第12話:過去、推測
門真向日葵は黒杉村村長であり、父親である川相が大嫌いである。
理由を挙げ始めたら切りがないが、その最もたる理由はやはり両親の離婚の原因だ。
川相は向日葵の母親を大切にしなかった。
それは向日葵が幼い頃から続いており、あることが切っ掛けで二人はとうとう縁を切ってしまった。
だから向日葵は川相が大嫌いなのである。
「私が沖姫城を知ったのはつい最近。親が離婚するちょっと前よ」
向日葵はつらつらと自分のことを話し始めた。
両親の離婚はそう遠くない、と子供である向日葵も感じていた。
川相はそれまで以上に母親に興味を持たなくなっていた。
父親が母親に求めたものが“血”や“家”であったことをよく理解していたのだ。
(私はどうなるんだろう)
向日葵は絶対に母親について行くと心に決めていたが、やはり将来に不安もあった。
「向日葵!」
向日葵の通う、黒杉村の小さな学校の裏庭で座り込んでいると彼女の友人が迎えに来た。
「大丈夫? 元気ないね」
意気消沈している理由を知っている友人は何かと気を遣ってくれる。
小さな村の村長の離婚危機だ、村中に知れ渡らないはずがなかった。
「気にしないで。別に気にしてないわ」
向日葵は強がりを言った。
最近こればかりである。
「そういえば、村長さんがよく図書館に来てるってお父さんが言ってたよ。ほら、古い史料が置いてあるとこ、そこで何か調べてるみたい」
友人の父親は村の図書館の司書である。
(調べもの……何を?)
向日葵の頭にふと疑問が浮かんだ。
思い当たる節がない。
「ねえ、あいつが借りた史料って分かる?」
「うーん……でもあの部屋の史料は持ち出し禁止だからなぁ。一度お父さんに聞いてみるね」
そして友人の父親の情報から得たキーワードが“沖姫城”“鬼伝説”である。
「どうして急にそんなこと調べ始めたのか分からなかったわ。でも川相は何か隠してる、と思う」
向日葵は近くの壁にもたれかかる。その瞳はどこを見ているのか。
「沖姫城について、どれだけ知ってるの?」
「川相さんが説明してくれた程度しか……」
稚隼が答えると、向日葵は少し表情を曇らせた。
「あいつの説明は役に立たないわ」
ふん、と鼻を鳴らした。
「沖姫城って言うのは正式名じゃないことは知ってるわよね?」
「ああ」
三人は頷く。
「本当の名前は伝えられてない、少なくとも史料ではね。だから沖姫城が正式名なんじゃないかと思ったんだけど……何かしっくりこないのよね」
「何故?」
宝条が訊くと向日葵は困った顔をした。
彼女にとってそれは感覚的に捉えられた疑問なのだろう。分からない、と小さく首を振った。
「私も小さな頃から沖姫城や鬼伝説についてお母さんから聞いてたわ。黒杉村の子供は皆知ってる。だけど沖姫城が見つかってないんだから、それは伝説、実在しない話でしかなかった」
そんなある日、沖姫城があったであろう場所が発見された。やけにあっさりと、だ。
発見したのは大学院の研究生である。黒杉村に一番近い大学で民俗学を専攻していた。
彼は黒杉村の古い史料を読み漁り、黒杉山をめげずに探し続けた結果、沖姫城があったであろう跡を見付けることが出来た。その根拠は祝石などに求められた。
「でもその学生おかしいの。沖姫城の研究をそこで終わりにしてしまった。普通これからでしょ?」
(確かにそうだ)
稚隼は納得する。沖姫城跡という重要な資料を研究に生かさない手はない。より充実した研究になるのは間違いないのだ。
「それにしても、簡単に見付かったなー。村の人でも探せたんじゃない?」
真下は、八田や宝条と似たような疑問を抱いた。
「黒杉村の人々は見付けれなかったんじゃない。探さなかったんだ」
宝条の声はやけに冷静だ。
稚隼は空気がひんやりとする感覚を覚える。
「どういうこと?」
今度は向日葵が問い掛ける。
「黒杉村にとって、沖姫城の場所が見付かる必要はなかった。逆に見付けてはいけなかった」
「じゃあその学生は村に圧力を掛けられた……ってことスか?」
「勘がいいじゃないか、伊武」
