七年後 後編
片手に巾着を持ち、浴衣と一緒に買ってもらった下駄を履く。
浴衣で夏祭りに出向くなど初めてだ。小さい頃は浴衣というかハッピというか……こんな本格的な物じゃ無かったし。
そして美鈴さんも浴衣に身を包んでいた。
白をベースにした格子の入ったデザインの浴衣だ。なんとなく大人の魅力を感じる。実際、兄は美鈴さんの浴衣に見惚れるように……
「ふむ。ママは何か子供っぽいな。ちんちくりんだから……ゴフッ!」
兄の鳩尾に美鈴さんの巾着アタックが炸裂。
ちんちくりんって……美鈴さん背小さくて可愛いのに……。
そのまま私、父、兄、美鈴さん、そして蒼君の五人で夏祭りへと馳せ参じる。
ちなみに縁日と夏祭りの違いを皆様は御存じだろうか。ちなみに私は知らない。縁日も夏祭りも、ロブスターとオマールエビみたいに言い方が違うだけだろう。
【注意!:縁日→神仏とご縁が結ばれ、後利益が得られる日です。祭り→神仏やご先祖様に感謝したり、除霊したりなどの行事です】
私は蒼君と手を繋ぎ、兄は美鈴さんと仲良く駄弁りながら歩く。一方ジージは……なんか少し寂しそうだ。微笑ましい物を見る目で私達を後方から眺めている。ちょっと蒼君をけしかけてみよう。
「蒼君、ジージが寂しそうだよ。あっち行ってあげて」
「やぁ……」
あぁ、可愛く拒否する蒼君。
可愛くてそのまま流されそうだが、私としては父をなんとかしてやりたい。ただでさえ父は祭りなどのイベント事になると母の事を思い出して泣いてしまうのに。
その時、近所の神社へ向かう途中で隣のオッサ……お兄さんと出くわした。既に両手には出店で買ったであろう品物が。
「あら、ご家族総出でお祭りですか? いいですねー」
「蒼君、この人は怪しい人だから無視だよ」
「酷いねえ、杏ちゃん……小さい頃はあんなに可愛がってあげたのに……」
勿論冗談です、と言いつつ挨拶する私。それに続いて残りのメンツもそれぞれ隣のオッサ……お兄さんへと挨拶。
兄は隣のオッサ……藤間さんと会うのは久しぶりらしく、礼儀正しくお辞儀して挨拶している。兄に釣られて美鈴さんも頭を下げていた。まあ、二人が出会ったのは藤間さんのおかげと言っても過言ではないからな……。
七年前、私達親子は藤間さんから貰ったチケットで遊園地へと出向いた。
しかしそれは実は母の作戦だったのだ。
母は元々軍人だ。アス重工と言われる企業が保有する軍だが、藤間さんも元々そこに所属していたらしい。しかし母は父と結婚すると同時に軍を辞め、藤間さんも母に釣られて抜けてしまった。
そして私が生まれて一年後、母は帰らぬ人に。藤間さんはそんな母から、とある依頼を受けていた。それは、ある条件下でのみ決行される作戦。
条件の一つは父が再婚していない事。
母は父が一人で生きていける人間では無いと思ったらしい。実にその通りだ。私も父が一人で家に閉じこもっているのを想像するとゾっとする。なにせ料理も洗濯も掃除すらも自分でしようとしないのだから。
そして二つ目は私達が家族で遊園地に行っていない事。
藤間さんは余程暇なのか、私達家族を監視するように生活していた。たまに父ともお酒を飲みながら、兄や私と他愛のない話をしながら。どうやら藤間さんは相当の資産家らしく、株のやり取りで生計を立てているらしい。
そんな藤間さんは、母が無くなって七年経っても条件の二つを満たしていない事を確認し、私達家族へ優待券を譲る。そして藤間さんと同じく、アス重工の軍人であるヴァスコードさんが母からの手紙を私達へ渡す。この行動に何の意味があるのか。それは母からのプレゼントだったのだ。
母は遊園地が大好きだったらしい。父と結婚する前は、デートといえば遊園地と、しょっちゅう通っていたそうだ。恐らくその大好きな遊園地に、私達家族を行かせたかったんだろう。そしてその遊園地で過ごす時間が最高の物になるように、なんとアス重工の軍人、数百人規模で作戦が展開されていたそうだ。
「じゃあ私はこれで。祭りを楽しんで下さい」
そのまま藤間さんは帰宅。私達は再び歩き出し、川のせせらぎを聞きながら歩道を歩く。
既に帰宅しようとしている人も居た。恐らく根っからの地元民だろう。地元の人は出店で食料を買うだけ買って帰る人が多い。花火は家から見ればいい、という人が多いからだ。
私の家からも見ようと思えば見れる。すいかを齧りながら縁側で見る花火も良いが、やっぱりたまには祭りの雰囲気を楽しみながら見たい。たとえ周りがリア充ばかりでも、祭りの雰囲気で全て吹き飛ばしてくれる。たぶん。
