七年前 後編
ビックリする程体は動かなくなっていた。まだ口が利けるのがせめてもの救いだろうか。折角懐かしい仲間が訪ねてきてくれたのだ、会話の一つも出来ないのは寂しい。
ヴァスコードはベッド脇に置いてある丸椅子へと座りながら、私の姿を見て少し寂しそうな顔に。もしかして幻滅させてしまっただろうか。久しぶりの再会がこんな姿だから……
「少し痩せましたね、陽菜。病の事は医師から聞きました。貴方の現状も把握しているつもりです。こんな事になり残念でなりません」
「うん……ありがとう、来てくれて。ヴァスコードは最近どう? 相変わらず軍人さんしてるの……?」
ヴァスコードは私が勤めている……いや、勤めていた会社が保有する軍の人間だ。彼女と知り合ったのも、仕事の為に海外へ行っていた時。反FDW勢力の民兵に人質として捕らえられた時、助けてくれた命の恩人だ。
「えぇ、相変わらず……と言いたい所ですが、少しやらかしましてね。現在は前線から外されて雑用をやらされてますよ。最近じゃあ、アス重工は戦闘用のFDWを集めて動物園やら遊園地やら……新たな事業に着手するようで。その荒っぽい性格の連中を纏める役をやらされています」
「……そう。でも私はそっちの方がいいと思うな……助けてもらってこんな事言うのもなんだけど、ヴァスコードは戦ってるより……もっと他の仕事してる方が……私も安心だよ……」
「心外ですね、私は元々戦闘用です。それも世界大戦の初期から戦い続けてるんですから。今更それを否定されるとは思いませんでした。まあ、今も私は私なりに楽しんでいますが」
それは良かった。
ヴァスコードは常に軍服に身を包んでいるけれど、顔は実に私好みの女の子だ。これで年齢は百歳を超えているんだから、FDWというのは凄いと思ってしまう。彼女は一世紀以上……戦い続けながら時代の流れをその目で見てきた。私にとっては人生の大先輩もいい所だが、何故か彼女の事は危なっかしい妹のように思えてしまう。
「ところで陽菜、お見舞いの品をいくつか持ってきました。お見舞いには定番と言われた物ばかりですが……」
「わ、ありがとう……」
わざわざお見舞いに来てくれるだけでも嬉しいのに……。まさかそんなのまで買ってきてくれるとは。
「何買ってきてくれたの……?」
「あまり期待しないで下さい。本当に定番中の定番ですから。まずは……これです」
そっと紙袋の中から丸い物体を取り出すヴァスコード。
うん……? それ、何?
「ヴァスコード……それ何?」
「おや、見て分かりませんか? ダチョウの卵です」
……なんだって?
「……ヴァスコード、確かお見舞いの定番の品を持ってきたんだよね……?」
「えぇ、その通りです。卵は完全栄養食。その中でもダチョウの卵は鶏の卵とは比較にならない程の栄養を兼ね揃えています。少々硬いですが、私の腕力を持ってすれば問題ありません」
何という事だ。お見舞いの品にダチョウの卵を持ってこられた人は恐らく私くらいなのでは。
確かに興味をそそられる。ダチョウの卵など食べた事無いし……。いや、しかしもしかして生で食えと? その巨大な卵を生で食べきるというのは……一体どんなチャレンジ企画だ。少なくとも入院中の人間に与えて良い物では無いと思う。
「ぁ、ありがとヴァスコード……でも今はいいや……食欲無いし……」
「そうですか。確かに少しカロリー高そうですからね。もう少し軽めの物にしましょう」
再びゴソゴソと紙袋を漁り、中から次の品を取り出すヴァスコード。
今度は何だろう。小さな四角形の箱。お菓子……かな?