楽しそうな顔で褒める宝条に稚隼は苦笑いする。
いつものことだが、素直に喜べなかった。
「ちょっと待って……話についていけない」
向日葵は宝条の話を止めた。
彼女の組み立てていた論と大きく違いが生じて来たのだ。
「分かった。まず君の話を聞こうか」
宝条は穏やかに笑う。
向日葵は混乱した頭を抱えながら、深く深呼吸した。
「沖姫っていう名前……私は実在したお姫様の名前だと思ってるの。難しくてよく分からなかったんだけど、史料には海のある場所からお姫様がお嫁に来たってあったわ」
でももしかしたら違うのかもしれない、と向日葵は呻いた。
宝条の発言によって、彼女の自信は一気に失われた。
「止めた! 私一人で考えても仕方ないわ。あんたの意見、聞かせなさいよ」
開き直った向日葵は宝条に命令した。宝条はその姿に微笑む。いいよ、と言う。
「しかしまず、何故君の父親は君の母親に求めたものを知りたい」
向日葵はムッと表情を歪ませるが、観念したのか渋々口を開いた。
「川相が欲しかったのは門真の血、家柄よ。門真は江戸時代、黒杉村に住んでいた武士の末裔なの。と言っても、お母さんの家は分家も分家なんだけどね」
「なるほど……」
宝条は深く頷いた。
そして確信することがあったのか、満足そうな顔をしている。
「そして二人が離婚したのは沖姫城跡の発見が切っ掛け。川相から言い出したの。大人のすることはよく分からないわ!」
吐き捨てるように言う向日葵の姿を見て、稚隼は苦々しく思った。どんな言葉を掛ければよいのか分からないからだ。
「他に何か聞きたいことは?」
向日葵は挑発的な眼を宝条に見せた。
勿論宝条はそれに乗るわけもなく、暗い道の中を歩き始めた。
「宝条先輩! 先輩はこれがどこに続いてるのか知ってるんですか?」
真下は宝条の後ろ姿に尋ねる。
その声がこだまして不気味だ。
この道がどこに続くか、稚隼は知らない。
真下だって、向日葵だって知らないのだ。
唯一知っているとしたら、宝条政義のみである。
(宝条政義は既に謎解きを終えているのかもしれない)
いつの間にか、宝条の口調が稚隼の嫌いなものに変わっていたのだ。
かれこれ十分は歩いている。しかも真直ぐに、だ。
多分蔵からは出てしまったと思われる。
山をほんの少し掘った地下を歩いているのだろう。
「黒杉村の鬼伝説を覚えているか?」
宝条は前を向いたまま三人に問い掛けた。
向日葵は勿論知っているし、稚隼たちも聞いたばかりの話だったので記憶に新しかった。
「黒杉村の鬼は娘をさらう。人間は食事ではないんだ」
「そうよ。鬼は特に美しい娘を好んで連れ去るの。でも最後はきっと食べてしまうに決まってるわ」
「何かの史料にそう書いてあったか?」
「そんなのはなかったけど……」
向日葵は口ごもる。
「食べるつもりはない、では何故さらうのか? 理由は簡単じゃないか」
そして宝条は稚隼の方を見た。
「……嫁にするんだ」
稚隼は思い付いたままに口にした。
「そうだ。鬼は自らの嫁探しのために黒杉村に降りて来るんだ」
「……不思議はない、わね!」
新しい考え方に驚いたのか、向日葵は僅かに興奮していた。
「でも鬼って実際にいるわけじゃないじゃん? 何でそんな噂……」
真下が根本的な質問をする。
確かに、そもそも鬼自体が実在するものではないのだ。
「鬼じゃない、娘をさらっていたのは人間だ」
稚隼たちは言葉を失う。
核心に迫る一言が大きかった。
心臓の音が響く。
今まさにその場にいるのだという感覚が、彼らに大きな緊張を与えた。
「多分、それを行っていたのが沖姫城の人間なんだろう」
「それを君の父親は知っている。他にも多くの人が知っている話なのかもしれないな」
「そして彼らはこの秘密を守らなければならない。だから常に監視しているのさ」
「でしょう? 川相さん」
振り返ると、そこには暗闇に立つ川相の姿があった。
「沖姫、いや違う、姫を置く“置姫城”。この蔵はさらって来た娘を監禁するための場所だったんですね」
一寸先は闇、だ。