ナイトパレード始まるよ!
『お母様も喜びますよ』
ヴァスコードのその言葉が耳に残っている。
あれから俺はヴァスコードと別れ、とりあえずとホテルの部屋へと戻ってきた。
そんな俺の手には一通の手紙。ヴァスコードから受け取った物だ。
どうやらこの手紙は……母親からの物らしい。
何故にヴァスコードがそんな物を持っていたのかは良く分からないが、母親はアス重工に勤めていた。親父と結婚して寿退社したらしいが、この遊園地を経営しているのもアス重工。ヴァスコードと知り合いであっても不思議では無いが……。
俺はそっと、折りたたまれた便箋に書かれた文字を見つめる。
そこには『宗吾へ』と書かれていた。つまりは俺だけに読ませるつもりで書いた手紙だろうか。
「……それにしても……二人とも良く爆睡してるな……」
ホテルへと帰った俺を待っていたのは、親父と杏の気持ちよさそうな寝顔だった。
親父は久しぶりに良い酒が飲めたようだ。そして杏も杏でたらふく食って爆睡している。
今ここに母親が居れば微笑ましい笑顔で見つめていただろう。
「…………」
そっと便箋を広げ、そこに書いてある内容を目にする。
綺麗な字だ。しかし母親の字では無いだろう。
母の死後、遺品の整理をした時にいくつか日記も出てきたが、そこに書かれてあった字とは明らかに違う。恐らくヴァスコードが書いたんだろう。彼女がこの手紙を持っていたのは……母が代筆を頼んだからか。
そこに書いてある内容は……母から俺への頼み事。
全て読み終えた時、俺は母が亡くなった中学時代を思い出し……涙が止まらなくなった。
※
結局親父と杏は夕方まで爆睡していた。一体何の為に遊園地に来たのかと疑問に思ってしまうが、問題は無い。俺は母から授かった任を遂行すべく、目を覚ました親父へと……こう投げかけた。
「親父、あと一時間くらいでナイトパレード始まるらしいぞ。杏の面倒は俺が見るから、ちょっと親父一人で見学してきなさい」
「えっ……お父さん一人で? 宗吾……それはちょっと寂しいぞ。お父様は泣いてしまうかもしれない」
「あぁ……まあ多分親父泣くだろうな……まあ、気をしっかり持て。じゃあ俺と杏は遊園地行ってくるから」
そのまま親父を部屋に置き去りにしつつ、目を擦る杏の手を引いて部屋から出る。
親父は終始困惑していたが仕方ない。文句はあの母親に言ってほしい。あの悪戯好きな……母親に。
「兄ちゃん、遊園地行くの?」
杏はまだ寝ぼけているようで、目を擦りながら俺にそう尋ねてきた。
俺は杏の頭を撫でつつ、抱っこしてエレベーターへ。
「んぅ……兄ちゃんどうしたの?」
「杏……母さんの事覚えて無い……よな。まだ一歳になったばかりだったもんな」
母が亡くなったのは杏がちょうど一歳の誕生日を迎えた頃。
俺はその時反抗期とガチンコな部活に忙しく、まともに母のお見舞いにも行っていなかった。
母の容体が急変したと学校に電話がかかってきた時、俺は一瞬で後悔した。
もうこれで母と会えなくなるかもしれない。何でもっと……お見舞いに行くなりなんなりしてやれなかったのかと。
だから俺は杏にベッタリなのかもしれない。
杏に嫌われないようにしているのは……杏と母親を重ね合わせているから……
いや、違う……杏は杏だ。俺の可愛い可愛い妹なんだ。
「んぅ……兄ちゃんどうしたの? 泣いてるの?」
「泣いてない……」
今更、母親の事を思い出して目から汗を垂らすとは思わなかった。
全て母親のせいだ。突然遊園地に来ることになったのも、全て母親の仕込みだったのだ。
「杏……ナイトパレード始まるぞ。今年のは凄いらしいぞ」
「パレード……? お祭り?」
「あぁ、お祭りだ。最高の夏祭りだ……」
エレベーターが一階に到着し、俺は杏を抱っこしたまま外に。
そこにはヴァスコードと……犬が居た。
「手紙は読まれたようですね。では行きましょうか」
「ワフッ。ヴァスコード、この子が陽菜の息子? そっくりだねぇ」
……犬デカッ!
