……ユニフォーム! つまりチームTシャツだよ!!」


「あ、なるほど」

クラス中にあっさりとした納得の声が広がる。

真下はより盛り上がるのを期待したのか、不満げな表情を作った。

「なんだよ、皆忘れてたくせに! もっと驚いてもいいじゃん。なあ、伊武ちゃん!」

「へ?」

着替え終わった途端に話し掛けられたため、稚隼は面食らった。

おう、と生半可な返事をしたら、真下の機嫌は更に悪くなった。

「まあまあ、ナイスアイディアだよ真下! で、どんなデザインにしようか?」

赤尾が真下の機嫌をとるように尋ねた。

「似顔絵とかいいなっ!」

真下の表情はガラリと変わって、目はキラキラと輝き出した。

(ガキ!)

稚隼は制服を畳みながら、溜め息を吐いた。


 結局、チームTシャツのデザインは美術部に所属している生徒に任せることになった。

真下や八田があれこれと注文をつけるので、作業はてんわやんわになっている。

「里見センセーの写真とかは?」

真下がまるで名案だとでもいうように笑顔で言った。

それに対して八田はケラケラ笑いながら、

「あんなんお腹につけてたら、やる気削がれるってェ!」

と、答えた。

「じゃあデフォルメ!」

「クラス単位の行事だからってセンセー使う必要ないんだからさあ! 他に何かないのかよー」

デザイン係はわあわあと騒ぐ二人を見、頭を抱える。

(頑張れ、と俺は言いたい)

稚隼は彼の心中を悟った。


「伊武君」


トントンと稚隼の肩をつついたのは笹頼だった。途端に稚隼の気分が高揚する。なかなか正直な人間なのである。

「先輩から聞いたんだけどね、菊吉さんと宝条さん、二人ともドッジボールなんだって」

まるで誰にも聞かれないように用心しているかのような仕草が、稚隼はとても可愛いと思った。

「二人とも、小学校の時からドッジボールには目がないらしいの。違うクラスだし、勝負するのかもね」

(宝条政義、もしかしてそのために……?)

稚隼の頭の中に小さな疑念が浮かんだ。宝条だったら充分に有り得る話なのである。

「ったく、職権濫用もいいとこだよな。巻き込まれる俺たちのことも考えて欲しいよ」

稚隼が呆れたように言うと、笹頼は笑みを零して、

「宝条さん、無茶苦茶だけどムチャじゃないから……ちゃんと生徒のこと考えてるなぁって思うよ?」

と、言った。

「あ、でも、私なんかより伊武君の方が宝条さんのこと分かってるもんね」

慌てて付け足す笹頼を、稚隼はクスリと笑った。

「それは、この前学んだこと?」

この前とは、宝条と菊吉の急な提案により行われた研修のことである。

稚隼は風紀委員会へ、笹頼は生徒会へ行き、研修した。

そこで稚隼は改めて風紀委員会の在り方に気付き、笹頼もそれなりの収獲があったようだ。

(そういえばあの後、宝条政義が笹頼を気に入った、って大変だった)

その時の宝条の様子を思い出して、稚隼は溜め息を吐いた。

「学年対抗の試合も組まれるんでしょ? 楽しみだね」

「あの人たちは異常だから! レベルが違う!」

稚隼は必死に言い訳しても、笹頼はそれを爽やかな笑顔で受け流した。

(女の子って強い!)



 クラスにおける準備は赤尾たち学級委員や運動委員の頑張りにより、滞りなくなく進んでいる。

そんな中、稚隼は朝昼とドッジボールの練習に明け暮れ、放課後は生徒会といった、なかなかハードな毎日を過ごしていた。

「疲れたー」

稚隼が弱音を吐けば、

「ほらほら、まだまだ仕事は残ってるんだから」

と、円嘉が稚隼の隣に立ち、上から見下ろす形になる。

「というか、さっきから宝条の姿見えないんスけど……」

「里見センセーの所に行ったわ」

「へえ、そりゃまた珍しい」

稚隼は興味なさそうに言う。

宝条が理由をつけて、生徒会室から出て行きたかっただけだと解釈しているからである。

円嘉もまた同様に考えている。宝条を咎めなかったのは、自身もクラスの練習で疲れているからだろう。

それから暫く沈黙が流れる。二人とも黙々と仕事をする。


「そういえば稚隼君もドッジボールなんだっけ?」


僅かな沈黙は円嘉によって破かれた。

「ハイ」

「ちょっと意外。ドッジボール好きなの?」

「勝手に真下が……」

なるほど、と円嘉がクスクス笑った。

「政義もドッジボールなんだよ? いつもお揃いねぇ」

「止めて下さいよー気色悪ィ」

「そう?」

円嘉は稚隼の方を見ないものの、楽しそうに言う。

するとコンコンと扉を叩く音がする。そして扉が開かれた。

「失礼しまーす」

生徒会室にやって来たのは端谷だった。大量のプリントを抱えている。

稚隼は立ち上がり、端谷の手助けをしに行く。ありがとう、と端谷が爽やかに礼を述べた。

「あれ? 生徒会長さんは?」

「あ、今ちょっと呼び出し受けてて……」

稚隼は端谷の素朴な疑問に、慌てて答える。

(なんで俺が宝条政義のフォローなんか!)

