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到着!

 電車に揺られる事、二時間。

 窓の外には地元では拝めない広大な青が広がっている。

 

「兄ちゃん! 海!」


 妹は常にハイテンションだ。そんなに飛ばしてたら昼過ぎに眠くなってしまうぞ。

 ちなみに親父は既に鼾をかいて寝ている。昨日の夜も帰ってきたのは日付が変わってからだったし……一体どんなブラック企業に勤めているのかと思われるだろうが、結構な大企業だったりする。

 主にナノマシンを扱う世界で五本指に入る企業だ。俺達が比較的に何の苦労も無く過ごせているのは親父のおかげだろう。


「兄ちゃん兄ちゃん! 海だってば!」


「分かった分かった。そして妹よ、普段俺達のために汗水垂らして働いていらっしゃる父上を、優しく起こしてさしあげるのだ」


 そろそろ到着する頃だし、俺が起こすよりかは杏に起こされた方が良い筈だ。親父はとにかく杏の事を溺愛しているし。


 杏は俺の指示通り、優しく親父を起こそうとリュックサックの中からメリケンサックを……


「ってー! 杏! なにそれ! なんでそんなもん持ってきた!」


「……? これ持ってると誰でもナウい若者になれるって隣のおじさんが言ってた」


 あのオッサン! また余計な事を吹き込みおって!

 というかナウいって何だ。久しく聞いてないわ。


【注意:ナウい→かつて流行した若者言葉で「今風の」という意味です】


「あー、杏よ。とりあえずメリケンサックは仕舞っておけ。そしてとりあえずお父様を素手で起こすのだ」


「がってん承知の助」


 なにそれ。もしかしてそれも、あのオッサンに仕込まれたのか?

 俺も使った事無いわ。


 杏はそのまま俺に言われた通り素手で親父の頬をペチペチと軽く叩いてみる。

 しかし親父は起きない。非常に気持ちよさそうに眠っている。


「兄ちゃん、お父さん起きない」


「そうだな……あれだ、耳元で囁いてやるんだ」


「ふぅむ」


 俺は杏と席を代わる。杏は親父の隣の座席へと膝たちしながら、そっと親父の耳元で……


「今夜は寝かせないぜ、べいべー」


「……ちょっと待て杏、それもあのオッサンに仕込まれたのか?」


 ちょっと帰ったら地獄に落とそう、あのオッサンを。


「これ、お父さんが酔っぱらった時にお母さんの写真に向かって言ってた」


 親父ぃぃぃ! 

 あぁ、どうしよう、そこまで批難する事も出来ない!

 親父だって寂しいんだ、それは分かる。でも杏の教育上、あまり良くない!


「杏よ、とりあえず……それは一旦忘れてくれ。親父のためにも……」


「むぅ、兄ちゃんさっきから文句ばっかり。お手本を所望する」


 お手本と言ってもな……。

 俺が杏のモノマネして優しい言葉を親父にかけようものなら地獄絵図だ。

 さて、どうするべきか……。


「んぅ……むにゃむにゃ……杏……ほっぺにちゅー……それで……むにゃむにゃ……起きるかも」


 おい。完全に起きてんじゃねえか。

 寝言を装って娘にセカンドキッスを所望するとは! けしからん!


「兄ちゃん、ほっぺにちゅーすればいいの?」


 杏は親父にセカンドキッスを繰り出す事に抵抗は無いようだ。

 まあ、普段頑張っていらっしゃるしな、娘のキッスで元気が出るなら……


『本日はご利用ありがとうございます。まもなくマリスフォルス正面ゲート駅です。お忘れ物の無いようお気をつけ下さい』


 その時、電車内に響き渡るアナウンス。もうマジで到着するのか。

 杏はアナウンスを聞くなり窓へと張り付く。窓の外には海に面した広大なテーマパークが広がっていた。


「に、兄ちゃん……遊園地だよ! 夢……夢じゃないよね!」


「うむぅ。紛れもなく現実だ。そういえば杏は遊園地自体初めてだったな」


 なんとなくだが、親父は杏を遊園地へ連れていく事を避けていた節がある。

 いや、杏を連れて行きたくなかったんじゃない。単純に親父が遊園地へ行きたくなかったからだ。

 理由は……まあ、何となく分かる。


 亡くなった母親は遊園地が大好きだったらしい。

 若い頃、親父と母親は良く遊園地デートをしていたと聞いた事がある。

 きっと親父は遊園地に行くと楽しい思い出が蘇って……逆に辛いんだろう。

 

 七年前、まだ杏が生まれて間もない頃、母親は病に倒れ帰らぬ人となった。

 そういえば入院中も良く言ってたな。遊園地に行きたい、家族皆で……杏が大きくなったら絶対に遊園地に行こうって……


「失礼しまーす」


 その時、俺の目の前に白い巨体が!

