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ザ・バンジー

 そこはまるでファンタジ―の世界。

 廊下には赤い絨毯。壁には絵画や花瓶が飾ってあり、如何にも金持ちが入り浸ってます、的な雰囲気。


 今俺達は巨大テーマパーク、マリスフォルス内にあるホテルへと赴いていた。

 俺達の先頭を歩くのはシロクマさん。一体どこまで行くのかと、俺達は……というより俺と親父はハラハラしていた。杏は先程から「綺麗~」とか「いい匂いする~」とか「あの絵は書きかけだ、何故だ、興味をそそられる……」などと言っている。


 ちなみに俺達は既にホテルの最上階に到達していた。ホテルに泊まる事など久しぶりだ。高校の修学旅行以来だろうか。

 しかし今俺達がいるここは、修学旅行生がワイワイ訪れるような所では無い。いかにも金持ちが入り浸ってそうな所だ。

 

「はい、お疲れ様ですー、ここがお部屋となりますので」


 シロクマさんの案内で部屋の中へと通される俺達。

 その中に入った瞬間、俺達は異空間にでも迷い込んだのでは……と困惑する。


「…………」


 俺も親父も言葉が出てこない。

 部屋に入った瞬間、まず目に飛び込んできたのは、とりあえずデカイ窓。

 まるで何処かの展望台だ。遥か高見から巨大なテーマパークを見下ろす事が出来る。


「宗吾……ちょっと父の頬を叩いておくれ」


 どうやら親父は夢を見ているのでは……と思ったらしい。

 ならばその夢、覚ましてやろう。


「杏、メリケンサックだせ。それを装備し、親父殿を殴るのだ」


「がってん承知の助」


 言われた通りにメリケンサックを装備する杏。

 父はその光景を、余計に夢だと思ったらしい。そのまま杏の前へと膝をつき、さあ殴れと促す。


「杏、軽くな、軽く」


「てい」


 ぽこ、と親父の頬を殴る杏。

 しかしメリケンサックの金属部分がエグイ場所……前歯の辺りに当たったらしく、親父は悶絶しながら床に転がった。可哀想に……。


「痛い……痛いぞ、杏。これはもうほっぺにちゅーを……」


「それはもういい。というか親父、これは現実だ、その曇りなき眼で見渡せ」


 というか部屋広い。

 とても三人で使う部屋とは思えない。部屋の端から端まで何十メートルあるんだ。下手したら五十メートル走の計測くらい出来るんじゃないか?


「あの、シロクマさん……この部屋って何人用なんですか?」


「ん? 一応四人様用になってるね」


 嘘だ! こんだけだだっ広いのに……たった四人の宿泊しか想定してないというのか!

 どんな金持ちが使う部屋だ、ここは。ちなみに今日俺達はホテル代など出していない。出した金と言えば、本当に電車賃くらいだ。あの隣のオッサンがくれたチケットで遊園地にもホテルにも入り放題だ。


「兄ちゃん兄ちゃん、ゆうえんち」


「ぁ、あぁ、軽く昼飯食ってからだぞ。というか飯って何処で食えるんですか? シロクマさん」


「んー、園内にもあるけど……やっぱり人多いからね。軽く済ませるだけならルームサービスでいいんじゃないかな。ちなみに何頼んでもお金はかからないよ」


 なんで?!


「今日はウチの会社がお願いして来てもらってるって形だから。その代わり、色々と見て回って貰う事になるけど」


「それは構いませんが……というかその為に来てるんで……」


「それは良かった。じゃあ何食べる? 色々揃ってると思うけど……」


 シロクマさんは壁に掛けられたパネルを操作。すると俺と親父の前にもパネルが表示され、古今東西、ありとあらゆる料理の名前が。


「むー、兄ちゃん達だけズルイーっ、私も見たいー」


「あぁ、そうか、杏はナノマシン入れてないもんな……」


 目の前に表示されるパネルは空中に浮いているわけでは無い。俺の網膜にナノマシンで映し出されているだけだ。

 俺は携帯を出すと、その画面を表示させて杏へと。


「何食べる? 軽い物にしておけよ。気持ち悪くなっちゃうからな」


「……カレーライス……」


 軽い物にしておけ言うとるやろ。

 しかし子供にとってカレーライスは嗜好の料理。俺も小学生の頃は毎日カレーでも構わないと母親にねだった物だ。


「杏、遊園地で乗り物乗るんだぞ? カレーなんて食ったら……」


 それはもう、分かりやすくグロッキーになる。


「……カレーライス……」


 しかし杏は譲る気はないと、確固たる意志を持って俺に注文してくる。

 まあ、でも大丈夫か。杏くらい小さいと、たぶん絶叫系は身長制限で乗れないだろうし……。


「分かった分かった……親父は? 何にするんだ?」


「んー……ビールと麻婆豆腐にしようかな……」


 お前等、俺とシロクマさんの話聞いてたか?!

