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第1話:高校一年春の奇妙な出会い

 

 (この学校は終わりだ)


 伊武稚隼(いぶちはや)は柄にもなく、真剣にそんなことを考えている。


(早々に手を打たなければ、手遅れになる)


 稚隼は焦っていた。

以前の彼ならば、学校なんていつ崩壊しようが関係ない、と白を切っていただろう。

しかし今は状況が違う。ただ傍観していられる立場ではなくなったのだ。



 伊武稚隼は当事者である。




 ちょうど一年前の春、伊武稚隼は晴れて東宮(とうぐう)高校に入学した。

東宮高校は県内でまあまあ成績も悪くないし、また校舎も数年前に建て替えられたばかりで清潔感がある。

紺のブレザーに臙脂と金のネクタイの制服が可愛いと近辺の学生に人気もあった。

校則も厳しくなく、自由な校風だ。

稚隼にとって、なかなか悪くない高校であった。


 しかし稚隼は不運にも、いち早く東宮高校の“異常”に出会ってしまったのである。




 「伊武ちゃん、俺達にパン買って来てくれないかなぁ?」


 髪を赤に近い色に染め、耳に幾つもの穴を開けた、如何にも不良といった風貌の同級生の岡原が稚隼に声を掛けた。周りには数人の仲間がいる。

どんな学校にも不良は付き物である。

(……つまり俺にパシリになれっていうことか)

稚隼は一見遊び人のようには見えても、決して脆弱に見える身体つきをしている訳ではない。

他の一般男子高校生より少し高い背丈で、程々に筋肉も付いている。

流行を意識した髪型も彼を弱そうに見せることはなかった。

(どうして突っ掛かってくるかなあ)

(てか、何で俺なんだ?)

稚隼が黙々と考えていると、岡原は少しイラッとしたように続けた。

「早くしろよ。腹減ってるんだ」

「……自分で買いに行ったら? 俺がお前のために動く理由がないじゃん」

岡原の表情が徐々に穏やかなものではなくなっていくのに稚隼は気付いた。

だからといって怖気づくような性格でもなかった。



 (ああ、だから俺なのか)

 岡原達にきつく腕を引っ張られ、人影の少ない校舎裏に連れていかれながら稚隼は呑気にそんなことを考えた。

(俺が自分に反抗的なのが気に入らないんだ)

(かと言って、岡原の言うことを聞く気なんて微塵もないしなあ)

「てめぇ、生意気なんだよ! 大人しく俺の言うことを聞いてパンを買って来ればいいものを!」

胸倉を掴まれて、稚隼の身体はぐらりと揺れた。

岡原は体格が良く、稚隼よりも数十センチ背が高い。けほ、とむせた。

「一回痛い目に遭わせてやらないと、お前みたいな馬鹿には分からないよなぁ?」

そう言って岡原はニヤリと口元を歪ませた。

お世辞にも気持ちのいいものだとは思えない。

(だから真性の馬鹿は困る)

今にも殴り掛かりそうな岡原を前にしても稚隼は極めて冷静だ。へらっと笑っている。

そして、岡原が戦闘態勢に入り、稚隼も身構えようとした時だった。



「ちょっと君達、失礼じゃないか!」



 何処からともなく、声がする。明瞭でよく通る低い声だ。

稚隼は興味がなさそうにぼんやりと、岡原は表情を歪ませながら辺りをキョロキョロと見渡した。

しかし声の主らしき人物は見付からない。

「こっちだ!」

再び声がする。

岡原の、稚隼を掴む手が弛んだので、稚隼はそれを乱暴にふり払った。そして弛んだネクタイを絞め直す。



「君達! 俺の許可なしに喧嘩を始めようとするなんて、失礼極まりない!」



 声の主は急に姿を現した。何本も連なる木々の内の一番大きなものから降りて来たのだ。

稚隼と同じ位の、長くも短くもない茶色がかった髪型。

そこには何本か、金のメッシュが入れられている。

背が高く、スラリと伸びた手足。

そして俳優のように整った顔をしている。

その姿は世に言う“イケメン”だ。

「てめぇ! 舐めた真似しやがって!」

「俺の方からしてみれば、君の方がよっぽど俺を舐めてるじゃないか!」

「何だとぉ!」

岡原は体格からは想像出来ない程素早く、声の主に殴り掛かった。

しかしヒラリと優雅に躱される。

「俺は別に喧嘩をするな、と言っている訳じゃないじゃないか。ただ五月蠅くするなら、この近辺で昼寝をしている俺に一言掛けるべきだと言ってるんだッ!」

これだけの台詞を口にする間も、声の主は岡原のパンチを躱し続けた。

岡原の息が次第に上がって来たのが分かったが、男は平気そうだ。

岡原の仲間は、どうすればいいか分からない、といった風に岡原を見ていた。



 (……強いな。岡原は決して弱くないし)

