第10話:蔵のなか
「あ、いたいた! 伊武ちゃん、何も言わずにどっか行くなよなー」
一人残されていた真下が小走りで稚隼たちの所へ向かうと、異様な空気が流れていた。
「あれ? どしたの?」
真下は首を傾げる。
稚隼は怒っており、八田は不貞腐れている。一方、宝条は楽しそうだ。
「折角面白いとこだったのに、伊武ちゃんが邪魔したんだよっ」
「邪魔?? てか俺も誘ってよ!」
八田と真下は中学生のように会話を始めた。
容姿のせいもあるが、二人はなかなか高校生には見えない。
「空気読めよ! な? オッサン、めっちゃ顔怖かったぞ!」
稚隼は八田を諫めた。本心では宝条も怒りたい。しかし癪に障るので止めた。
「知ったこっちゃないね」
八田はぷいと顔を背けると、友人に名前を呼ばれているのに気付いて、
「じゃね」
と、そちらへ向かって行った。
稚隼はそのマイペースさにドッと疲れた気がした。
(……自由な人間が多すぎる)
「しかし伊武ッ! さっきの話に興味はないのかッ?」
宝条は尋ねる。先程とは違う、普段の宝条だ。
「興味……なくはないですけど」
稚隼は悔しそうに言う。
確かに稚隼本人も興味津津なのだ。
真下は何のことか分からない顔をしている。
「まだまだ時間はあるッ! これは探すしかないな!」
宝条は元気良くガッツポーズを決めた。
稚隼から説明を受けた真下は直ぐさま宝条の意見に賛成した。
そのため稚隼、宝条、真下は、まず手掛かりを探すために沖姫城で唯一残る蔵に入ることにした。
「お、こんなとこでも一緒なの? お前ら仲良いねえ」
蔵の入口で煙草を吸っていた里見はニヤニヤと笑った。
「たまたまだ」
稚隼は嫌悪の表情を明らかにする。
「センセー、沖姫城の謎を解きに行くんだよ! センセーも来る?」
真下は里見に懐いているので、ニコニコ笑いながら里見を誘った。
「遠慮しとくよ、俺もう若くないしな」
里見はゴソゴソと次の煙草を探している。ヘビースモーカー予備軍なのだ。
「でもセンセー、日本史専攻じゃん! 参考になりそうなのに」
真下は里見の参加に食い付いたが、稚隼は、諦めろ、と真下の肩を叩いた。
真下は不満げな顔をしたが、大人しく蔵の中に入る稚隼の後について行った。
「何か面白えこと見付けたら教えてくれよ、生徒会長」
里見の言葉に、宝条はクスリと笑った。
蔵の中は小さな窓しかないために薄暗く、埃っぽかった。多分屋根裏には鼠が潜んでいるだろう。
蔵自体は特別広い、というわけでもないが、決して狭いわけではなかった。
高校の教室を数室集めたほどである。
「想像通りだなあ」
真下が感心したように言う。
「ほんと、蔵、って感じ」
蔵の中には数人の生徒がいた。歴史に興味のある、数少ない生徒たちだ。
他の生徒は外で弁当を広げ始めている。
彼らの声は蔵の内を響いてこだましていた。
そんななか一際騒がしいのが宝条と真下である。
「宝条先輩っ! 抜け穴とかありましたか?」
「ないなッ。そちらはどうだッ!?」
「ないでーす」
ないでーす、という真下の間抜けな声が響く。
稚隼は他の生徒の迷惑を気にしたが、切りがなくなってきたのでとうとう諦めた。
「抜け穴なんてあるわけないだろ」
稚隼がボソッと呟くと、真下は、
「文句言ってないで手伝えっ」
と、珍しく強く発言した。
大分本気なのだ。
「……へいへい」
稚隼は仕方なく近くの壁を見渡した。
壁伝いに蔵の中を回る。
「わっ」
前方不注意であったため、稚隼は誰かとぶつかる。
「あ、すんません! 大丈……」
途端に稚隼は目を見開く。
そこにいたのは私服の少女である。
「え? あれ? ど、どちら様?」
少女は稚隼の問いに答えず、立ち上がって膝の埃をはたき、肩を少し越えた辺りまで伸びた髪を掻き上げた。
ボーイッシュな服装が良く似合う。顔立ちも綺麗だ。
(おいおい……里見!)
