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第18話:白熱の予感

 六月の初旬、再び東宮高校には平和が訪れていた。

梅雨が始まるため、決して天気はよくないものの、どこか穏やかな時間が流れる。

それは生徒が自らのクラスや新しい学年に慣れて来たという部分が大きいのだろう。

そんな静かな時はいつも突然壊されるものだ。


「伊武ちゃん! 今年のクラスマッチにバスケあるっ!?」


ドタバタと教室に入って来るなり、真下が叫んだ。

昼休み中、うたた寝をしていた稚隼の身体がビクリと動く。気持ち良く寝ていたのだ。

「……は?」

よだれを右手で拭う。いつも以上に不機嫌な声色である。

「だーかーらー、今年のクラスマッチにバスケって項目あるか訊いてんの!」

「……さあ?」

「さあ、って本当は知ってるんだろっ! 勿体ぶらずに教えろよー」

真下が文句を言う。

稚隼は、はぁ、と息をついた。

「あるって。毎年あるだろ? バスケ抜こうなんて考えねぇよ」

「でもホラ、宝条先輩だし、何しでかすか分かんないじゃん!」

確かに、と稚隼は納得した。

来月行われるクラスマッチについてはつい先日、生徒会で話し合われたばかりだった。

社会科見学の時のように文句を言わせないため、無理矢理に宝条を参加させた。

相変わらず宝条は無茶を言ったが、上手く円嘉が丸め込み、話し合いは予想以上にすんなりと終わった。

生徒会がようやく宝条という人間の扱い方に慣れて来たのだ。


「楽しみだなー! 去年は優勝出来なかったから今年は頑張るぞ! な、伊武ちゃん!」


真下に同意を求められて、思わず稚隼は、

「え?」

と、声を上げた。

「え、って……だって伊武ちゃんもバスケ選ぶでしょ?」

「は!?」

稚隼は更に声を荒げた。

真下は首を傾げる。

「ちょ……俺、今年は生徒会あるし、遠慮しとく」

稚隼がそう言うと、真下は不満の声を漏らした。

すると二人の背後から、三人目の声がする。


「なんだ伊武、今年はクラスマッチに参加しないのか? 恥をかきたくないのかな」


稚隼の天敵、前島朗人(まえじまあきひと)である。

(俺って敵だらけ……って自分に問題あるのか!?)

新たな自覚に稚隼はげんなりとした。

「前島は何で出るつもりなんだ?」

真下が尋ねると、

「去年同様、バスケだ」

と、前髪を払いながら答えた。前島お得意の癖である。

「あれ? 前島バスケやってたっけ」

「いいや、しかし苦手なスポーツはない」

(厭味な奴!)

稚隼は口に出さずに毒づいた。しかし表情には思いっ切り出ている。

稚隼と前島は去年も同じクラスであり、その時からあまり仲がよくなかった。

前島はやたらと絡ん来ては、稚隼の気に障るようなことをした。

元々短気な稚隼なので、当然のように親しくなれる訳はない。

「てかお前ら、今年の種目聞いてから決めろよ」


稚隼がボソリと零すと、それを聞き逃さなかった真下が目を輝かせた。

「なになに!?」

「……いや、普通に例年通りだけど」

真下の意外な期待っぷりに稚隼が怯む。前島はただ稚隼を見ている。


「バスケ、バレーボール、野球、ドッジボール……だけど」


途端、真下がブハッと噴き出す。

「ドッジボール? すごいね伊武ちゃん! 去年まで卓球だったのに」

(何がすごいんだ)

稚隼は真下を睨む。

「宝条サンの意見だ。分かるだろ? 言い出したらきかないんだからよ」

「それにしても、ドッジボールなんて懐かしいなー! 俺ちょっと悩んで来たかも」

ひひ、と真下が笑った。

(いや、悩むまでもなく俺はお前にバスケをお勧めするよ)

