遊園地マジック
日が落ち始めると、あっという間に空は真っ暗になった。
そして夜の遊園地は煌びやかにライトアップされる。至る所で遊園地のキャラクターを象ったイルミネーションが輝き、見ているだけで非常に賑やかだ。本当に夢でも見ているかの様。
「メリーゴーランドの東……」
そんな中、俺は目的地である小さな橋を目指していた。
さて、そこで女の子と待ち合わせという話だが、もしかしたらヴァスコードが用意した子かもしれない。若干不安を隠し切れない。
例えば……女の子はゴリラタイプのFDWだったり、もしくはあの犬のようにビーバーあたりを巨大化させた奴かもしれない。つまり俺はマトモな人間が来るとは思っていなかった。ヴァスコードと作者の性格を考えると、どうしてもソッチ路線に考えが及んでしまう。
「なんか嫌な予感するんだよな……」
これは覚悟していった方がいいかもしれない。
俺はネットの診断で直観力はあると言われた事がある。たぶん気のせいだが。
そしてメリーゴーランドの東、小さな橋が見えてくる。
その橋は遊園地内を流れている小川にかかる橋だった。その周辺にアトラクションが無いせいか、少し静かでいい感じだ。何より人が少ないのがいい。
「ふむ、もしかしてこのまま誰も来ないってパターンも……ありえるな」
もしかしたらこのまま誰も来ないかもしれない。
それはそれでいい。もし誰も来なかったら杏の元へ馳せ参じるだけだ。元々は家族旅行で来たのだから。家族で楽しまなければ……母親も含めて。
俺は小さな橋の真ん中を陣取り、柵へともたれながら空を仰ぐ。
遊園地が明るすぎるせいで星など見えないが、月だけは煌々に輝いていた。
「あの……」
その時、小さな声が俺に話しかけてきた。相変わらず空を仰いだままだった俺は、声がした方へと顔を向ける。するとそこには予想外にも動物タイプのFDWでは無く、普通の人間が浴衣を着て立っていた。
いや、油断は出来ない。人間から突然変身するかもしれない。トランスフォーメーションしないとは限らない。
俺は女の子と向かい合うと、そのまま無言で頬を抓ってみる。
むむ、柔らかい。そして暖かい。
「……あの、なんれふか?」
女の子の反応は普通だ。
よし、今度はむにむにしてみよう。
そのまま女の子の両頬を手で包み込み、揉みこんでみる。
むむ、やっぱり柔らかい。
しかし……何だこの確認方法は。これで一体何が分かると言うのだ。
自分でやっといて何だが、これはただのセクハラなのでは……。
「失礼しました……。俺の勘違いです……」
「本当に失礼ですね、一体どんな勘違いでホッペをムニムニされたのか非常に気になります」
尤もだ。そしてそれは俺も分からない。
よし、流そう。
「初めまして、金鳥 宗吾と申します。よろしくお願いします」
俺は至って冷静に挨拶してみる。
女の子は非常に不満そうだ。そりゃそうだ。初対面の男に頬をムニムニされたあげく、何事も無かったかのように自己紹介を始めるなど失礼極まりない行為。謝った方が良いだろうか。いや、俺は流すと決めたんだ。
「サラっと自己紹介始まってますが、私の今の気持ちを聞いて貰ってもいいですか?」
「いいでしょう、どうぞ」