次第に祭りの喧騒が大きくなってくる。私達は神社の階段を上り、本殿へ。そこには多くの出店が並んでいた。色々ある。射的に輪投げ、それに金魚すくいなど、蒼君が好きそうな物も沢山。
「蒼君、何かやりたいのあったら、ジージに言いなさい」
「うんー」
すると急に私から離れてジージの元へ馳せ参じる蒼君。なんて現金な子供だ。世の渡り方を良く知っている。
「じーじ、あれ、あれやりたい」
「いいよいいよ、どれかなー?」
ジージは非常に嬉しそうだ。私も何か食べよう。今日は出店で夕ご飯を済まそうとしたから、何も食べて無くてお腹ペコペコ……
と、その時、非常に芳しい香りが。この匂いは……なんだろう。凄く美味しそうな匂いがする。
「杏、ちょっと美鈴の相手しててくれ。俺ビール買ってくるわ」
まだ飲むのか、この兄は。
まあ、こんな時くらいいいか。
なんだか美鈴さんも飲みたそうにしてるけども……
「美鈴さんは飲まないんですか? お酒」
「まあ……今日は泊めてもらうし飲んでもいいんだけど……なんかあの店が気になって……」
どの店? と目を向ける私。
そこは射的だ。しかしビックリするほど客が居ない。だれも寄り付こうとはしない。
そして私はその店主に注目する。金髪にポニーテール、そして透き通るような白い肌……
「って、あれヴァスコードさんじゃ……なんでこんなところで出店なんか……」
「あ、知り合い?」
「え、えぇ、まあちょっと……」
そういえばヴァスコードさんと会うなんて何年ぶりだろう。
あの遊園地以来だ。彼女はFDWだから見た目は全く変わっていないが、どことなく雰囲気が変わったような……。いや、祭りなんだ。普段は冷静沈着な軍人の彼女でも、この雰囲気にのまれてしまえば別人になるのも仕方ない。
私はその射的の出店へと。
目の前まで来ると、ヴァスコードさんの死んだ目が見えた。どうやら客が全く来なくてションボリしているようだ。
「こんばんは、お久しぶりです」
「……ん?」
私と目を合わせると、微かに光が戻る可愛いFDW。
でも私が私だと気づいてないようだ。恐らく今、過去のデーターを検索している。
「なんと。誰かと思えば杏ちゃんじゃないですか。大きくなりましたね、七年足らずで。やはり人間の成長力には目を見張る物がありますね」
「どうも……っていうか、ヴァスコードさん何してるんですか?」
「見て分かりませんか? 射撃です」
射的じゃなくて?
射撃て……。
「折角……軍から訓練用のゴム弾を持ち出したのに、誰もやってくれないんですよ。銃のデザインに問題が……?」
そっとそこに置かれた銃を見る私。
確かにデザインが……怖い、怖すぎる。なんか凄い年季はいった突撃銃みたいのが……。
「あの……これ、本物……じゃないですよね?」
「まさかまさか。まあ、クマくらいなら悶絶させれるくらいの威力はありますが……」
いやいやいやいや! 怖い怖い怖い怖い!
「だ、ダメですよ! そんなの持ってきちゃ……!」
「別に違法では無いですよ? 私は指導技師の資格も持っていますから。今日は“たまたま”そこに落ちている銃をお客さんが拾って、私が“たまたま”指導するだけの話です」
何その果てしなくグレーゾーンみたいな言い方。
「さて、一回三百円です。どうですか?」
「ぁ、じゃあ……」
ヴァスコードさんへ支払い、私はゴム弾を貰……
「ってー! 何ですか、このマガジン……」
「何って……それをここにこう付けて……」
小気味いい装填音を響かせるヴァスコードさん。
客が逃げるわけだ……音がリアルすぎる。
「さ、どうぞ。人には向けないで下さいね。危ないですから」
「も、勿論です……」
浴衣だと構えにくい……というか重い。
目の前の棚には商品がいくつか。どうしよう、ここは無難に、ポストの形をした貯金箱を……
そのまま狙いをつけ、ゆっくり引き金を引く。
その瞬間……体全体、いや、世界が揺れたような気がした。
その銃は凄まじい轟音を響かせながらゴム弾を発射。
当然、私が狙ったポストの貯金箱は粉々に。
「おお、素晴らしい。この距離でも初心者が当てるとは中々……流石陽菜の娘だけあって……」
「ヴァ、ヴァヴァヴァヴァスコードさん! これ駄目! 完全アウト! こんな危ないの持ってきちゃ駄目!」
私はライフルを叩きつけながら店主へと抗議。しかしヴァスコードさんは落ち着いた様子で……
「セーフティーかけないと暴発しますよ」
「ひぃ!」
あかん……ヴァスコードさんってこんな人だったの?!
