遊園地デート!
生きていて本当に良かったと、今日ほど思った事は無いだろう。
あのバンジージャンプから帰還した俺は、もはや心身ともに衰弱し今はベンチの上で休んでいる。そして俺を突き落とした張本人は売店で飲み物を買いに行ってくれていた。
「マジで死ぬかと思った……」
しかしここは遊園地。全ての設備はちゃんと日々点検されているのだ。安全に決まっている……と思う。
「はぁ……安全とは限らないか。事故だって起きる可能性も……」
「心外ですね。我が社のテーマパークで大事故など起きてませんよ」
お、ヴァスコードちゃん帰ってきた。
片手にジュース。もう片方には……あれなんだっけ、棒状のドーナツ……。
「どうぞ。小腹も減ったでしょう」
「ぁ、はい、ありがとうございます……ヴァスコードさんは何も飲まないんですか?」
「呼び捨てで構いませんよ。私は特に喉は乾いてません。それにこの義体は特別性です。簡単なメンテさえ受ければ、補給無しで五十年は稼働できます」
どんな義体だ。まあ、俺はハイテク関係詳しくないけども。
というか、ずっと疑問に思ってた事がある。ヴァスコードちゃん……なんで……
「なんで……軍服着てるの?」
「軍人だからですよ。私は非常事態に備えてこの遊園地に常駐している軍の司令ですので」
え、それって一番エライ人では?!
そんな人が俺の案内とかしてていいん?
「生憎、暇なので……。今は本当にいい時代ですね。こんな風に遊園地で遊んでいる子供を見る事が出来るなんて……あの時は思いもしませんでした」
「あの時……?」
「あぁ、いえ……こちらの話です。それより高所恐怖症なら何故そう言ってくれないんですか。それならわざわざバンジーなどやらせなかったのに……」
あぁ、俺は自己申告しとけばよかったんだ。
ヴァスコードちゃんは別に俺に嫌がらせがしたくてバンジーに連れて行ったわけじゃない。本当に、ただ単純に俺に意見を求めたかっただけだ。
「それで、どうでしたか? 実際にバンジーしてみた感想は」
「いや、どうもこうも……まあ、案外気持ちよかったけど……」
「それは良かったです。このままいっそ絶叫マシン巡りでもしますか?」
「勘弁してください……」
名前の忘れた菓子を食いつつ、コーラを一気飲み。
こんな事なら俺も中華料理とビール煽って「動けませんー」とか言っておけば良かった。
ヴァスコードちゃんの可愛さに釣られて恐怖体験してしまうなど……。
「良かったら、次は落ち着ける場所に行きましょうか。涼しい所がいいですよね」
「ぁ、はい。静かな所で落ち着きたいですね……」
「畏まりました。うってつけの場所がありますよ」
※
やってきたのは水族館。
おお、なんかドキドキするな。確かシロクマさんが恐竜がいるとか言ってたし。
「ちなみに、ここには少し刺激的な魚も居ますが……大丈夫ですか?」
「ぁ、はい、俺そういうの結構好きかも……」
「それは良かったです。では中に入りましょう」
ドーム型の建物の中へと入っていく。
そこは古今東西、ありとあらゆる海洋生物の写真や資料が。
何気に俺、こういうの好きだ。海の中にこんな生物が本当に居るのかとワクワクしてしまう。
「おぉ、メガロドンの資料も……俺このサメ、前にテレビで見たけどまだ海底に居るかもしれないって……」
「居ますよ。ロマンを壊してしまうかもしれませんが、最近では海底の調査もかなり進んでいますからね。まだ海は未知の生物で溢れていますから」
おおぅ、ロマンだ。
まだ発見されてない生き物がわんさかと……
「では行きましょうか。肝心の水族館は地下ですよ」
地下! すげえ……もしかして海底トンネル的な水族館だろうか。
やべぇ、ワクワクが止まらねえ!
※
青い世界。とてつもなく静かだ。
地下の水族館は周り全てが海。海底トンネルを一歩歩く度、見た事のない光景が目に飛び込んでくる。
そう、俺の目の前には……本当に見た事のない……
『こんにちはー! みんな今日は来てくれてありがとぅ―!』
泳ぐゴリラが居た。
「……あの、ヴァスコード。あのゴリラは何……?」
「おや、ご存知ありませんか。近年発見された“マリンゴリラ”です。人語を話し、人懐っこい性格をしています。好物はバナナで、イルカの背に乗って移動を……」
ほ、ほぇー……海は広い、広すぎる。そんな未知の生物が……
「ってー! んなわけあるかい! あれFDWでしょ!」
「ご明察です。違和感ありすぎるから止めろって言ったんですけどね、本人はどうしてもゴリラがいいって……」
それならもっと違う仕事あるでしょうに……何故に水族館で……
「貴方と一緒ですよ。水族館とゴリラが大好きなだけです。彼は思い悩みました。水族館としてのスタッフとして働きたい気持ちと、ゴリラの義体に乗って働きたい気持ち……どちらかを捨てさせるなど、残酷じゃないですか」
「俺は別にゴリラは……っていうか適材適所って言葉知ってますか。あまりにも不釣り合いっていうか……」
「まあまあ、あのゴリラと数名以外はまともな魚だけですよ。ちなみにイルカやジュゴンだっています」
ゴリラの目の前には子供達が喜んで手を振る姿が……。
あの子供達、本当に海底に住むゴリラが居るって信じ込んだらどうすんだ。
「ここは夢の国ですよ。さあ、次に行きましょう」
俺は早々にゴリラを見限り、先へと進む。
すると目の前を巨大なイカが! と言っても、どうせあれもFDW……
「あのイカは本物ですよ。全長十五メートルのダイオウイカです。時にはクジラをも捕食する最強のイカですね」
「えっ、あれ本物なの?! す、すげえ……でも他の魚とか食べちゃわない?」
「定期的にエサを与えてるので大丈夫です。あのゴリラが」
あのゴリラが……。
大丈夫か? ゴリラ食べられない?
