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第17話:風紀委員会とはなんぞや

 翌日、稚隼は朝から憂鬱だった。

“風紀委員”という存在とは、中学時代からあまり仲が良くなかったからだ。そして何より、菊吉崇世という存在が苦手だ。

宝条とはまた違った意味で、である。

「おっはよー! あれ、伊武ちゃん元気ないなー」

朝から元気一杯の真下は首を傾げた。首に巻いたタオルから、ランニングがてら走って学校に来たのだということが分かる。

「色々あって、な」

稚隼が宝条の愚痴を言うのは珍しいことではなかったが、今回はやけに怒りが込められていたので、真下は状況をすんなり理解することが出来た。

「風紀委員長かぁ……見たことないけど、すげえ怖そう」

真下は顔をしかめた。多分、稚隼から聞いた菊吉の姿を想像したのだろう。

「あ、笹頼! おはよう」

稚隼は笹頼が登校して来たのに気付いた。そして珍しく声を掛ける。

稚隼の挨拶に気付いた笹頼は同じように、おはよう、と言った。そして稚隼と真下の側に来る。

「菊吉さんが放課後に教室に来るって。本当は朝から活動に参加させたかったみたいなんだけど、それは止めといたよ」

笹頼はにこやかにそう言った。

「助かったよ。朝から菊吉さんに会うのは、ちょっと」

「すごい良い人だから大丈夫」

「だといいんだけど……」

(仲間意識が強そうだからなあ。生徒会の俺に優しくしてくれるかどうか)

そんな不安が過ぎった。

しかし、決まってしまったことなのでもうどうしようもない。

「伊武ちゃん、何とかなるって!」

真下はポンと稚隼の肩を叩いた。すると稚隼は思い出したように、

「笹頼もあんま宝条サンと関わんねえ方がいいぜ? あの人、迷惑しか掛けないから」

と、言った。

すると笹頼はおかしそうに笑った。そして、分かった、と頷いた。



 放課後、菊吉が稚隼の教室に訪れた。その姿は、まるで悪魔の使いのようである。

(来た……)

殴られる訳でもないのに身構えた。ずんずんと足速に近付いて来る菊吉にビビっているのだ。

稚隼の近くで真下が興味深そうに菊吉を見ている。

「待たせたな! 早速部室へ向かうぞ」

菊吉は稚隼に有無を言わさず、歩き出した。

そこへニヤけ顔で寄って来たのは里見だ。

「おいおい、奇妙な組合せじゃねえか。何かあんの?」

すると菊吉が明らかに敵意を含んだ目付きで里見を見る。それに対して、里見は少し怯んだ。

「貴様、それでも生徒会の顧問か? どうしようもない怠慢だな!」

「貴様って……! 今のガキはどうしてこう、大人に対する口の聞き方を」

「さっさと行くぞ、伊武稚隼!」

稚隼が、はあ、と流れに任せた返事をしたら、思いっ切り手を引っ張られた。すごい力だ。

「なあ真下。あれ何?」

残された里見は真下に尋ねる。真下は首を傾げながら、

「うーん……生徒会側の人質?」

と、答えた。

数分後、風紀委員会側の人質も宝条によって捕らえられることとなる。


 (逃げたい)

稚隼が風紀委員会の部室に到着してかれこれ数十分が経つが、先程からずっと菊吉に“風紀委員とは何たるか”という題目で講義をされている。

勿論、退屈である。

「伊武稚隼! 集中しろ! だから生徒会は駄目なのだ。いいか、後で実際に仕事をするんだからな!」

(何で毎回フルネームで呼ぶんだよ)

稚隼は恐ろしくて口に出せない文句を、心の中で吐き出した。

(こんな厳しい人に、笹頼はよくついていけるな)

稚隼は楽しそうに菊吉の後ろを歩く笹頼の姿を思い出した。稚隼には到底理解不能なのだ。

(まあ俺も他人のことは言えないが)

(宝条政義も充分厄介だけど)