稚隼は入口に立っているにも関わらず管理の甘い里見に怒りを覚えた。
東宮高校の生徒以外を入れてはいけないという決まりはないが、計画した責任者としては一言欲しかったのだ。
「あんた、隠し部屋探してんの?」
やけに強気な発言に、稚隼は驚く。
声を聞いてみれば、恐らく稚隼よりも年下であろう。中学生くらいだ。
「俺、は、探してないけどあいつらが……」
そう言って稚隼は宝条たちを指差す。
少女は、ふぅん、と二人に目を向けた。
「ま、いいわ。私も探してるのよ。だから協力してよね!」
「は!?」
「何か文句あるの?」
ジロリと見る目付きが厳しくて、稚隼は大人しく、
「ありません」
と、口にしてしまった。
少女に名前を問えば、向日葵、とぶっきらぼうに答えた。
稚隼の予想通り、中学三年生であった。
向日葵は稚隼、宝条、真下を見渡してから稚隼に、
「あんたが一番マシね。残りは駄目だわ、役に立たなさそう」
と、愚痴った。
稚隼は生意気な中学生に苦笑せざるを得なかった。
「向日葵ちゃんは何で抜け穴を探してるの? やっぱお宝目当て?」
空気を読まない傾向のある真下はニコニコと向日葵に話し掛けた。
真下は年下の面倒を見るのが好きなのだ。
「抜け穴? 何言ってるのよ。私は隠し部屋を探してるの! それにお宝なんて……」
「興味ない?」
ずっと黙っていた宝条がいきなり口を開いたので、向日葵がビクリと身体を動かした。
宝条の眼は強い力がある。
「きょ、興味あるわけないでしょっ! 一緒にしないでよね!」
そう言いながら、宝条と距離を置く。何気なく稚隼の方に寄って来ている。
「何あいつ! 気持ち悪い!」
向日葵はコソコソと稚隼に話し掛ける。
(なるほど、中学生には宝条政義は通用しないのか)
稚隼は意外な事実を知り、嬉しくなった。多分、中学生にとって宝条は未知の生物なのだ。
「しかし宝以外にこんな蔵の隠し部屋を探し回る理由なんてあるのかな?」
宝条の確信に満ちた表情に向日葵は、うっ、と唸る。
完全に稚隼の背後に隠れている。
「そんな怖がらないで。別に採って食いやしないさ」
宝条は楽しそうに笑う。
「理由なんて、何でもいいじゃないっ! 私は隠し部屋さえ見付かればいいの、あんたには関係ないわ」
向日葵はキャンキャンと鳴く犬のように反論した。
「気になるなぁ」
真下が口を尖らして宝条に加勢したが、向日葵が口を割ることはなかった。
「まぁまぁ。とにかく探せばいいんだろ? さっさと終わらして飯にしようぜ」
稚隼はポキポキと肩を鳴らす。そして腕捲りをした。
「ほら、宝条サンも!」
面白そうにしている宝条が癪に障るが、稚隼は気にするのを止めた。
「向日葵……ちゃん? も、だ」
稚隼が首を傾げると、向日葵でいいわ、と言い、フンと鼻を鳴らした。少し照れている。
稚隼は自分より頭一つ半小さな生意気少女が少し可愛く思えた。
蔵の中を見渡すと、いつの間にか四人しか残っていなかった。
食事のために外へ出たのだろう。
先程まで五月蠅かった真下や宝条が真剣に隠し部屋を探し始めたので、蔵の中がやけに静かだ。
少し不気味である。
そんな雰囲気に耐えられなくなったのか、真下が口を開く。
「あっ、あのさっ! 隠し部屋、全然見付からないなっ」
無理に大きな声を出しているのが分かる。異常に室内に声が響く。
「当たり前でしょ? 私が何度探しに来たと思って……」
失言だと気付いたのか、言葉の途中で言うのを止める。
(多分、宝条政義はニヤけてるだろう)
稚隼はそんな仮説を立てた。
「ねえねえ向日葵ちゃん! 向日葵ちゃんが何目的なのか、すごい気になるんだけどっ!」
真下はどこにいるか分からない向日葵に向かって話し掛ける。
勿論返事はない。
「つれないなー」
そして真下はブツブツ文句を言いながら、再び作業に戻った。
「え?」
一瞬の出来事だった。
「……え? ええ?? お、お、落ちるッ!!」
途端、向日葵の悲鳴が蔵中に響いた。
少女の悲鳴が聞こえる。
しかし咄嗟に身体は動かなかった。