「ヴァスコード……それは?」
「俗に言う駄菓子です。ダチョウの卵を購入する際、主人にお見舞いに行くと伝えたら何故か無料で下さったんです。これもあげるといいよと」
あぁっ……! お店の主人も気を使ってくれたんだ……っ。
お見舞いに行くのにダチョウの卵ってどういう事やねん……! と。
きっとヴァスコードの純粋な瞳を見て悟ったに違いない。決して冗談やウケ狙いなどでは無く、マジで入院患者にダチョウの卵を与える気だと……。
お店の主人には感謝しなければ……
「ぁ、ありがとう……それくらいなら食べれるかな……」
「では開封します。どうやら飴玉のようですね」
箱を開封し、中から数粒の飴玉を出すヴァスコード。その中の一つを私の口に入れてくれる。
ん……甘い。甘くて美味しい。久しぶりだ、こんなお菓子を口にするのは。
ヴァスコードには感謝しないと……いや、お店の主人にも感謝しないと……。
「あぁ、果物は大丈夫ですか? 一応買ってきたんですが……」
「ぁ、うん。何買ってきてくれたの? リンゴ?」
「いえ、それだと定番すぎるかなと思ったので……これを」
紙袋の中から果物を取り出すヴァスコード。
……いや、ちょっと待て。
「ヴァスコード……それって……」
「ジャックフルーツです。八百屋さんに売ってたんですよ。珍しくて買ってしまいました」
【注意:ジャックフルーツ→世界一大きいと言われる果物です。ブラジルなどで栽培されています。大きさは長さ七十センチ、幅四十センチ。重さは七十キロになる物もあるそうです】
「あの、ヴァスコードってとにかく大きな物が好きなの?」
「……? まあ、嫌いではないですが」
ヴァスコードは大きなジャックフルーツを片手で軽々持っている。ところで、ここで私は大きな疑問が。
彼女が手に提げていた紙袋は普通の百貨店で買い物をしたら貰える程度の物だ。一体その紙袋……どうなっているのだ。もしかしてドラ〇もんのポケットか何かだろうか。
「そ、それで……そのフルーツどうやって食べるの……?」
「大丈夫です。ぬかりありません。来る途中調べてきました。その個体によって味が全く違うらしいので、運が悪ければ二度と食べたくないと言うほどに不味いらしいです」
【注意!:生で食べたら、の話です。ちゃんと調理法もあるので、興味のある方は調べてみてください。ちなみに作者は適当にググっただけです】
入院患者にそんなギャンブルをやらせるつもりか。
まあ気持ちだけ……本当に気持ちだけで十分だから……もうお腹一杯だから……っ
「えっと、とりあえず今はそんなにお腹空いてないから……」
「そうですか。あぁ、そういえば暇だと思って本も買ってきました。陽菜は確か犬が好きでしたね」
「ぁ、うん、ワンちゃん大好き……」
もしかして犬系の雑誌でも買ってきてくれたのだろうか。
良かった、それくらいなら……
「しかしそれだと面白みが無いので、ゴリラ雑誌を買ってきました。どうぞ」
「…………ふ、ふーん……」
ゴリラ雑誌……。何故に面白みを求めてしまったのか。
しかし不味い、何が不味いってヴァスコードは至って真面目だ。入院中、暇してる私を気遣って意外性のある物を買ってきてくれたのだろうが……それにしても何故にゴリラ……。
ゴリラの気持ちという題名の雑誌。表紙には凛々しい顔をしたゴリラが決め顔でカメラ目線を決めている。体が満足に動かせない私を気遣ってか、ヴァスコードは適当に開いたページを私に見せてくれる。
「へ、へぇー……ゴリラのドラミングって平手なんだ……」
そこにはゴリラのドラミングについての解説が。
ウホウホと胸を叩くアレだ。ぁ、でも子ゴリラは可愛いかも……。
「癒されますか?」
「ぅ、うん、ありがとう……」
ページを開いたまま私の膝の上に雑誌を乗せてくるヴァスコード。
私に一体何を求めているのかは分からないが、とりあえずゴリラについて学べという事だろうか。
「ヴァスコード……色々買ってきてくれたんだね……ありがとう」
「いえ、喜んでもらえて幸いです。あとは……」
まだあるのか。
私は無意識に警戒してしまう。次は何を出してくるのだ。この調子で行くと次は恐竜図鑑とか……
「……便箋と筆記用具です」
「……ぁ、あれ、なんか急に流れが変わったね……」
便箋に筆記用具。
ここにきて私はある意味一番意外性のある物だと思ってしまう。
もしかしてヴァスコードは……私がもう居なくなってしまうからと……
でも、今の私ではもう字を書く所か、鉛筆すら持つ事は難しい。
「ヴァスコード……ごめん、私もう字が……」
「なら私が代筆します。不謹慎だと分かっていますが……陽菜も最後に伝えたい事くらいはあるでしょう」
もしかして、ヴァスコードはこの為に来てくれたのだろうか。
確かに手紙の代筆など、頼める人間は限られてくる。夫や子供達に頼むわけにはいかないし……。
「ありがとう……ヴァスコード……じゃあ、頼めるかな……」
「了解しました。そこの机を借りますね」
……どうしよう。
いざ手紙を書こうとすると言葉が出てこない物だ。
ヴァスコードは淡々と最後に伝えたい事と言ったが、本当にこれで最後だと思うと……
言葉が出てこない。
もう私は……
「……陽菜、ゆっくりでいいですよ。私は今日非番の上、最近軍も暇ですから。一日中……付き合いますから」
「……ぅん……ありがとう……」