第15話:沖姫城の真相
稚隼を始めとした六人は、未だに地下にいた。
始め稚隼が地上に上がることを勧めたが、里見の、
「こっちの方が雰囲気が出るじゃねえか」
という無責任な発言により、稚隼の意見は取り下げになった。
(ったく、教師のくせに我が儘な……)
稚隼は心の中で文句を言った。
「それじゃあ、俺の知ってる話をしようか」
里見はニヤリとする。
稚隼は宝条が気になって、そちらの方を見れば、宝条は壁にもたれかかって特に発言する気がなさそうだ。
(宝条政義は全て知っているのか?)
稚隼の疑問は里見の謎解きによって打ち消された。
「そもそも、俺が生徒会にこの城を提案したのも、伊武は怒るかもしんねえが俺の計画の一部だったんだ」
里見の予想外な発言に稚隼はあんぐりと口を開ける。
「最悪……」
「お前なあ、ちょっとは先生に対しての口のきき方を学べよ」
里見は口の悪い稚隼を叱る。
稚隼は不満気な表情をしたまま、黙ってしまった。
「俺が沖姫城について知ったのは、さっきも言った通り専門家の知り合いがいたからだ」
「その専門家を是非紹介して欲しいな。個人的にとても興味があるよ」
川相が言う。すると里見は、
「川相さんも知ってる人ですよ」
と、言った。しかし川相は首を傾げている。
「沖姫城を見付けた学生。あいつ、俺の教え子なんです」
ああ、と、ようやく理解した川相が相槌を打った。
「そいつに泣き付かれましてね。自分はしがない学生だから、力がないから、これから研究続けられないからって。でも、もう大丈夫ですよね?」
「ああ、勿論だとも」
川相の返事に、里見は満足そうだった。
稚隼にとっては、卒業生にまで頼られる里見がかなり不思議だった。まだ里見という教師をよく理解していないのかもしれない、とそう感じた。
前置きを終えると、まるでこれから演説を始めるかのように里見はネクタイを締め直す。
「さて……まずは沖姫城の財宝についてだが、これは簡単な問題だよな」
里見はチラリと宝条を見る。
視線に気付いた宝条は、やれやれといった風に頭を掻き、問いに答えた。
「財宝とはつまり、さらわれた娘たちのことなんだろう? 村人たちにとって、娘以上の宝はなかった。そして必死に探し求めたものでもあったんだ」
「その通り! よく分かってるな、宝条」
里見は相変わらずニヤニヤ顔である。
宝条はクールに、どうも、と返事した。普段の様子からは考えられない程、別人である。
(宝条政義って、実は二重人格……?)
稚隼は宝条の様子を見ながら、そう感じた。
「ほら、外に祝石ってのがあったろ? あれは村の娘を捕まえて来た時、宴会を開いた場所だと言われてる。史料に残ってる訳じゃねえけどな」
なるほど、と川相は熱心に頷いた。
暫くすると里見は、
「そもそも、どうして村の娘たちをさらう必要があったのか?」
と、全員に問い掛けた。
これが一番の謎だろ、と付け足す。
真下はキョトンとした顔で、
「お嫁さんにしたかったんじゃないの? センセー」
と、答えた。どこに悩むことがあるのだろうか、という様子だ。
「決め付けるのはよくないわよ。そんな簡単な答えなら、わざわざ訊くことないじゃない」
向日葵は真下の返答を一蹴した。その様子を見ている川相は、娘の勝ち気な性格に複雑そうに微笑む。
「ところが、真下の答えで正解なんだよ」
里見はニヤリとしながら言う。
向日葵は少しバツの悪そうな顔をした。
「鬼、つまり門真だけど、彼らは村娘たちを自分の嫁さんにするためにさらって来た。しかしよく考えてみろよ? 門真家は大金持ち……娘を嫁に、っていう縁談話はたくさん来てたはずだ。当時は今よりそういう時代だしな」
確かに、とその場にいた者は納得した。
わざわざ村の娘たちを連れて来る必要などないだろう。
「ついでに、史料には門真は名家の娘と結婚した、という記録が残っている」
「更に分からなくなって来たね」
そう言う川相は、どこか楽しそうに見えた。長年探し求めていた答えがすぐそこにあるのだ。
その様子に気付いた里見は苦笑する。
「今から話すのはただの一説にすぎねえよ? 歴史、特に民俗学っていうのは口承だからな、一つの正しい答えを見出すのは難しいんだ」
里見曰く、民俗学は主に伝承をもとにして研究を進める学問らしい。里見の教え子は古い史料も参考にしたようだ。
(伊達に日本史の教師してねえな)
“民俗学”という言葉しか知識のなかった稚隼は、少し感心した。
以前、里見は就職活動に失敗したために教師になったという噂を聞いたことがある。
教師になるための勉強をしておらず、日本史という教科にもさして興味がないのだろう、と稚隼は思っていたのだ。
「だから、あんま期待しないで下さいよ?」
里見は川相に一声掛けた。
川相はにこやかに、大きく頷いた。
「噂みたいなもんだが……門真の人間には、容姿に優れない者が多かったらしい。それが門真家のどうしようもないコンプレックスだった」
稚隼は横目で向日葵を見る。誰が見ても可愛らしいと思うだろう容姿をしている。