冷静沈着な天使のイメージは何処に……。
「ところで……後ろの女性、大丈夫ですか? さっきから立ち尽くしてますが」
「え?」
後ろを振り返ると、必死に涙を浮かべながら耐えている美鈴さんの姿が。
あぁ! もしかして銃の音にビックリして? 不味い、慰めねば。
「み、美鈴さん、大丈夫ですからっ! あれただの玩具ですから!」
「むむ、心外ですね。この銃は訓練用とはいえ、本物と変わらない精度と完成度を……」
「ヴァスコードさん少し黙ってて!」
そのまま美鈴さんの肩を揺さぶりながら、なんとか口が利けるくらいまで回復した美鈴さん。
よかった……ここで泣きだされたら兄に何と言われるか……。
「美鈴さん、大丈夫ですか?」
「……ぁ、うん……ちょっと耳がキーンとするけど……」
「他! 他の店行きましょう! ここは危険です!」
「またのご来店を」
また後でヴァスコードさんには挨拶するとして……。
とりあえずは腹ごしらえだ。なんかさっきから腹ごしらえって言い続けてる気がするんだけども。
「美鈴さん、何か食べたい物ありますか?」
「うーん……そうねぇ、とりあえずは……」
とりあえず……イカ焼きとか、トウモロコシとか……ぁ、串焼きなんてのも……
「とりあえず……カキ氷かな?」
「なんで?!」
何故だ、どうしていきなりデザートなんだ。
っく……やっぱり兄の元に走ってしまうような人なんだ。ちょっと変なんだ、この人も。
「ぁ、ほらほら、カキ氷屋さんあるよ、杏ちゃん」
「え、えぇ……マジで食うんスか……」
そのまま下駄の音を響かせながら、カキ氷屋の前へ。
するとそこには……
「ぁ、いらっしゃーい」
シロクマが居た。
というかまた懐かしい知り合いが居た!
「あ、あの……シロクマさんですか?」
「ん? まあ、シロクマだけども……」
もう見た目からしてシロクマだが、私は別にシロクマという動物ですか? と聞きたいわけじゃない。
七年前に出会ったシロクマは、シロクマと名乗っていたのだ。名前くらい設定せよ、作者。
「あの、私の事覚えてますか? 七年前に遊園地に遊びに行って……お世話になった……」
「七年前……? あぁ、もしかして……サヘラントロプスさんの所の姪御さん?」
【注意!:サヘラントロプス→六百万年前にアフリカに生息していた霊長類です】
なんか大昔の生物の姪御さんって言われた。
残念だが違う。というかサヘラントロプスなんて現在の地球には居なくてよ。
「あの、私……金鳥 陽菜の娘の杏です……覚えてませんか?」
「陽菜さんの? あ、あぁー! あの子か! 大きくなったねぇー」
懐かしそうに思い出してくれるシロクマさん。
というかこの人、確かナノマシンで変身しちゃった人なんだよな……。
確かもう治療法は見つかった筈だが……人間に戻らないのだろうか。
「ハハハ、その質問には答えないよ。理由が知りたい人は、第四部分を確認してね」
メタ発言止めよ。
というか何故に貴方まで出店など出しておられるんですか。
「人手が足りないって応援が来てね。軍はこういう事もしてるのよ。俺は軍の関係者じゃないけど」
「そうなんですね、ぁ、シロクマさん、カキ氷二つ下さい」
味は……結構揃ってるな。定番のイチゴシロップからブルーハワイ、それに……
「杏ちゃん杏ちゃん! ウニとかあるよ!」
「……いえ、私はいいです……」
なんだウニって。ウニカキ氷?
「あぁ、それ? シャレで始めた商品なんだけど……ウニと牡蠣と氷……んで、ウニカキ氷……」
「なんでカキ氷屋で海産物売ってるんですか……」
発泡スチロールの中に、ウニと牡蠣が無数に放り込まれて氷が被せられている。
なんか牡蠣動いてないか? なんて新鮮そうな牡蠣なんだっ!