 完全に蚊帳の外になった稚隼も、ただ二人を見ていることしか出来なかった。

逃げ出すことも出来るが性に合わず、手助けする必要もなさそうだ。

それならば、ある意味恩人の喧嘩を最後まで見届けよう、とそこに立っている。

「てめえ、いい加減に、しろよッ! ちょこまかと逃げてばかりッ」

岡原は殴り疲れてハァハァ言いながら、男を睨んだ。

区切りが付いたのを見計らって、岡原の仲間は岡原の近く集まった。

彼らなりに体勢を立て直したのである。

「殴るのは良くない。何よりも、手が痛い」

「女々しいこと言ってんじゃねェよ!」

「君は本当に失礼だな!」

男は少し頬を膨らまして、機嫌が悪そうにした。

しかし岡原の機嫌の悪さに比べたら、月とスッポンだ。

(こりゃ岡原の負けだな)

(しかしこいつ、一体何者なんだ? やけに態度がデカイ)




 「仕方無い。このままじゃ、埒があかないからなあ」

 男はそう言いながら、二、三回拳を鳴らした。

周りの木々が風に吹かれてふわりと揺れる。

そして男はニヤリと笑う。岡原と比べたら、随分上品に、だ。

「てめえ、覚悟しろッ!」

岡原が渾身の一撃に掛かった時だった。

男はそれを素早く躱し、身を翻した。

次の瞬間、男は岡原の左横に立っていた。

岡原がそれに気付いた時にはもう遅い。

男はまるで旧友と肩でも組むようにして、背中の首もとに一撃を与えた。


(……あ)


 スローモーションで岡原の身体が前のめりに倒れて行く。

彼の仲間は近くに居てもただ見ていることしか出来ず、岡原が完全に倒れた後になってやっと彼に助太刀をした。

(倒れた大将を起き上がらせるだけなんて、何て腰抜けな部下だろうねえ)

岡原の仲間をよく見れば、気の弱そうな者も含まれている。

(……岡原が怖くて無理矢理仲間に、って連中か)




 仲間に連れられて、岡原はこの場から姿を消した。

(気まずい)

稚隼は、どうしようか、と頭を悩ませていた。

頼んではいないものの、助けてくれたのは事実なのだ。礼を言うべきなのだろう。

「君!」

稚隼があれこれ考えている内に、男は稚隼の隣にいた。

(なんだ?)

「君も同罪なんだぞ」

「……は?」

「俺の安眠を妨害した罪だッ!」

(馬鹿じゃないのか!)

稚隼は遠慮なく、呆れ顔を男に向けた。男はそれを気にせず、自分のことで頭がいっぱいになっている。

「まあいい。今回は大目に見よう。次からは気をつけるように!」

男はそう言って、先程まで昼寝していたであろう木によじ登り始めた。まるで昆虫のようだ。

(助けてくれと頼んだ覚えはないけど……)

稚隼は意を決した。

「今日は助かったよ。あんた、名前は?」

稚隼は男に届くように、少し大きな声で言った。

男は声に気付いて、首だけ振り返る。しかし登る手は止めない。

「礼を言うなんて変わった奴だな!」

(こいつ、本気で俺を助けたつもりないんだ)

(馬鹿だ)

「俺の名前はほっ……」

ガツンと鈍い音がする。

紺色の昆虫が木から落下するのを、稚隼はただ呆然と見つめた。

男は自分が登ろうとしている場所のちょうど頭の上に太い枝があることに気付かなかったのだ。


(……やっぱり馬鹿だ)


「だ、大丈夫?」

返事はない。恐る恐る近寄ってみると、男は完全に気を失っていた。


(俺が声を掛けたから? 俺のせいなのか?)


どうしたものかと散々悩んだ挙句、稚隼は溜め息を吐きながら渋々男の腕を取り、肩を貸すように持ち上げる。

男は体格の割には意外に軽かった。





 (……というか、保健室どこだ?)


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