「大丈夫ですよ、元々は戦闘用のFDWなので。というか、この遊園地に常駐するスタッフの多くは世界大戦から生き残っているFDW達です。元々、この施設は彼らの雇用先を確保する為に作られた節もあるので」
そうなのか。確かに普通のオフィスにぶち込むわけにも行かないだろうな……。
そう思ったら、なんかゴリラも許せる気も……
「おや、一番の見物がきましたよ、宗吾」
なんかいつの間にかヴァスコードが俺の事を呼び捨てに……
うぅ、なんか心の奥に暖かいモノが……金髪美少女に呼び捨てにされると、なんだかホワホワする。
「って、デカッ……」
目の前には巨大な海洋生物。
あれは……なんだ、恐竜の……仲間?
「モササウルスという古代の生物です。あれは勿論FDWですが、実際のサイズを忠実に再現しています。全長は約二十メートルにもなり、その巨大なワニのような口であらゆる生物を丸呑みにしていたという……まさしく最強の海の支配者ですね」
「うへぇ……あんなのが今も生きてたらと思うとゾっとするな……」
「ですね。もしも恐竜が絶滅してなかったら……間違いなく、今この地球の支配構造は全く違った物になっていたでしょう。恐竜人間……なんてものも存在していたかもしれません」
ロマンある話だが、それは怖すぎる。
ところであの……モササウルスは何してるの?
なんかさっきからキョロキョロしてるけども。
「彼の任務は海底の清掃と調査です。恐らく今は海底にゴミが落ちていないかなどを……」
『見つけたぞゴルァー! てめぇゴリラ! さっき俺の弁当勝手に食っただろ!』
『ひ、ひぃ! モサっち! だってお腹が空いてたんだ!』
『なんだその理由! お前本当に社会人か! 腹減ったんならその辺で何か買ってこいやぁ!』
なんかゴリラとモサっちが喧嘩しはじめた。
なにこの光景……
「日常茶飯事ですよ、先程も言いましたが、元々彼らは戦闘用なので……気性が荒いんです。そして彼らが喧嘩し始めると……仲裁役が飛んで……いや、泳いできますよ」
仲裁役?
ゴリラとモサっちの喧嘩を止めれる奴がいるのか。凄いな、一体どんな……
『コラー! 喧嘩するなー!』
すると可愛い声が俺の耳に届いてくる。
現れたのは……柴犬? 可愛らしい柴犬が海底で犬かきをしている。
『ウホゥ! 柴犬先輩! モサっちが荒れ狂ってるんだ! 止めてくれ!』
『おまっ、ふざけんな! お前が俺の弁当食ったから……』
『喧嘩……するなぁー! 喧嘩両成敗じゃコラー!』
柴犬の後ろ脚キックがゴリラの鳩尾に炸裂する!
そして蹴った反動を利用し、柴犬先輩はモサっちの下顎に体当たり。
すげえ、なんだあの犬、強ぇ……
『分かったら仕事しろアホ共! 私達のモットーは?!』
『ウ、ウホゥ……楽しく学べる……』
『ロマンあふれる……水族館……』
柴犬先輩はゴリラとモサっちの返事を聞くなり、そのまま再び犬かきで帰還していく。
凄いな、この水族館。まさかゴリラとモササウルス、そして柴犬の絡みが見られるとは思わなかった。
「彼女はこの水族館の管理役です。とてもいい人……いえ、犬で、私も何度かご飯を奢って頂いた事があります」
「は、はぁ……」
「今日は運がいいですね。まさか特に有名な名物スタッフの絡みが見られるとは。モササウルスの弁当を勝手に食べたゴリラに感謝しなければ」
悶絶したままのゴリラとモササウルス。
子供達は「頑張ってー」と声援を送り、二匹は小さく手を振っている……。
「ところで……今夜はどうされますか?」
今夜? ぁ、そういえばシロクマさんにも今夜が本番とか何とか……
「今夜、何かあるんですか?」
「えぇ、今夜は特別なナイトパレードが行われるんです。そのパレードを異性と一緒に見ると、必ず結ばれる……という、非常に勝手な設定をしています」
設定……ですよね。
「まあ、妹が見たいって言うと思うんで……たぶん一緒に行くと思いますけど……」
「妹さんですか。よろしければ私が妹さんの引率を引き受けますよ。折角の機会です、誰か誘ってみては如何ですか?」
如何ですかって言われても……設定なんでしょう? 異性と見るとうんぬんかんぬんは……
それに遊園地に女一人で遊びに来てる奴なんて居ないだろうし……。
「実は……この遊園地はこんなサービスも展開してましてね」
ヴァスコードは携帯端末を取り出し、その画面を俺に見せてくる。
そこには……
『ドキッ! 気になるあの子とドラマティックな夜を過ごそうキャンペーン!』
と書かれている。
「あの……これって……」
「最近、少子化が激しいですからね。こういうカップリング企画を行うと国から援助金が出るんです。もしよろしければ登録しておきますよ。ランダムでカップリングされ、その組み合わせで祭りを楽しむという企画です。ちなみにサクラは混じってませんのでご安心を」
「んー……いや、でも……」
「了解しました。登録します」
俺まだ何も言ってない!
「そう邪見にしないで下さい。お母様も……喜ぶと思いますよ」