「夏牡蠣も美味しいよ。向かいの出店で焼いてるからビールでキュっと……」
「いえ、私高校生なんで……美鈴さん食べてみたら?」
元々美鈴さんがご所望していたのはカキ氷。
しかしシロクマは新鮮な牡蠣を氷まみれのまま、向かいの出店へと持っていく。
「おっちゃーん、この牡蠣焼いてあげてー」
「ぅーい……」
そして奥から出てきたのは……グリズリー?!
灰色熊とも呼ばれる巨大なクマさんだ!
「むむ、いいな牡蠣。ビールでキュっと……」
「商品なんだから食べるなよ。とりあえずこの子達に焼いてあげてよ」
「へいへい……」
シロクマとグリズリーが会話してる……。
もうこんな奇跡のツーショットは見れないだろう。
そして次第に焼き牡蠣の芳ばしい香りが……
むむ、この匂い……最初に嗅いだあの、何とも言えない香り!
あの時の匂いは牡蠣の匂いだったのか!
「できたよー。熱いから気を付けてね」
グリズリーからそれぞれ牡蠣を受け取る私達。
紙皿の上に乗せられた牡蠣を、箸でいただく。
というか滅茶苦茶熱そう……これどうやって食べ……
「あふっ、あふっ……」
美鈴さんは豪快に齧り付いている!
マジか、熱くないの?! やけどしない?!
そして、すかさずシロクマさんがビールをグラスに注ぎ執事のように持ってくる!
それを受け取り美鈴さんは一気飲み。もう完全にオッサンの飲み方だ。
「ぷはーっ! 美味い!」
さっきまでカキ氷食べたがっていた美鈴さんも、もはや立派なビール親父。
泡で髭を作ってしまう所は愛嬌だろうか。
「杏ちゃんもほら、美味しいよ!」
「お、押忍……」
ふーふーしながら牡蠣を頬張る。
バター醤油が少しばかり濃い気もしないでもないが、夏祭りと言えばこれだろう。私はあっというまに牡蠣を平らげてしまう。
「ほい、杏ちゃんはラムネね」
「ぁ、どうも……」
昔ながらのビー玉で栓をしてあるラムネを受け取る。
小さい頃、このビー玉が欲しくて良く割ったものだ。駄菓子屋の爺ちゃんに「儂も良くやったわ……でもダメよ」と叱られたのはいい思い出だ。
そのまま私達は食べ歩きを続行。
カキ氷はやっぱり後にしようと、美鈴さんはそれからビール片手に出店料理を満喫し始める。
そして兄とも合流し、そろそろお腹が一杯になりそうになった時……事件は起きた。
※
「ぅー……お腹痛くなってきた……」
「変わらねえな、お前……」
美鈴さんが腹痛を訴え始めた。
私と兄は美鈴さんをトイレに連れていくが、予想通り長蛇の列。
「美鈴さん、どうする? 一回家帰る?」
「う、うーん……」
まあ、家に帰るのも並ぶのも時間的には変わらないだろう。
と、その時……夜空に大きな花が轟音と共に咲いた。
花火だ。思わず私達は空を見上げる。一瞬咲き誇り、淡く消えていく花火。
そのまま連続で何発か上がった。色とりどりの花が咲く光景に、私達は言葉も無くただ見上げる。
「……お父さん大丈夫かな……」
私のその言葉に、兄はハっとする。
この花火でもしかしたら泣き出しているんじゃないかと。
しかし泣き出しそうなのはお父さんだけじゃない。美鈴さんも結構ピンチだ。
「仕方ねえ。杏、親父は任せた。俺は美鈴と一緒に先に戻ってるから」
「ぁ、うん。分かった」
兄と美鈴さんは一足先に帰宅。
さて、私は父を探さなければならないのだが……。
「あの、すみません」
その時、私に話しかけてくる誰か。
知らない男だ。私よりも少し年上……大学生くらいだろうか。
「すみません、実は探し物をしていまして……」
「……? あぁ、はい」
なんだろう、何か落とし物でも……
「僕の……心を……」
「……あぁ、凄い人ですからね。今頃色んな人に踏みつけられてますね。それじゃあ」
そのまま踵を返し父を探しに行く私。
というかなんてナンパの仕方だ。
「あぁ! お待ちになられて!」
「なんスか。しつこい男は嫌われるッスよ」
適格な助言をする私に、男は拝むように両手を合わせてくる。
なんだ、私はこの神社に祀られてるわけじゃないぞ。
「じ、実は……友達に彼女と行くって嘘付いちゃったんです! どうか俺と……俺の彼女のフリしてください!」
「むふぅ、断る」
「何故?!」
何故って……私からしてみれば、そんな要請にホイホイついていく女の方が“何故”だ。
「そんな分かりやすい嘘ついて……ただのナンパでしょう? 迷惑条例違反なり」
「ほ、本当なんです! このままじゃあ俺……友達に嘘付き呼ばわりされて、落ち込んでしまいます!」
いや、マジで知らんわ。
貴方が嘘つき呼ばわりされるのは完全に自業自得だ。
「悪いですけど他を当たってください。それに……私まだ高一ですから。まだ可愛い可愛い子猫に等しい小娘なり」
「こ、高一?! ど、同級生だったんですか……てっきり年上のお姉さんかと……」
同級生?!