(それは嘘だろう)
稚隼は里見の発言に首を傾げた。
「伊武、納得いかないって顔してんな」
里見はニヤリとした。
「つまり門真家は成功したんだよ」
「成功?」
「門真に嫁ぐ女性は名家の娘ばかり。必ずしも特別な美人ばかりじゃないだろう? 門真の血は色濃く、なかなか美しい子どもが生まれることがない。そこで門真は考えた」
そして里見は地下を見通した。多分、隠し部屋を見ているのだろう。
稚隼は真相を、何となく、理解した。
「とびきり美人を連れて来れば、自らに美しい子が成せると考えたんだろうなあ」
数十分掛けて、地下から外へ出るとやけに光が眩しかった。皆、目を擦っている。
(聞いてみれば、あっさりとしたものだったな)
稚隼は頭を掻いた。
里見から聞いた真相は、自らのコンプレックスに悩んだ権力者の足掻きだったのだ。
(迷惑にも程がある)
(気持ちは分からなくもないが……見た目が全てでもない、と思う)
向日葵が近くにいるために、公に不満を口にすることが出来なかったが、捕らえられた村の娘たちやその家族を思うと眉を顰めずにはいられなかった。
「言いたいことあるならはっきり言えば? 思いっ切り顔に出てるけど」
向日葵は稚隼を見ずに、そう言った。
稚隼は僅かに目を見開いたが、直ぐに元の表情に戻った。そして苦笑いする。
「別に……」
「どうでもいいけど。……多分私も同じこと思ってるし」
向日葵は吹っ切れたように笑う。そして父親である川相に目を向けた。
「私も、沖姫城について調べてみようと思うの」
真相を話した後、里見はこれは一説に過ぎないことを主張した。確かに里見の話には穴もある。
門真に嫁いだ正妻との子とさらって来た村娘との子、どちらを跡取りにしたのか、などである。
これから里見の教え子が調べて行く話でもあるのだろう。
「悪くないと思うぜ」
稚隼はグシャリと向日葵の頭を撫でる。和解した二人が、少し嬉しかった。
向日葵は少し頬を赤らめたが、直ぐに抵抗した。
「ねえ、あんたたち、どこの高校?」
「東宮高校だよっ」
急に真下が話に割り込んで来る。ニコニコ顔だ。
「あんたに聞いてない!」
向日葵は苛々しながら答えたが、その後小さく、
「ふーん、東宮高校か」
と、呟いた。
「モテモテだなー、伊武ちゃんは」
向日葵の様子を見て、真下は楽しそうにしているが、稚隼にはその理由が分からなかった。
「向日葵ちゃん、もしかして……一目ボ」
バキッ、という音がする。
真下が向日葵にグーでパンチされたのだ。
「ひ、酷い、向日葵ちゃん」
殴られた部分を擦りながら、真下はブツブツと文句を言った。
「宝探しは楽しかったかッ?」
突然の宝条の言葉に、稚隼はビクリとする。あれほど存在感のある宝条が、今までその存在をアピールしていなかったのは驚きである。
「楽しかったでーす!」
真下が答える。
「それこそ社会科見学だッ! よくやったぞ、伊武!」
稚隼が向日葵にしたのと同じように、宝条が企画者である稚隼の頭を撫でようとするので、即時にそれを拒否した。
(あれ? 里見は?)
里見がいないことに気付いて、周囲をキョロキョロと見渡すと近くに里見の姿はなかった。
少し離れた所で、他の生徒たちと話している。再び自分の仕事に戻ったのだ。
何ともなかったようにしている里見を見て、稚隼はムッとする。今回、沖姫城を選ばされた切っ掛けを思い出したのだ。
(もしかして、宝条政義もそれを知ってたのかもしれない)
(沖姫城について、かなり詳しい所まで情報があったのかもしれない)
そう考えると、稚隼にとって宝条政義という存在は奇妙で仕方ない。
しかし事実を本人に尋ねてもはぐらかされるだけだということを知っているので、稚隼は尋ねることをしなかった。
稚隼たちが地上に戻った頃には、皆が沖姫城に飽きてダラダラと雑談していた。
そんな生徒たちを見ていると、自分が経験したことが如何に特別か感じることが出来た。
(楽しくなかった、とは言えないな)
稚隼は少し悔しかった。
結局、里見に利用され、宝条に連れ回された結果がこれなのだ。
(敵わない、とは認めたくない)
稚隼は素直にそう思う。
一時間後、稚隼たちが学校に戻るバスが出発する時間になった。その前にバスが停まっている駐車場までの長い道のりを歩かなければならない。
「じゃあな」
稚隼たちを見ずに俯く向日葵に向かって、稚隼は言った。真下も同じように、元気に別れの挨拶をする。
稚隼は暫く向日葵の返事を待っていたが、諦めてその場を離れようとした。
「あの!」
すると向日葵が大きな声を出した。
「私、東宮高校に行くわ!」
娘のいきなりな発言に隣にいた川相は目を真ん丸にする。黒杉村から東宮高校まではかなりの時間が掛かるからだ。向日葵の住む母親の実家から通える距離ではない。
「だから、待ってて!」
そして向日葵は満足げに微笑んだ。
「……いいでしょ?」
稚隼たちが去り、二人きりになった向日葵は父親に向かって言った。顔を見ることは出来ない。
「お母さんに言っておくよ」