 というか何昼間からビール飲もうとしてるんだ!


「あはは、お父さん良ければ付き合いますよ。さっきも電車の中で爆睡してらしたし、お疲れでしょう」


「いやっ、シロクマさん、今日は酒を飲みに来たわけじゃ……っていうか酒なんて飲んだら遊園地どころじゃ……」


「大丈夫大丈夫、私の代わりに案内する人も用意するし。可愛い系と綺麗系のお姉さん、どっちがいい?」


「可愛い系でお願いします」


 こうして俺は一撃で親父の飲酒を許す事になった。





 ※




 

 ルームサービスで運ばれてくる料理の数々。

 俺は軽めにサンドイッチとコーヒー、杏はカレーライスにオレンジジュース、そして親父とシロクマさんはビールや焼酎、そして日本酒などの酒類と……滅茶苦茶美味そうな中華料理の数々。


「お父さん、ギョーザちょうだいー」


「いいぞいいぞ、たんとお食べ」


 いや、たんと食べたら動けなくなるんだが……まあいいか、こんな日くらい。 

 そのまま親父とシロクマさんは中華料理を囲んで酒盛りを始める。俺は俺でパパっと食事を済ませ、部屋にあった端末で遊園地の施設マップを確認。杏が遊べるような軽めな物はあるのだろうか。それこそメリーゴーランドとかゴーカートとか……。


「兄ちゃん、何見てるの?」


「あぁ、遊園地の乗り物何があるかなーって……おい、杏、早速零してるぞ」


 ハンカチで杏の口元を拭きつつ、テーブルに零れたカレーもティッシュで回収。服に零したら恰好悪いぞ。女の子ならもっとおしとやかに……。


「兄ちゃん兄ちゃん、私乗りたいのある」


「ほぅ、何に乗りたいんだ、杏ちゃんよ」

 

 きっと杏の事だ。観覧車とかコーヒーカップとか……いや、コーヒーカップは駄目だ。カレー入りのコーヒが出来上がるのだけは避けたい。


「えっと……あの高い所に登るやつ」


「ふむ。兄ちゃん高所恐怖症だからな……出来れば勘弁してほしいが……」


 高い所に登る奴……つまりは観覧車とかか。

 まあそのくらいなら……


「えっと、それで足に紐つけて落ちるやつ」


「勘弁して下さい、杏さん。兄ちゃん心臓止まってしまうぞ」


 もしかしてバンジーか?! バンジージャンプの事か?!

 なんて物を所望するんだ、この小学三年生は。


「兄ちゃん、怖いの?」


 っぐ、妹が挑発的な態度だ。

 ここで引き下がれば兄としての尊厳が問われる。

 しかしバンジージャンプなんてしようもんなら、俺は良くて失神、悪くて心臓発作で天国行きだ。だからと言ってここで引くわけには……


「おとうさーん、兄ちゃん、バンジージャンプ怖いんだってーっ」


 非常に楽しそうに父親に報告する妹。

 それを聞いた親父は既に酔っ払いモードだ。ニヤっと笑いつつ、そのままビールを煽ると


「ウフフ、ウフフフフ……俺も母さんに無理やり落とされて……死ぬかと……」


 なんか泣き始めた……。そうか、親父も高所恐怖症だったな。というかお袋容赦ねえ……


「宗吾よ、しかし父は無事に生還した。男ならば避けて通れぬ道と悟れ」


 なんか親父、足震えてるぞ。

 どうやらトラウマを呼び起こしてしまったようだ。俺も親父と同じトラウマを背負う事になるかもしれない……。


 そんな俺の肩を柔らかい肉球でツンツンしてくるシロクマさん。

 親父に付き合ってビールを飲んでいる。

 というかFDWも酒飲むんだな。機械なんだからアルコールなんて入れたらブチ壊れるかと思ってたが……。


「フフゥ、宗吾君……今から来る女の子、FDWだけど大丈夫? もし抵抗あるなら人間の子にするけど」


「いや、別に大丈夫ですけど……というかシロクマさんもFDWですよね」


「俺? 俺は違うよ。ほら、ちょっと前にナノマシンの暴走事件あったでしょ。人間が勝手に作り替えられちゃうって奴。俺、あれのせいでシロクマに……」


 何ぃ?! ま、まさか……シロクマさんは元人間?