なんか凄い大人っぽく見えたのに……この人も……
いやいや、騙されちゃならん。この人は嘘つきだ。大方親近感を沸かせようと……
「おかあさーん」
その時、蒼君が私の足に抱き着きながらそう言い放ってきた!
な、何故にお母さん?! 貴方のお母さんは食べ過ぎて帰った人よ!
「お母さん?! こ、高一で?!」
「いや、この子は……」
「フフゥ、話は聞かせてもらったよ」
その時、蒼君に遅れて父も姿を現した!
待て……まさかとは思うが……
「どうも。その子の父です」
あぁ、良かった……夫とか言い出したらどうしようかと……
「父?! こ、このおじさんが……貴方の夫?!」
「そっちに来たかぁー……」
どう考えても蒼君の父って意味だろ。いや、違うんだけど。
「っく……もしかしてパパ活してそのまま結婚っていうパターンじゃ……」
「ええい、違う。このおじさんは私の父で、この子リスは私の兄の子供なり。つまり私の甥っ子」
「えっ? ま、まさか……嘘つき……! 僕に嘘をつきましたね!」
いや、お前に言われたくないわ。
というか、だから何だって感じだ。
「こ、これは……嘘をついたお詫びとして付いてきてもらうしか……」
「お父さん、男の人ってこういう身勝手な人ばっかりなの?」
「うむ、その通り。男とはまことに勝手な生き物。だから杏ちゃんはお嫁になんて行かなくてもいいんだよ」
「杏? 杏さんと仰るのですね。いい名前です」
何を急に誠実そうな男子ぶりっ子しとるんだ。
というか父親が来たら普通逃げ出すだろ。しつこい男なり。
「お父さん、この人、ナンパしてくるんだけど……どうにかしてよ」
「ふむ。ナンパか……」
父は男の目の前に立ち、ギラっと威嚇する!
男は流石にタジタジだ!
「君……中々、目の付け所がいい。ほら、もっと杏を褒め称えてごらん」
「おい」
何言ってんだ、この親父は!
「ぁっ、えーっと……」
そしてお前も答えようとすんな!
もういい、蒼君を連れて帰ろう、そうしよう。
「蒼君、たくさん遊んだ? そろそろ帰ろっか」
「やぁ……」
体を振って拒否する蒼君。
むぅ、可愛いけども……あんまり遅くなるのもダメよ。
その時、しばらく止んでいた花火が再び連続で上がった。
思わず空を見上げる私達。ナンパ男も含めて。
「綺麗ですねー……」
それは誰が言ったのか。
誰でもいい。今は賛同するしかない。
綺麗だ。本当に……綺麗だ。
そして私はふと父の顔を見る。
父はまた泣いていた。未だに母親の事が忘れられないらしい。
一体いつまで引きずってるんだと、兄は言っていた。
私は別にこのままでもいいんじゃないかと思っているが。
だって、私の母親は幸せ者だ。
何処の世界に祭りに来ただけで思い出して泣いてくれる夫が居る。
恐らく母は……天国で笑っているに違いない。
また泣いてるわ……と。
「お、お父さん大丈夫ですか? なんで泣いてるんですか?」
「だ、誰が……誰がお父さんじゃい……うぐっ、ひぐっ……」
私達家族の夏祭りは、いつも母を中心に回っている。
七年前もそうだったように……
母は確かに生きていた。この世界に。
確かに生きていたんだ。
父の涙はそれを証明するかのように流れ続ける。
二人の夏祭りは、まだこれからも……続いていく。
私達は花火を見上げる。
夏の夜空に咲く大きな花が、淡く消える、その最後の時まで