「ぶちのめすぞ」
「……ごめんなさい」
素直に謝る俺。女の子は見た目大人しそうなのに……なんか性格はツンツンしてそうだ。これがツンデレか。是非デレの部分を見たい。
「一体なんなんですか、全く。初対面の男性にムニムニされたのは初めての経験です。私は怒っています」
「怒っているんですか……じゃあ俺はこれで……」
そのまま踵を返して妹の元へと向かおうとする俺。
女の子は、そんな俺の服を摘まんで止めてくる。
「なんスか、まだ俺に何か?」
「貴方はお詫びって言葉知らないんですか! ほっぺをムニムニしといて、あんな勢いの謝罪で許されるとでも?」
なんかめんどくさい人だな……。
しかし言っている事は尤もだ。確かに俺の行いはセクハラ同然、こんなお祭りムードでなければ逮捕かもしれない。しかしお詫びと言っても何をすればいいのか……。
俺はマジマジと女の子を観察する。
背丈は俺より頭一つ分程小さい。ちなみに俺の身長は178cmだが、女の子は150後半くらいだろうか。そして浴衣は濃い青色がベースのアサガオっぽい花の柄だ。たぶんアサガオでは無いが。
「な、なんですか……そんないやらしい目線で見ないでくださいっ!」
俺はそんな女の子を容赦なく観察する。
髪型は……名前は知らんが後頭部にオダンゴ作って、うなじがセクシーなアレな髪型。
浴衣と言えばコレ! という髪型だろう。俺は大好きだ。
「いえ……浴衣似合ってます。髪も可愛いですよ」
素直に感想を述べる俺。
すると女の子は急にモジモジし始めた。あぁ、トイレか。
俺の経験上、女子というのは自分からお手洗いに行くと言えない生物だ。
初対面の男の手前ならばよっぽどだろう。仕方ない、ここはエスコートしてやるか。
「お手洗いなら、さっきそこにありまし……」
「違う! そんな理由でモジモジしてるんじゃないんです! 察してください!」
だから察したじゃないか。めんどくさい。
もしかして……アレか。アレでモジモジしているのか。
「成程、分かりました。貴方がモジモジする理由が。では行きますか」
「は、はい……? はい……」
……? なんか急に態度が可愛くなったな。さっきまでは荒ぶるシロクマみたいだったのに。
ちなみに彼女が何故モジモジしているのか。それは読者の皆様も当然分かっているだろう。
実は彼女は……
※
「コレ、食べたかったんでしょう?」
俺は飲み物と一緒に棒状のドーナツ……また名前忘れた。これ何だっけ……。
むむ、なんかプルプル震えてる。よっぽど嬉しいん……
「違うぅぅぅ! チュロスは好きだけど違うぅ! 頂きます!」
「どうぞ」
違う違うと言いながら、ベンチに座りながらリスのように頬張り始める女の子。
というか俺、まだ名前聞いてない……。
「あの、まだ貴方の名前聞いてないんですが……。なんて呼べばいいですか?」
「わふ、わふぁふぃ……」
食べてからでいいですよ。
というか口からボロボロ零れてるぞ。折角の浴衣が汚れてしまう。
俺はハンカチを出しつつ、彼女の膝の上に敷いてチュロスのクズが落ちてもいいように。
なんか杏と一緒にいるみたいだな。
「……あ、ありがとうございます……」
ふむ、もしかしてこれがデレか?
