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第19話:ドッジボール

 去年のクラスマッチ、稚隼は野球に参加した。

と言うのも、バスケではそれを本業にしている真下におちょくられるのは目に見えていたし、とりわけやる気はなかったので人数の足りない所へ行った。

特に活躍をすることもなければ、足も引っ張らず、成績はまずまずで終わった。

真下がキャプテンを務めたバスケは善戦したようだ。

稚隼は人並み以上の運動神経を持っているにも関わらず、本気でこの行事に参加することはなかった。


「俺、もしかしたらドッジボールにするかもしんない!」


稚隼が登校して教室の扉を開けた途端、真下がこんなことを言い出した。

「なんだいきなり……」

稚隼は自分の席へ向かう。

真下はそれに金魚のフンのようについて行った。

「俺さ、よく考えたんだ! 伊武ちゃんと一緒に戦うためにはドッジしかないって!」

「はあ? そりゃまた、どうして」

真下は一瞬口にするのをためらう様子を見せたが、すぐに理由を言った。

「だって伊武ちゃん、バスケで俺に負けんの嫌なんだろ?」

負けず嫌いなんだからなぁ、と付け足す。

「……」

稚隼は呆気にとられた後、悔しそうな表情を作った。

「あ、やっぱ図星なんだ」

真下がニヤニヤ笑う。

稚隼はパシンと鞄で真下の背中を叩いた。

「すぐ手が出るんだから! 悪い癖だぞー」

真下は背中を擦りながら、自らの席へ戻って行った。

(真下のくせに!)



 ロングホームルームでは、クラスマッチの種目の希望調査がされた。

バスケや野球などはやはり人気だったが、ドッジボールも意外と好感触であった。

(俺、何でもいいなあ)

稚隼は自分が決めたことであるにも関わらず、他人事のようにクラスメイトたちを見ていた。

「では最終結果を発表します。まだ黒板に書いてない人はいますか?」

学級委員である赤尾(あかお)が尋ねる。

赤尾はネクタイを正しく巻かないなど、見た目だけ見れば全然学級委員らしくない。

同じ学級委員の坂山(さかやま)目当てに立候補したという動機の不純さである。

「あ、ごめん、俺まだ書いてねェわ」

稚隼が頭を掻きながら黒板の方に向かう。

すると赤尾は不思議そうな顔をして、

「伊武の名前、もう書いてあるぞ」

と、言う。

「へ?」

「ホラ、ドッジんとこ」

赤尾が指差した場所を見ると、そこには稚隼が書いた覚えのない自分の名前が書かれていた。

「自分で書いたんじゃないのか?」

「え、えっと……」

嫌な予感がして真下を見れば、真下は稚隼と目を合わせないように辺りをキョロキョロと見渡していた。

犯人は明らかに真下である。

(後で覚えとけよ!)

稚隼は念で真下に負のオーラを送った。

残り物を選ぶつもりではいたが、ドッジボールを選ぶつもりは毛頭なかったのだ。何よりも宝条の発案であることが嫌だった。

「あ、それでいいよ、ごめん」

やっと決まった結果を変えてしまうのは赤尾に悪いと思った稚隼は大人しく引き下がった。

「ねえねえ、もしかしてドッジって伊武君の案? 私、ドッジボールなら自信あるから嬉しいなぁ」

稚隼の前の席に座っている愛川明希(あいかわあき)が話し掛けて来た。

一つに括われた長めの髪が魅力的である。

「いや、生徒会長の案」

「あ、あの変わった人でしょ! 宝条さん! あの人カッコいいよねぇ」

愛川はキラキラと目を輝かせた。

稚隼は以前、彼女が数学教師の長谷部のファンだという話を耳にしたことがあった。

(ミーハーなんだな)

「伊武君、今私のことミーハーだと思ったでしょ!」

「まぁね」

愛川は頬を膨らました。

「カッコいいもんはカッコいいんだから仕方ないのよ」

名言を残して、愛川は前を向いた。暫くしない内に再び隣の生徒とお喋りを始める。

元気がいいのだ。


(というか、ドッジのメンバーが知りたいな)


稚隼は少し身体を反らして黒板を覗く。

後ろの方の席なので小さな文字が見にくかった。

(俺、真下……あ!)

(おいおい、ちょっと待てよ……何でお前がそこに)

稚隼は小さく溜め息を吐く。

ドッジボールの枠には稚隼や真下の他に、前島の名前もあった。



 採決の後、種目ごとに集合し、キャプテンなどを決めることとなった。

赤尾は動機不純なくせに、なかなかしっかりしていて、細かい所まで抜け目ない。


「キャプテン、どうやって決めようか?」


真下が全体に問い掛けた。

今回、ドッジボールは11人でやるということに決まっている。

出ないメンバーも合わせたら合計で13人集まった。

「お前やれば?」

稚隼が言えば、真下は文句を言った。

「じゃあ伊武ちゃんがやればいいだろっ! そういう決め方じゃ駄目なんだって!」

本気で優勝するつもりの真下は真剣そのものだ。

(厄介だなー)

稚隼はキビキビと動く真下を見て、頭を抱えた。


「俺は赤尾がいいと思う」


いきなり発言したのは前島である。赤尾もドッジボールを選択していた。

稚隼は前島の発言に少し驚く。

(自分でキャプテンやりたいタイプだと思ってた……意外)


