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第16話:緊急会議!

 (俺は今、かつてない苦難に立ち向かっている)

稚隼にはそういう自覚があった。その証拠に、さっきから緊張から来る冷や汗が止まらない。

(どうしてこんなことになったんだ?)

しかし原因はいつも一つである。何もかも、宝条の発案だ。

事の発端は数時間前に遡る。



 稚隼がいつもと同じように生徒会室へ向かいその扉を開けると、どうした訳かどんよりとした空気が漂っていた。

円嘉や一輝が暗い表情で無言のまま作業をしている。

(何か違和感が……)

稚隼は異変を感じながら中へ入り、

「こんにちはー」

と、挨拶をした。そして全てを理解したのだ。

生徒会メンバーではない人が、そこにいる。


「あ、え、えええ!?」


生徒会室に稚隼の声が響き、一斉に視線が集中する。


「うるさいぞ。周りの迷惑を考えろ」


周囲の空気を一気に凍らすような一言を放ったのは、風紀委員長、菊吉崇世(きくよしたかせ)である。

「な、なんで風紀委員長がここに!?」

稚隼はコソコソと円嘉に尋ねた。円嘉は頭を抱えて、小さく溜め息を吐いた。

「知らないけど、政義が急に連れて来たのよ……」

稚隼はキョロキョロと室内を見渡したが、宝条の姿は確認出来なかった。

「宝条サン、いないですけど」

「さっき出てったわ。訳分かんない!」

円嘉は苛々しながら書類を握り締めたために、紙はグシャグシャになってしまっていた。

「何をしてるんだ?」

ぎゃ、と稚隼は情けない声を出して、その場から飛び退いた。菊吉が近付いて来たことに驚いたのだ。

「いきなり、話し掛けないで、下さいよ!」

「何故だ? 悪いことをしている訳じゃないだろう」

「俺の心臓に悪いから、ですっ」

菊吉は納得がいかないような顔をしていたが、稚隼は、今の内に、と逃げ出した。

そして自分の席に着くと、胸を撫で下ろす。

(嫌だ、さっさと帰ってくれないかなあ……)

はあ、と頭をうなだらせると、それに気付いた菊吉が再び小言を口にした。稚隼は無視をしたかったが、そうする勇気があらず、大人しく返事をした。


「待たせたなッ!」


相変わらずの派手な登場である。空気の読めない宝条は、楽しそうに笑いながら部屋の中へ入って来る。

「政義! どこ行ってたのよ!」

円嘉は怒りながら言った。しかし宝条は気にすることなく、

「風紀委員の部室だッ」

と、叫んだ。

「……風紀委員の?」

一輝が不思議そうに首を傾げた。

「ああッ! 今年は生徒会と風紀委員会が協力してより良い学校にして行くッ! そのために今日は会議をするんだッ」

「……会議?」

稚隼の脳内に嫌な予感が過ぎる。

「そのままの意味だぞ、伊武ッ! 残りの風紀委員も呼んでおいたッ」

入りたまえッ、と言われて姿を現したのは数人の生徒たちだった。稚隼は彼らの姿を以前見たことがあった。しかし話したことはない。

(うわ、最悪)


 風紀委員会は生徒会同様、幹部は四人で形成されている。委員長、副委員長、書記、庶務だ。

委員長は勿論、宝条のライバルである菊吉崇世。

書記は笹頼佑季が担当している。

稚隼はあまり関わったことのない残りの二人の方に目をやる。一人は三年生の女子生徒で、もう一人も三年生の男子生徒だ。

(あの人が確か副委員長……)

稚隼は女子生徒を見る。

スラリと伸びた手足が綺麗で、その上お淑やかそうな容姿をしているので、まるで“お嬢様”のようだ。

彼女は本村朋帆(もとむらともほ)という。

次に男子生徒を見ると、稚隼はニコニコと笑い掛けられた。

(……わ)

慣れないことに緊張する。

男子生徒は所謂優男のようであったが、爽やかな笑顔の印象は良かった。稚隼と同じくらいの身長だ。

彼は粕谷基功(かすやもとなり)という名前だ。

(風紀委員会って、穏やかな人ばっかだなあ。これで不良たちは言うこと聞くのか?)