なんかあんまりグっと来ないな。もっとツンツンさせないと俺の心には響かないのだろうか。
女の子はチュロスを飲み込みつつ、俺へと改めて自己紹介をしてくる。
「私は、冴島 美鈴と申します。みっちゃんでも美鈴っちでも好きに呼んでください」
「じゃあとりあえず美鈴さんで……いきなり名前呼んで大丈夫ですか? 俺チャラくないですか?」
「いきなりホッペムニムニする人のセリフじゃ無いですね。別にいいですよ、私も宗吾さんって呼びますから」
むむ、俺の名前ちゃんと覚えてる。ちょっと感動……。
俺はとりあえずと自分の分のコーヒーを飲みながら、美鈴さんを観察する。
非常に美味しそうにチュロスを頬張っている。時折見せる笑顔が本当に好きなんだな……と思わせてくる。
「好きなんですね、チュロス」
「……んっ、はい……甘い物は全般好きです……」
「ところで何歳ですか?」
突然の俺の質問に食いかけたチュロスを喉に詰まらせる美鈴さん。
慌てるでない、一緒に買ってきたジュースを飲むのだ。
「んっ……い、いきなり何聞くんですか!」
「いや、当然の疑問なり。ちなみに俺は二十歳です」
「……い、言いたくない……」
むむ、黙秘するか。こうなると意地でも聞きだしたくなるのが俺という生き物。
チュロス追加で釣るか? いや、それよりも……
「美鈴さん、この遊園地のキャラクターで何が好きですか?」
「そう! そういう質問でいいと思うの、私」
なんだ、いきなり褒められた。
「ありがとうございます。それで? 何が好きなんですか?」
「んー……マンチカン仮面も捨てがたいけど……やっぱり一番はパンダ魔人かな……」
この遊園地のキャラ……えらく直球なネーミングしてるな。
パンダ魔人……大方ランプを擦ったら出てくる類のアレか。よし……。
「なら美鈴さん、俺と勝負しましょう」
「えっ? なんの?」
「先にパンダ魔人見つけた方が勝ちです。俺が勝ったら美鈴さんの年齢を開示して貰います」
「え、えぇー……ちなみに私が勝ったら?」
「なんでも言う事聞きますよ。俺に出来る事なら」
うーん、とチュロス片手に悩む美鈴さん。
そのまま渋々承諾する。
ククク、彼女は気づいていないようだ。この勝負、俺が圧倒的に有利だと言う事を。
何故なら俺の方が背丈が高い。この人の多さだ。美鈴さんにとっては高い木が生い茂る森の中で、チュロス片手に迷い込んでるも同然の状態。そんな状態でパンダ魔人を探せるわけが……
「ぁ、いた、パンダ魔人」
「……あ?」
「ほら、あそこ」
ど、何処?! 人が多くて見えない!
「ほら、あそこだってば」
「え? あの豪華な服着た丸い奴?」
そういえば俺……パンダ魔人の見た目とか知らんかったわ。
しまった! 策士策に溺れるとはこの事か!
「はい、じゃあ私の言う事聞いてね。何にしようかな……」
「……お手柔らかに……」
美鈴さんは再び、うーんとチュロス片手に悩む。
というかチュロス長いよな、俺は三分くらいで食ったけど。
美鈴さんはそのまま、何か思いついたのか俺へと振り向きながら
「じゃあ……手繋いで」
※
美鈴さんと共に、人混みの中……手を繋いで移動する。
大丈夫だろうか。何がって俺の手が。
正直妹以外と手を繋ぐなど……幼稚園以来かもしれない。
もう俺の手……汗でベッタベッタかもしれない。
「……宗吾さん、なんか慣れてるね」
むむ、なんだいきなり。
「ちゃんと私に合わせて歩いてくれるし……」
「……? あぁ、だって下駄だし歩きづらいでしょ」
「ほら、慣れてる」
慣れてる……?
いや、全然何が言いたいのかサッパリ分からんのだが。
もしかして女の扱いに慣れてるという意味か?