宝条に対する文句は、口に出したら切りがないほどだ。

「ふーん、生徒会長となると大変なんだね」

端谷が何の疑いもなく感心するので、稚隼の心が少し痛んだ。しかし仕方がない。

「あ、これクラスマッチのプリント。当日の詳細書いておいたし、もう各クラスに配って貰ってもいいかな?」

そう言って、大量のプリントから一枚抜き出して稚隼に渡した。稚隼はそれを円嘉に渡す。

「うんうん、大丈夫ね! じゃあ各クラスに配っておきます。ありがとう」

円嘉がニコリと笑うと、端谷は嬉しそうな表情を作った。

(やっぱ円嘉先輩、最強)

東宮高校の美少女に敵う相手は早々見つからないようだ。

「そういえばあの一年生どうなりました?」

稚隼は急に例の大きな一年生を思い出し、尋ねた。何となく気になったのだ。


「いやぁ、こういうのはアレなんだけど、サッカーにあんまし向いてないな!」


あまりにも爽やかに言うので、全く嫌味な感じがしなかった。

「それは残念っすね」

何の話、と首を傾げる円嘉に稚隼はその一年生の話をした。円嘉は興味深そうに話を聞く。

「やっぱバスケに戻った方がいいと思うんだよね、俺は。本人も嫌いで辞めたようには見えないしさ」

(嫌いで辞めた、か)

(俺は……)

「その先輩って、東宮高校にいるの?」

「らしい」

端谷は大きく頷いた。


「じゃあ二人を和解させればいいのよ。簡単な話よね! そもそもバスケが好きなのにそれをしないなんて勿体ないじゃない」


円嘉がとても簡単なことだというように言うので、稚隼たちは素直に、ああ、と納得した。確かに単純なことなのだ。


(なんか今、円嘉先輩が物凄く……)

(宝条政義とダブった!)


「……」

「どうしたの? 稚隼君」

余程、稚隼は変な表情をしていたのだろう。円嘉が不思議そうな顔付きで稚隼を覗き込んだ。

「いや、何でもないデス」

稚隼は力無く笑った後、

(伊達に長く宝条政義の幼馴染みやってねえ)

と、心の中で驚愕した。




 クラスにおけるドッジボールの練習は、稚隼の想像以上に厳しいものだった。勿論、ドッジボール以外の種目も同様にキツい。

「どうして、ドッジボールの練習に、走り込みが必要なんだ?」

稚隼は軽く息切れしながら、隣の真下に尋ねる。かれこれグラウンドを五周しているのだ。

「そんとき伊武ちゃんいなかったけど、赤尾の発案だよー。ドッジボールであろうが、まず体力作り! だって」

赤尾はよく分かってるなー、と全く息切れしていない真下は言う。

(さすが現役バスケ部……)

稚隼は少し真下を見直した。

「あ、宝条先輩だ」

「ええ?」

真下が指差す方を嫌々見ると、そこにはハツラツとドッジボールを楽しむ宝条の姿があった。彼が放つボールは異様に速い。当たったらすごく痛そうだ。

「宝条先輩もドッジボールなんだー。じゃあもしかしたら戦うかも、じゃん!」

「絶対、嫌」

稚隼は本音を遠慮なく伝えた。宝条に好きなようにされるのが嫌なのだ。


「そこ!! 真面目に走れ!!」


赤尾の一言に二人は身体をビクリとさせ、気まずそうに口を噤んで、黙々と走り始めた。

(赤尾、意外と熱血!)

クラスメイトの新しい一面に稚隼は少し笑った。


 地獄のグラウンド二十周を終え、稚隼たちは完全にバテていた。真下も地面に寝転がっている。

「あー水ぅ! 伊武ちゃん、水ぅ!」

真下が大きな声で水分を求める。しかし同様に疲れ果てている稚隼は、

「自分で水道行けっ」

と、軽くあしらった。


「よし、十分後に練習開始で!」


赤尾が全体をキョロキョロと見渡しながら言う。赤尾自身にも相当疲れが見える。

「赤尾よ、お前スパルタ過ぎるぜ……」

稚隼が恨めしそうに行った。これまで何回かチームで練習をして来たが、今日ほどキツい日はなかった。


「スパルタがなんだ! 俺は勝つためにここにいるんだ!」


目を輝かして言うので、稚隼は驚いた。同時に、何かあったのではないか、という考えに行き着く。

「なあ真下。赤尾、彼女でも出来たのか?」

こそっと稚隼が尋ねる。

すると真下は楽しそうに、

「彼女出来た訳じゃないけど、坂山にキャプテン頑張って、って応援されたらしいよ。赤尾って単純!」

(お前に言われたくないだろうよ)

稚隼は苦笑する。

「さぁさ、やっとボール使って練習出来るんだからさ! 張り切って行かなきゃな」

そう言って真下は服についた砂を払った。




 「伊武君たち頑張ってるね」

「お、笹頼」

「応援しに行くね!」

「……うん」


(伊武ちゃんって、単純!)



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