稚隼は素朴な疑問を持った。笹頼といい、朋帆や粕谷といい、委員長以外は全員大人しそうな生徒ばかりだ。ニコニコとした笑顔がよく似合う。


「政義様っ!!」


稚隼がぼんやり考え事をしている内に、衝撃的な出来事が起こった。

朋帆が思いっ切り宝条に飛び付いて、抱き付いたのだ。

稚隼はその光景を口を半開きにして見ている。

円嘉や一輝を見れば、二人して頭を押さえていた。


「政義様、やっと生徒会室に入れてくれた! 私、ずっと政義様に目を掛けられている子が気になってたんですよ」


そう言って、朋帆はチラリと稚隼を見た。唖然としている稚隼は、話について行けていない。

「別に隠してた訳じゃないッ! 個人的に会いに行けば良かったじゃないかッ」

宝条が言うと、朋帆は面白くなさそうに口を尖らした。

「政義様と一緒にいたいからじゃない」

しかし宝条には届いていなかったようで、返事は返って来なかった。

「……円嘉先輩、これ、どんな状況っすか?」

「朋帆は政義のことがずっと好きなのよ。ストーカー並に、ね」

円嘉の言い方にはやけに棘があったが、稚隼は敢えてスルーすることにした。今は一々気にしている暇がないのだ。

(展開が早すぎる……宝条政義が好きな副委員長? キャラが濃すぎる)

「いつものことなのよ。あんまり気にしない方がいいと思うわ」

円嘉は溜め息混じりに話した。一輝も疲れたように、うんうん、と頷いた。

「あの人は?」

稚隼は粕谷の方を見て、円嘉にコソコソ尋ねた。

「粕谷君? あの人は割りと……普通、かなぁ?」

「疑問系ですか!」

「まぁ、話してみれば分かるよ」

ホラホラ、と円嘉が促した。稚隼は不審そうな顔をしながら、恐る恐る粕谷と目を合わせた。いきなり話し掛けるようなつもりはない。

すると、

「初めまして、伊武稚隼君。僕は粕谷基功と言います。以後お見知りおきを」

と、向こうから話し掛けて来た。

稚隼はためらいながら、はあ、と曖昧な返事をした。しかし粕谷は気にする様子はない。


(宝条政義は一体何がしたいんだ!? さっさと終わらして、一刻も早く帰りたい!)


稚隼は朋帆に絡まれている宝条を見ながら、ふつふつと怒りが沸いて来るのを感じた。

無茶が過ぎるのだ。

そもそも、宝条と菊吉はゆで卵の事件からも分かるようにかなり仲が悪い。また大人気ない喧嘩を始めるに違いないのだ。


「伊武君、難しい顔してるよ?」


笹頼が話し掛けると、ふわりと優しい空気が流れた、気がした。完全に稚隼の思い込みである。

「そりゃそうだ。宝条サン、無茶苦茶なんだよ」

稚隼が口を尖らせるのを、笹頼は面白そうに見ていた。

「私、生徒会の人たちと仲良くなりたいと思ってたから、楽しみなんだけどなぁ」

笹頼がそう漏らすと、

「宝条サンには関わらない方がいい」

と、こそっと助言した。しかしそれももう手遅れだろう。

稚隼と笹頼の様子を見ていた円嘉の顔はニヤニヤしている。そして近くにいる一輝に、

「微笑ましくない?」

と、耳打ちした。

一輝は円嘉に言われるまで気付いていなかったが、改めて二人を見ると円嘉と同じような気持ちになった。

「二年の笹頼さんだよね?」

「そう。佑季ちゃん、って呼んでいいかなぁ」

円嘉はあまり面識がなく、常識人っぽい笹頼と仲良くなりたいようだった。


「静粛に! いつまでざわざわと騒いでいるつもりだ! 早く会議の準備をしろ」


生徒会室に菊吉の声が響く。

宝条とはまたタイプの違う大きな声に、免疫のない稚隼は驚く。恐れて、というよりももっと単純な感情から来る驚きだ。

「円になるように机を並べろ! 伊武稚隼! ぼうっとしてる暇はない筈だが?」

いきなり名指しで呼ばれ、稚隼は反射的に、

「はいっ」

と、とても良い返事をしていた。



 主に稚隼が精力的に働いて、早々と机は円の形に整えられた。会議をするのにぴったりな形だ。

机を並べている間に円嘉は人数分のお茶を淹れていた。それを運ぶのを笹頼や朋帆が手伝っている。

「円嘉ッ! 書記、頼んだぞッ」

ホワイトボードの近くには、宝条と菊吉が並んで座った。二人の間には大きな隙間があって、明らかに違和感がある。

(トップが仲悪くてどうすんだよ)