「もしかして……俺の事チャラ男とか思ってるでござるか」
「そうでござる。遊びまくってるでござる?」
ござる真似された。
まあ、それは置いといて……。
確かに俺は遊びまくっている。ある一人の女の子と……
「俺シスコンですから。妹と遊びまくってるんです」
「……宗吾さん……もしかして私の事、妹さん……と重ねてます?」
「自惚れるな! 妹の方が百倍可愛いわ!」
「おいシスコン」
だからそう言ってるでは無いか。
すると突然手を離された。むむ、いきなり離されるとちょっと寂しいでござるよ。
「どうされた、美鈴殿」
美鈴さんは俯きながら、小さな声で
「私……二十四歳……」
「へー」
「反応薄っ! 折角開示したのに!」
いや、だっていきなり開示されても……。
というか年上か。しかも四つも。
「……年上は嫌い?」
「いえ、むしろ俺は年上じゃないと恋愛対象には見れないッス」
「れ、恋愛対象って……! わ、私の事、もうそんな目で見ちゃってるの?!」
いや、別にそういうわけじゃ……
俺はただ正直に言っただけなのに何故そうなる。
「俺はただ……妹が居るから、年下は皆妹と重ねちゃうってだけです。まあ、美鈴さんはそういう意味では恋愛対象ですけど……」
「お、狼! 男ってやっぱり狼なんだわ!」
何言ってんのこの人。
そのまま何故かボロボロ泣き出してしまう美鈴さん。
何この急展開……。やばい、周りの目が痛い。
「何泣いてんスか。俺は狼じゃなくて人間スよ」
「うぅぅぅ、そういう意味じゃ……」
意味が分からん……これだから女子は……。
とりあえずこのまま衆目に晒されるのは不味い。まるで俺が泣かしたように思われてる気がする。
俺は無実だ。濡れ衣を着せられるのは時間の問題だ。
「美鈴さん、ちょっと」
そのまま俺は勇気を振り絞り、再び美鈴さんの手を取って歩き始める。
少し握り返してくれる美鈴さんの手が……なんだか無性に嬉しいと思ってしまったのは、きっとこの遊園地の雰囲気のせいだろう。これが遊園地マジックか。
※
ナイトパレードのおかげか、アトラクションは悉くガラガラの状態。
俺は美鈴さんを観覧車の中へと連れ込んだ。普段の俺ならこんな大胆不敵な真似は出来ないだろう。きっとこれも遊園地マジックのせいだ。
観覧車はゆっくりと……非常にゆっくり回っている。
いや、ゆっくり過ぎないか。動いてるかどうかも分からん。乗るときに係員のオッサンがサムズアップしてきたが……もしかして要らぬ気を使ってるんじゃ……。
「……私、付き合ってる彼が居たの……」
すると突然、美鈴さんが語りだした。
恐らくこれも遊園地マジックのせいか。黙って聞いた方がいいだろうか。
「でも……浮気されちゃった。本当に好きだったのに……彼は私の事……ちっとも好きじゃ無かったの……」
酷い彼氏だ。こんな可愛い美鈴さんが居ながら浮気するなど。
「だから……今日は一人で憂さ晴らししようと思って遊園地に来たけど……寂しくて寂しくて……」
中々根性あるな。こんなカップルの巣窟に一人で………。
周りは見渡す限り、リア充の群れだ。失恋したばかりの美鈴さんが来たら寂しくなるのは当たり前だ。
「そしたらこの企画のチラシ見つけて……勢いで登録して……ごめんね、いきなりこんな話されても困っちゃうよね……」
「そうですね……じゃあ、しりとりでもしますか」
「いきなり手を繋いでって言ったのも……人肌が恋しかったっていうか……」
「無視か」
すると美鈴さんは泣きながら笑ってきた。
むむ、多少は元気でただろうか。
「宗吾さんは良い人だね……きっと素敵な彼女見つかるから……これ降りたらもう解散って事で……」
なんかそれはそれで釈然としない。
解散したらしたで俺は妹の元に向かえばいい。
でも美鈴さんはどうするんだ? このリア充の巣窟の中、一人寂しく……
「美鈴さんって……今日はホテルに泊まるんですか?」
「え? ひぃ! やっぱり男は狼だわ!」
「そういう意味じゃなくて……もし自宅に帰らなくていいなら、閉演まで付き合いますよ……って、これじゃあ同情してるみたいですね。俺は単純に……美鈴さんが放っておけないっていうか……いや、これも同情……」
「…………宗吾さん、自覚あります?」
何が?
「自覚って……なんスか」
「いや、その……」
途端に再びモジモジし始める美鈴さん。
むむ、今度こそ……
「とりあえず……観覧車降りたらお手洗いに……」
「だから違うっつーの!」