「いや、俺なんかより真下の方がいいと思う。俺、引っ張っていけるほど強くないしさ」


赤尾は首を横に振った。拒否している。

真下は赤尾からも自分の名が挙げられて目を丸くした。


「あんな、赤尾。リーダーってのは必ずしも実力が必要って訳じゃないんだぜ? 色んな方面でチームを盛り上げられる奴じゃなきゃ」


のそのそと話し合いに参加して来たのは里見である。

種目を決めていた時は、ずっと眠りについていた。やる気が見当たらない。


「お前がその気があるなら、キャプテンやれよ。俺は悪かねえと思うよ?」


里見はゴソゴソとポケットの中を探る。恐らく煙草を探しているのだろう。

「センセー……」

赤尾が里見を見て呟く。

「めんどくさがってるだけじゃないよな!?」

赤尾の純粋な疑問に、真下や稚隼も大いに頷く。

当の里見はニヤリと笑いながら、フラフラと次のグループがいる方へ去って行った。


「と、とにかく、赤尾どうする?」


真下は赤尾の表情を覗く。

暫くジッとしていたが、よし、と大きく頷いて、

「俺やるよ!」

と、決心した。

それから赤尾を中心にルール説明などスムーズに進められて行った。

(こいつ、本当にこういうの向いてるよな)

稚隼は感心した。

普段から学級委員としての赤尾を見ているが、より小さなグループの中で見る本人はより違った風に感じるのだ。

「ほら、簡単に決めちゃ駄目だったろー?」

いつの間にか隣にいた真下が赤尾を見ながら小声で言った。

「……そだな」

今回は素直に反省した。

(クラスマッチを動かしてんのは俺だけじゃないんだ)

(中途半端なことしてると、その人たちにも迷惑だ)


「あとさ、前島も悪い奴じゃないんだからさ」


「……何だよ」


「一回、心開いてみるのがいいよ」


真下はポンと稚隼の肩を叩いて、赤尾たちが話し合っている中へ入って行く。

そこはガヤガヤと盛り上がっていた。

(……余計なお世話だなあ)

稚隼は自分が、頑固に拒否している、ということに気付いてはいるが、なかなかその体勢を崩すことは出来なかった。

そこまで大人になりきれていないのだ。

(難しいね、こりゃ)

稚隼も話し合いに参加すべく、グループのもとに足を運んだ。



 放課後、稚隼は再び使いに出されて、グラウンドで練習している端谷を探していた。

(ったく、一度にまとめてくれよな)

この文句は一輝ではなく、宝条に向けられている。

宝条が渡さなければならない書類をいつまで経っても提出しなかったからだ。

(それにしても……)

稚隼はグラウンドを見渡した。

サッカー部だけでなく、他の様々な運動部が部活動をしていた。

(勢力図みたいだな)

東宮高校の運動部は全国的にも有名な方なので、力を入れられているのだ。

稚隼がぼんやりと端谷を目で探していると、ボールが足下に転がって来た。

サッカーボールだ。

稚隼はそれを器用に自らの手元に蹴り上げた。

(あ!)

視線の先には、先日端谷が話していた一年生がいた。

近くで見ると余計に大きく見える。

(でか……)

稚隼はその背の高さに驚いた。


「……ありがとうございます」


ボソッとした声で言う。

稚隼はボールを足で取れる場所に投げてやった。

一年はそれを手で取る。

(本当にサッカーやってた訳じゃないんだな)

稚隼はそんなことを思った。

「あ、のさ! 端谷先輩いる? 渡したいもんがあるんだけど」

「呼んで来ます」

静かな声である。

少し時間が経った後、片手に水の入ったボトルを持ちながら端谷がやって来た。

晴海(はるみ)、ありがとな!」

「はい」

晴海と呼ばれた一年は皆が練習する中へ戻って行った。

(あれ? 晴海、ってどっかで聞いたことある気が……)

「あいつだよ、昨日話してたの! すげぇデカいだろ?」

端谷が楽しそうに言った。とても爽やかな人だ。

「確かにボールの受け取り方がバスケっぽかったっすよ」

「へェ、伊武も何かスポーツやってたのか? バスケとか?」

「まさか」

稚隼は苦笑いする。

グラウンドから、キャプテン、と呼ぶ声が聞こえる。

「あ、ごめん、呼ばれてるわ! また何かあったら遠慮なく来てくれよ」

端谷は、それじゃあ、と片手を軽く挙げると、グラウンドに駆けて行った。

稚隼はその様子を眩しそうに見ていた。




 稚隼が生徒会室に戻ると、部屋には円嘉しかいなかった。

円嘉はせかせかと書類整理をしている。

「お疲れ様でーす」

稚隼は円嘉の横を通る時に声を掛けた。

円嘉は、うん、とだけ答えた。

(会計は大変なんだなぁ)

稚隼は自らの席に着くと、机の上にメモ用紙が置かれているのに気付いた。


『冷蔵庫の中にコーヒーゼリーあるよ』


円嘉の女の子らしい文字で、そう書かれていた。

稚隼は嬉しそうに、生徒会室に特別に設けられている冷蔵庫に向かった。

その際に再び円嘉に礼を言う。

(円嘉先輩、こういうことを外さない)

稚隼は円嘉のちょっとした優しさがとても好きだった。

コーヒーゼリーは勿論、円嘉の手作りである。


(手作りっていいよなあ。俺のために作ってくれた、って感じがして)

(俺のこと気にしてくれてる、って感じがして……)


稚隼はコーヒーゼリーにミルクをかけた。



(うーん、絶妙な甘さ!)



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