稚隼はツッコミを入れてやりたかった。しかし菊吉が厄介だ。

「それで? 今日の主旨は何なんですか?」

丁寧な言い方をしたのは粕谷である。わざわざ挙手までしている。

(……風紀委員会って厳しいのかな)

稚隼はゾッとした。普段の生徒会の会議の様子とは比べ物にならない。


「今年は風紀委員会と生徒会は協力体制を築くつもりだ。そこで二つは親しいものでなければならない。だから今回のように交流するのだ」


菊吉の話は宝条から聞いたことのある話だった。


「だから今日はとことん話し合うぞッ!」


宝条はにこやかに言う。二人を並ばしてみると、宝条と菊吉が正反対である。

「宝条! まだ俺が話している。口を挟むな!」

菊吉がキツい目付きで宝条を睨んだ。しかし宝条は気にも留めず、

「それを言うなら、今は俺が話していたッ! 君こそ口を挟むなッ」

「何だと!? そもそも前から言って来たが、お前は生徒会長らしからない! なんだその頭は! 風紀を乱している」

菊吉は宝条の頭を掴んだ。

確かに宝条はメッシュを入れた、よく生徒会長になるのを学校が許したな、という髪型をしている。稚隼にも謎な部分だ。

「人の頭を勝手に触るなッ! この頑固者がッ」

宝条も負けじと菊吉の胸倉を掴む。

稚隼の予想通り、二人は喧嘩を始めた。

「ちょっと、崇世! 政義様に乱暴するのは止めてよ!」

朋帆が口を尖らす。しかし彼女が止められるはずもなく、見ていることしか出来ない。

粕谷は、やれやれ、と諦めている。一輝も同様だ。二人は少し似ているのかもしれない。

円嘉は呑気にお茶を啜っている。耐性があるのだろう。

慌てている笹頼にもお茶を勧めている。

稚隼はと言えば、そんな周りをまるで他人事のように傍観していた。関わってろくなことがあるとは思えない。

(何もしないのが一番だ)

稚隼はそう考えた。

しかし、いつになっても話が進まない。二人は永遠に喧嘩を続ける可能性もなくはない。


「お前は風紀というものが全く分かっていない! そんな風だから、お前の部下たちも非協力的なんだ!」

「失礼だなッ! 君も生徒会長の仕事を理解してないだろうッ!」

「……いいだろう」

菊吉の声が急に低く、小さくなる。


「伊武稚隼!!」


「はっ、はい!」

突然の指名に稚隼は目を見開いた。何か悪いことをしたつもりは全くないのだ。自分の名が呼ばれる意味が理解出来なかった。


「宝条! 明日一日こいつを借りるぞ! 風紀委員会とは何たるかを叩き込んでやる! 代わりにこちらからは佑季を差し出そう。佑季は優秀だからな、お前が教えることは何もないだろうがな!」

「いいだろうッ! 伊武、生徒会の実力を見せつけてやれッ」

「えええ!?」

稚隼が情けない声を出した。とばっちりが何故か自分の所に来たのだ。

そして助けを求めるように円嘉や一輝を見た。しかし二人は哀れむような目をしているだけだ。

「佑季、いいなぁ。私も政義様の側にいたい……」

笹頼は朋帆の言葉に微妙な表情で返答していた。

(笹頼も迷惑に違いない!)

稚隼はそう思ったが、笹頼が菊吉に逆らうとも思えなかった。


「明日、俺が迎えに行ってやる! 教室で大人しく待っていろ!」


菊吉はそう告げると、乱暴に立ち上がり、生徒会室を去って行った。残りの風紀委員会メンバーも後に続く。

「……」

嵐が去ったようだ。

生徒会室は急に静かになった。

「……宝条サン」

「どうしたッ?」

「俺、明日休んでもいいスか?」

「駄目に決まってるだろうッ! 崇世に生徒会とは何たるかを教えて来てやれッ」

稚隼は久し振りに泣きたくなった。


 (生徒会とは何たるか)

(まず俺に教えてくれ……)


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