稚隼は真下にそう伝えたかったが、無意味なことのように感じたので止めてしまった。

「とにかく! 伊武ちゃんも絶対参加してよ! クラス対抗なんだから、全員で参加すべきだ」

真下が尤もなことを言うので、稚隼は面食らった。

しかし直ぐに持ち直す。

「だから、俺、生徒会の仕事で忙しいの!」


「あれ? 菊吉さんが、今年こそ生徒会長さんとの勝負の決着をつけてやる、って言ってたけど……伊武君、生徒会って当日も忙しいの?」


稚隼が振り返ると、笹頼が不思議そうな表情をして立っていた。

側には彼女の友人もいる。

「え? あ、うん、まぁ……」

予想外な所にも敵がいたのに驚く。稚隼は口ごもった。

「あー伊武ちゃん、生徒会理由にしてズルしようとしたんだろっ! 俺がそんなことさせないんだからな」

「ズルって言うな馬鹿!」

ポカッと真下の頭をはたいた。

真下は未だに文句を言う。

「笹頼は風紀委員会の仕事があるのか?」

前島が問い掛ける。

笹頼は、ううん、と首を振った。

「当日のメインは体育委員会になるかな。私たちも交代で見回りはするけど……ね? 伊武君」

笹頼が意地悪そうな目線を稚隼に送る。始めから稚隼がサボろうとしているのを阻止しようとしていたようだ。

「笹頼、お前!!」

稚隼は衝撃からなかなか立ち直ることは出来なかった。


 生徒会室に行くと、室内には一輝しかいなかった。

黙々と書類と睨めっこしている。

「葛城先輩! いつも早いスね」

そう言いながら、自分の机に鞄を置く。鞄から取り出したのはクラスマッチに関する資料だ。

「伊武こそ毎日偉いな」

「あー、どっかの生徒会長とは一緒にしないで下さい」

稚隼の吐く毒にも一輝は笑って対応した。大人である。

「俺、今年のクラスマッチ、パスしようと思ってたんですよね。それがクラスの奴らに見つかっちゃって参加するハメに……」

「生徒会だろ? 最初から参加するつもりでいなきゃ」

稚隼は一輝に対してはやけに素直だった。円嘉に対してもそれに近い。

普段は周りの騒ぎを収拾するのに力を使っているので、その必要のない空間にいると心休まるのである。

「葛城先輩は何に出るんスか?」

「野球、かな」

「おお……意外だ!」

「昔、政義に引っ張られて連れて行かれたのが切っ掛けで草野球をしててさ、久し振りに野球をしたくなってね」

(昔から宝条政義は宝条政義という訳か……)

稚隼はうんざりする反面、彼らの幼い頃が気になったりしている。そんな自分に頭を抱えてしまう。

「伊武は?」

「俺はまだ……」

「中学の時、何かやってた?」

「一応運動部でしたけど、まあその、うん」

稚隼が言葉を濁すのに一輝は首を傾げた。


「待たせたなッ!!」


いきなり大きな音を伴って生徒会室の扉が開かれる。

その度に室内にいた全員が溜め息を吐く。とんだ迷惑である。

「だから宝条サン、いい加減その登場止めて下さいよ! 流行らないっすよ」

「なんだ伊武! 段々円嘉に似て来たなッ」

(あんたの近くにいたら、こうならないとやってらんねえんだよ!)

稚隼は口には出さないが、ツッコミを入れる。


「あ、伊武。これ、体育委員長に提出して来てくれないか? そこにクラス書いて置いたし」

「はーい」


一輝の言うことはすんなりと受け入れる稚隼を、宝条は面白くなさそうに見た。

稚隼はそんな宝条を無視して、生徒会室を出て行った。

その姿を見送ると、宝条はドサリと自らの椅子にもたれるように座る。

勝手に発注した椅子のため、社長が座るような豪華なものになっている。


「何かあったのかい?」


一輝が何気なく尋ねる。

しかし宝条はグルグルと椅子を回すだけで返事をしない。

「ったく、何歳になっても変わらないな」

一輝は立ち上がり、宝条の頭を丸めたプリントで叩く。

ムッとした宝条は一輝を見た。

「何するんだッ」

「政義らしくないからだ」

「失礼だなッ! 俺にも憂鬱になることがあるんだッ」

「へェ」

どうせ下らないことだろう、と一輝は思っている。

真面目な話になればなるほど、直感に任せて判断する宝条の姿を嫌と言うほど、側で見て来たからだ。

「原因は?」

しかしなかなか宝条は口を開かない。


「……君はどう思う?」


やっと話したかと思えば、逆に尋ねられてしまった。


「俺は何の種目に出ればいいんだッ!?」


全く、いつまで経っても変わらないのが宝条政義なのである。



 お使いを頼まれた稚隼は、体育委員長のクラスの前にいた。

体育委員長の端谷(はしたに)とは会議などで何度か顔を合わせたことはあったが、一対一で話をするのは今回が初めてだった。

端谷はサッカー部のキャプテンも務めている、頼り甲斐のある委員長である。

見るからにスポーツ万能そうで、爽やかな笑顔と白い歯が板に付いている。

「端谷さんいますか?」

稚隼は廊下を歩く生徒に適当に声を掛け、端谷を連れて来てくれるよう頼んだ。

クラスメイトに呼ばれて廊下に出た端谷は稚隼に気付き、軽く挨拶をした。

「わざわざ悪いな! ありがとう」

彼の爽やかさは羨ましい限りである。

渡した資料の代わりに、また違った資料を手渡される。

「これはうちから生徒会に。サッカーが種目に入るの、楽しみにしてたんだけどなァ」

冗談っぽく、端谷が言う。

体育委員会との会議の際にサッカーを種目にいれるかどうか、という話は勿論出たのだが、場所が確保出来ないために最終的に却下となってしまった。

サッカー部キャプテンとしては残念なことだった。

「サッカー部、今年どうですか?」

稚隼は世間話をする。珍しいことだ。

「まだまだ新チームが始まったばかりだからね、これからだけど。それにしても奇妙な一年が入ってさ」

「奇妙な一年?」

「ああ、すげぇデカいの。サッカーっていうよりバスケな体格だな、あれは。中学もバスケやってたらしいし……」

稚隼は不思議な顔をする。

「何が奇妙なんスか?」

「なんかさ、ある先輩が許してくれるまでバスケは出来ないって言うんだ」

「それは奇妙だ……」

「だろ?」

端谷は少し興奮気味に続けた。

「あんまりしつこく入部したいっていうから、バスケ部行けとは言えなくて今うちにいるんだけど、困ったもんだな!」

全然困っていないような笑顔で端谷は言った。


 生徒会室へ向かう帰り道、稚隼がふとグラウンドを見るとサッカー部が練習していた。

後で端谷もそこへ参加するのだろう。

そしてその中に一際目立つプレーヤーがいた。

多分彼が奇妙な一年なのだろう。



 「……でか」


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