暫くすると、朋帆がやって来た。ホームルームが長引いたようだ。

「あ、伊武君来てるじゃない。いらっしゃい」

朋帆は穏やかに片手を振る。稚隼は小さく頭を下げた。

そして朋帆はギッシリ文字の書かれた黒板に気付き、

「全く、またお説教? 伊武君が退屈してるじゃない。座学よりも実践が何よりなの」

と、頬を膨らませた。

(宝条政義に惚れていること以外、この人は普通の人だ)

稚隼はホッと胸を撫で下ろした。変人ばかりに囲まれたらどうしよう、と心配していたのだ。

「何の知識もないまま実践しても意味はない! 今回の目的は伊武稚隼を教育することなのだからな!」

(主旨変わってるよ!)

稚隼は頭を抱えた。そして助けを求めるように、朋帆を見る。

「そんなことよりもね、伊武君、政義様って今好きな人とかいるのかしら?」

視線の先には菊吉の言葉を完全に無視した朋帆がいた。恋する乙女のように、頬を桃色に染め、目を輝かせている。

「え? あ、うーん、彼女いるとは聞いたことないですけど。まず気にしたことねえし」

最後の一言は独り言のようなものだ。

朋帆はサッと稚隼の側に座り、身を乗り出して宝条に関する質問を続けた。しかし稚隼が答えられる質問はほとんどなかった。

「伊武君、政義様のこと全然知らないのねぇ。いつも一緒なんでしょ?」

「別に興味ないし……」

ふぅん、と不思議そうに朋帆は声を漏らす。

(そう言われてみれば、俺は宝条政義のことを何も知らない)

(知らなくていい、と、思っているからだ)

稚隼は何故か自分を納得させるように、自分に言い聞かせた。


「私語は慎め! 朋帆、さっさと自分の仕事に就くんだ! 伊武稚隼、余所見をするな!」


菊吉の大きな声が響く。

稚隼は大人しく黒板の方へ身体を向き直した。そして菊吉にバレないように、小さく溜め息を吐く。

そうして菊吉の講義が再開した。



 部室到着から一時間近く経った後、ようやく粕谷がやって来た。話を聞いていれば、これは遅刻ではなく見回りから帰って来たようだった。

「やぁ、稚隼君。どうですか、崇世さんの講義は?」

粕谷は稚隼を見付けると、楽しそうに言った。

「分かりやすかったっす」

「それは良かった」

(稚隼君、だなんて、馴々しいな)

朋帆にそう呼ばれるなら兎も角、呼んだのが粕谷だったので違和感があった。

「基功、ご苦労だったな。次は俺たちの番だ。伊武稚隼、手を出せ」

怖々と手を伸ばすと、稚隼は菊吉に緑色の腕章を渡された。勿論、風紀委員会のものである。

「これをつけている者が正式な風紀委員だと認められる。さっき説明しただろう? 何をポカンとしている、さっさとしろ」

そう言う菊吉の腕にはしっかりと腕章がつけられていた。行動が素早い。

「朋帆は留守番だ。基功、悪いがもう少し働いてくれるか? 中途半端な仕事にしたくないからな」

朋帆は、はぁい、とつまらなさそうに返事をし、粕谷は、

「分かりました」

と言って、ニコリとした。


 菊吉たちと共に廊下を歩いてみて幾つか気付いたことがある。

それは生徒たちが、稚隼の想像以上に風紀委員会を恐れているということだ。

例えば女子生徒はスカート丈が規定より短いのを隠すために、滅多に彼らの側を歩かない。

(ちゃんと機能しているのだ、ここの風紀委員会は。それに比べて……)

稚隼は菊吉が宝条に文句を言うのも仕方ないと感じた。彼らは真剣で、真面目なのだ。

「どうですか? 稚隼君」

稚隼が黙り込んでいると、粕谷が稚隼の顔を覗き込んで来た。いきなりの行動に、稚隼は肩をビクつかせる。

「え、あ、ああ。風紀委員ってすごいなあと思います」

すると粕谷はクスッと笑う。

(宝条とはまた違うタイプで上品?)