鎮座してるのに既に俺と目線が同じくらいの高さにある!
そしてその声は女性の物だ。喋る犬の時点で分かると思うが、当然FDWだろう。
いや、しかしシロクマさんのように変身してしまった人間という可能性も……。
「ぁ、あの……ヴァスコード、このデカい犬様はどちら様でございますでしょうか……」
「わんわん!」
杏を降ろしつつ、ヴァスコードへと尋ねる俺。
杏はハイテンションにデカい犬に抱き着いていく。あぁっ、毛が、毛が服に付くぞ
「この犬は陽菜の元同僚ですよ。自己紹介なさい、犬」
「犬って……いや、犬だけども」
杏に抱き着かれながら、犬は犬扱いされる事に不満毛だ。
しかしどっからどう見ても犬だ。
「こんにちは、初めまして……でも無いか。陽菜の葬式で一度だけ顔を合わせてるんだけど。まあ、あの時は人間の義体で行ったから分からないよね」
やっぱりFDWか。その時その時で見た目を変えれるのは強みだな。
「私は藤間 陵と申します。あのストーカーがいつも世話になってるわね」
藤間……? まさかこの犬は……あの隣のオッサンの身内か?!
「あ、あの……藤間さんの……お姉さん?」
「妹よ。もっとも義理のだけど。あのストーカー、元気にしてる? 最近私も忙しいから全然会って無いんだけど」
「え、えぇ、いつも杏をいやらしい目線で可愛がってもらってます」
「……今度ちょっと地獄に落とすわ。それで勘弁して頂戴。アイツもアイツで陽菜の事が忘れられないのよ。ところで……この私の体でモフってる子が陽菜の娘? ホントそっくりねー」
杏は犬の胴体に夢中で抱き着いている。
ちょっと羨ましい……モフモフした毛並みが気持ちよさそうだ。
ちなみに犬……いや、陵さんはグレートピレニーズのような白いモフモフ犬だ。
大きさは恐らく本物よりも格段にデカイが……そのつぶらな瞳が印象的なワンコの姿は萌えとしか言いようがない。俺も杏も犬が大好きだし……。それに母親も犬が好きだった。いつも犬を散歩している人を見かけると「撫でていいですか?!」と興奮気味に話しかけてたし……。
「と、ところでヴァスコード。あの手紙の通りに親父にナイトパレードに行くよう言ったけど……もしかしたら部屋から出てこないかもしれないぞ」
「それはそれで仕方ないでしょう。選ぶのはお父様です。それに、お父様だけじゃありませんよ。貴方も頑張ってください。例のカップル企画ですが、順調に貴方の相手も選ばれましたよ」
「うっ……それ本当にやるん? 俺は別にそんな……」
「何もその子と付き合えと言ってるわけじゃありません。貴方達家族に楽しんでもらわなければ……陽菜の苦労も水の泡です。存分に楽しんできてください。妹さんは私達が引率しますので」
……いや、でもなぁ……
杏だって家族で遊園地に遊びに来たんだし……
「あ、杏、兄ちゃんとナイトパレード見たくないか? 兄ちゃんとそのワンコ、どっちがいい?」
杏は犬……陵さんに抱き着きつつ、俺の方をチラっと見つつ……
「……わんわん……」
ぎゃー! 犬に負けた! 犬に杏取られた!
「では宗吾、妹さんにフラれたわけですが……如何致しますか?」
「い、行ってきます……」
「了解です。では相手の女性との待ち合わせ場所はこちらですので。健闘を祈ります」
そのままトボトボと二人と一匹から離れて待ち合わせ場所へと向かう俺。
ヴァスコードから渡されたメモには、相手方との待ち合わせ場所が書かれていた。
『メリーゴーランドの東、小さな橋の上で』
※
『計画は順調か? 妹は今どうしてる。オーバー』
『軍人が二人……警護についています。兄は離れました。オーバー』
『……では兄の監視に重点を置け。父親の方はどうなってる? オーバー』
『ホテルから出たり入ったりを繰り返してますが……なんですか、アレ。オーバー』
『決心が付かんのだろう。仕方ない、作戦Bを実行する。父親を引き釣り出せ。通信終わり』