 

 ちょっと前、某国の研究施設から開発中のナノマシンが漏れ、増殖しまくり世界中にバラまかれた。

 その影響で一部の人間が違う生物に作り替えられるという大事件が起きたのだ。

 大学の同級生の女子もパンダになっちゃったし……あの子可愛かったのに……さらに可愛くなっちゃって……いやいや、流石にこれは不謹慎すぎる。


 ちなみに詳細は同作家の「姉がパンダになった件」を参考してほしい。これは宣伝では無い。


「ぁ、でもシロクマさん……確か治療法はもう確立されたってニュースで……」


「あー、うん。でも俺の仕事さ、なんかシロクマの方がやりやすいんだよね……。サービス部門って色々な顧客の相手するんだけど、嫌でも印象に残るじゃない。元々人間だった頃の俺って存在感の薄い暗い人間だったし……こっちのままでもいいかなーって……」


 な、なんだって……

 人間に戻りたいとか思わないのだろうか。俺なら絶対に……


 その時、親父がシロクマさんのグラスにビールを注いだ。

 むむ、親父よ。貴方と違ってシロクマさんは仕事中よ。あんまり飲ませるのは……


「シロクマさん……私の会社もFDWにどんどん仕事奪われて……何が何でも仕事をもぎとるその姿勢に感銘を覚えました! もう俺達は同士なり!」


 いかん、親父が完全に酔っぱらった。

 普段仕事が忙しくて飲めないし、そもそも親父の晩酌の相手すら居ない我が家。

 自然と酒から離れて弱くなる一方。しかし親父は元々酒好きだ。ここに来て親父はリミッターを外す事を選択したようだ。


 でもまあ……いいか。折角の休みなんだし、杏はちゃんと俺が面倒見れば……


「げふ……おなかいっぱい……」


 ってー! なんか杏がカレ―の他に中華料理食いまくってた!

 お前大丈夫か?! そんなんで遊園地に繰り出したら確実に惨劇に見舞われるぞ!


「あ、杏……お前腹大丈夫か?」


「んー……なんか眠たくなってきた……」


 あかん……グダグダやないかい。

 遊園地に来たのに中華料理屋に来た気分だ。あんなに楽しみにしてたのに……これは俺の監督責任か。


 その時、部屋の扉がノックされた。

 そのまま入室してきたのは、なんと……


「失礼します。シロクマに代わり案内を……」


 なんとなんと……金髪美少女。

 なんか軍服着てるのが気になるが……滅茶苦茶好みだ……。


「ぁ、来た来た。ヴァスコードちゃん、こっちこっち。この二人の案内お願いー」


「……シロクマ、仕事中に何飲んでるんですか。全く……」


 ヴァスコード……?

 それが名前か? なんか変な名前だな……。


 ヴァスコードと呼ばれた美少女は軍服に身を包み、金髪ポニーテール。

 唯一露出している肌は顔と首元くらいだが……透き通るように白くて綺麗だ。

 あかん……まともに顔が見れない! 可愛すぎる!


 そのままシロクマはヴァスコードちゃんに俺達を紹介しつつ、案内を頼むと要請。

 でも杏は既にウトウトと眠そうだ。


「では宗吾さん、申し訳無いですが、施設の案内に付き合って頂けますか。直接投資されてなくとも、忌憚のないご意見が非常に重要になってきますので」


「あ、は、はい!」


 え、もしかして俺と……二人きり?!

 ヤヴァイ、遊園地デート……


「では参りましょう。シロクマ、程々に頼みますよ。本日は夜が本番なんですから」


 ん? 夜が本番?


「分かってるってー。じゃあ頼んだよーっ」


 そして俺達はホテルを出て遊園地へと。


 あぁ、ヤヴァイ……こんな可愛い子と遊園地を歩けるなんて……これ一体どんなご褒美……





 ※





「では……宗吾さん。存分に楽しんだ後、貴重なご意見をお願いいたします」


 前言撤回。

 今俺は高くそびえる鉄塔の上に立たされている。

 そして足にはゴムっぽい紐。


「……あの、ヴァスコードさん……これ、やらなきゃダメですか……」


 もうお分かりだろう。俺はバンジージャンプ(処刑台)に立たされているのだ。


「宗吾さん、昔の人は良い事を言いました。為せば成る……と」


「いや、バンジーで得る成果って一体何……」


「いいからさっさと逝きなさい」


 そのまま軽く背中を押され、自分からギロチンに突っ込むような感覚に襲われる。


 あぁ、親父もこんな気持ちだったんだろうか……


 親父……良くお袋と結婚する気になったな……


 

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夏祭りと君企画
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