「だ、そうですよ、崇世さん」

「宝条が束ねる生徒会と比べられても何も嬉しくない!」

菊吉はフンと鼻を鳴らした。

稚隼は苦笑する。

それからも三人は校内を見回り続けた。何度か校則違反をしている生徒を見付け、その度に菊吉は厳しく注意した。叱られても怖くなさそうな粕谷でさえ、その姿には迫力があったのだ。

稚隼は何も出来ず、その様子を見ているだけだった。

注意された者の中にはあからさまに舌打ちしたり、暴言を吐いたりする者がいた。

しかし二人はそんな生徒たちを軽くあしらっている。


(これが、裏の仕事)


稚隼は自分が如何に暖かい場所にいるのか、ということを改めて理解した。

風紀委員会が東宮高校の風紀を正してくれていて、自分たち生徒会はその上に成立しているのだ。

生徒会と風紀委員会が比較される意味がよく分かる。そして人気が表の仕事をする生徒会に偏らない理由に納得した。

(カッコいいじゃねえか!)

稚隼は少し感動してしまった。そして素直になって、質問してみる。


「菊吉さんはどうして風紀委員になったんすか?」


菊吉は突然の問いに眉を顰める。しかし少し考えてから、口を開けた。

「お前みたいな奴がいるからだ」

そう言って、稚隼のおでこをはたいた。稚隼は力強くはたかれたおでこを擦りながら、自分の今の服装を見る。

(……俺みたいな校則違反者を取り締まるため、ってか?)

稚隼は気まずそうに口を閉じた。



 菊吉の見回り時間が終わり、部室へ戻ると朋帆がその日の活動ノートを記していた。どこまでも真面目である。しかしそうでなければ、風紀委員など勤められないとも感じた。

「おかえりなさい! 伊武君、風紀委員のお仕事はどうだったかしら?」

朋帆はニコニコと稚隼に近付き、その手をとる。その自然な動きに稚隼は胸を高鳴らせた。

「大した返事は期待しない方がいいぞ、朋帆」

稚隼が答える前に菊吉に言われたので、何も言うことが出来なかった。

「別にどんな返事でもいいじゃない。伊武君の感想が聞きたいだけなんだから」

朋帆はムスッとした。

宝条とお近付きになるための切っ掛けとして、稚隼と仲良くなりたいのかもしれない。

稚隼は困ったように笑う。


(改めて風紀委員会の役割を知った)


このことは稚隼の価値観を大きく変えた。

普段の稚隼は滅多に自分の考えを変えることをしないのに、だ。

「俺がこんなこと言うのも変ですけど……」

朋帆が稚隼の言葉に首を傾げる。菊吉はジッと稚隼を見ていた。


「生徒会って、ここがないと成立しねえんだなあ、って思いました。多分、それを宝条サンはよく知ってる。だから菊吉さんに任せたんだなあ、って」


稚隼の言葉に、朋帆は盛大に吹き出した。粕谷も必死に笑いを堪えている。

菊吉だけは無表情だ。

「え? 俺、何か変なこと言いました?」

「いいえ、別に……ただ、正直さに敵うものはないと思ってね」

粕谷は口を手で押さえながら言う。身体はヒクヒクと震えている。

稚隼は眉を顰めるばかりだ。

「伊武稚隼!」

菊吉の厳しい声が室内に響く。稚隼の身が引き締まる。


「お前は宝条に似ていて好かない!」


「め、滅相もない! 心外ですよそれは! 俺はあんな変人なんかに……!」


稚隼の訴えを無視して、菊吉はフン、と鼻を鳴らすと稚隼の腕を引っ張った。

意外と強い力に、稚隼はバランスを崩した。その様子を見て、菊吉は溜め息を吐いた。

「情けない! これだから生徒会は」

その瞳は以前よりずっと、優しくなっていた。


(宝条政義は菊吉さんを信頼している)

(菊吉さんだから、生徒会と表裏一体の風紀委員会を任せられるんだ)


「……素直じゃないんだからなあ」


稚隼はクスリと笑みを漏らした。


 「俺、笹頼が不良に厳しく注意してる姿なんて想像出来ないっすよ」

「何言ってるのよぉ。あの子、怒ったらこの中で一番怖いのよ?」


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