 シロクマさんだ!


「そろそろ到着しますんで。むむ、お父さん眠ったままですか?」


 いや、起きてます。

 親父は絶賛娘のセカンドキッス待ちです。


「おーい、お父さんー、そろそろ着きますよー」


 親父の肩をモッフモフな腕でユサユサするシロクマさん。

 むむ、肉球柔らかそうだな……。


「む、むにゃむにゃ……杏ちゃん……ほっぺにちゅーを……それで起きるかも……」


 まだ言うか!

 もう諦めて瞼を開けよ、親父。杏はもう窓の外の光景に夢中よ。


 そんな親父のバレバレな下心に、シロクマさんは思わず笑みを。

 シロクマの笑顔とか良く分からんけど、たぶん笑ってる。たぶん。


「可愛いお父さんですねー。でも娘さん、窓の外に夢中だし……」


「そ、そうッスね……」


「仕方ない、ここは息子さんが……」


「それは親父のためにも遠慮しときます。というか親父、バレバレなんだからもう諦めろ。まだ粘るなら……杏にセクハラという言葉について詳しく説明する事になるぞ」


 その瞬間、曇りなきまなこを開く親父。

 流石に自分の娘にセクハラ親父と言われるのだけは避けたいようだ。


「おはようございます、お父さん。残念でしたね?」


「な、なんのことやら……」


 いや、バレバレだから……親父殿。

 




 ※





 巨大テーマパーク、マリスフォルスに到着した。

 海に面したテーマパークで、中には遊園地の他に水族館やらホテルやら、はたまたアス重工が所有する軍の博物館的な物もあるらしい。


 俺達は電車から降りるなり、相変わらず人に揉まれながら駅の構内へと。シロクマさんのおかげで迷子にならずにすむな。白くてデカイから見失う事は無い。


 そのまま、だだっぴろいホールへと到着。手を繋いでいた杏はようやく人の森から解放されたと安堵している。


「はーい、お疲れ様でしたー。ではまずホテルに行きましょうか。それから軽く昼食を食べてから……」


「……ゆうえんち……」


 あぁ! 杏はもう遊びたくて仕方ないって顔してる。

 それに対して親父は疲れ果てた顔だ。数分、人混みでもみくちゃにされただけで瀕死の状態だ。


 シロクマさんは親父の荷物を代わりに持ちつつ、そのまま杏の目の前へとしゃがみ込む。


「ごめんねー、ちょっと色々と手続きあるから……その代わり、昼から一杯遊べるからね。特別優待券もあるから、ほぼほぼ並ばずに乗り物乗れるよ」


 マジか。正直、これだけ人が居ると数時間待ちとか覚悟してたんだが……。

 その時、杏のお腹から空腹を知らせる大きな音が。


「おなかすいた……」


 そういえば朝飯も食って……ないよな?

 俺は寝坊したから勿論食って無いが。杏と親父も食ってなかったのか。


「あはは、じゃあまずはお昼ご飯から食べようか。でも軽めにしておこうね、あんまりお腹一杯になると……ジェットコースターで惨劇が……」


 あぁ……グロッキーになるんだな。

 というか杏は絶叫系には興味ないと……思いたい。俺は高所恐怖症だから……。


「それじゃあ行きましょうか。娘さん、おんぶしましょうか?」


「いえいえ、そんな甘やかしてちゃ……っていうかシロクマさん滅茶苦茶荷物持ってるし……」


 親父の荷物まで持ってもらってるのだ。もはやシロクマさんに杏が搭乗するスペースなど無い。


「いいな、杏。歩けるよな」


「もう一歩も歩けないぃ」


 おい、元気な子供が何を言っている!

 いいから歩きなさい! どうせ駅から出たら……




 ※




「海だー!」


 案の定、歩けないと駄々をこねていた杏は海を見るなり途端にダッシュ。

 柵へとしがみ付き、初めて見る広大な景色にご満悦だ。


「兄ちゃん、海の中に恐竜いる?」


「ふむ。ロマンあふれる話だが、恐竜なんて居るわけ……」


「あ、居ますよ。FDWですけど」


 居るんかい!

 というか恐竜のFDWって……何のために……


「主な任務は海中の清掃やらなんやら……ちなみに水族館でも見れますよ」


 水族館か。俺は正直、遊園地より水族館の方がいいな。涼しそうだし。

 まあとりあえずは飯だ。俺もいい加減、腹が減り過ぎて辛い!


「ではホテルに向かいましょうー。タワーホテルのスイートですから、絶景ですよー」




 ※




『金鳥一家を確認。予定通りシロクマがホテルへと連行します。オーバー』


『引き続き監視を続けよ。特に一人娘からは目を離すな、オーバー』


『了解。監視を続けます。通信終わり』




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夏祭りと君企画
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