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花火のように


 あなたへ



 どうせあなたの事だから、私が居なくて寂しいって泣いてるんでしょ。

 宗吾や杏をちゃんと育ててくれてるとは思うけど、仕事を言い訳にして遊びに連れてってあげてないんじゃない?


 勿論、仕事は大事よ。

 でも貴方の背中を見て子供は育つって忘れないでね。

 私もあなたと出会って、軍を抜けてからは、あなたの背中ばかり見てたから。


 少し頼りなさそうで、一人ぼっちだとすぐ泣いちゃうあなた。

 でもきっと、子供達の前では涙を堪えてるんでしょ。

 

 それはそれで立派だと思うけど、たまには泣いてスッキリしちゃえばいいと思うの。

 だから今夜は私の事を沢山思い出して、沢山泣いてね。


 この手紙を読んでるって事は、新しい奥さんも貰わずに頑張って子供二人を育ててると思うけど


 別に再婚してもいいんじゃないかな。

 私は心から祝福するよ。


 というか、あなたは絶対一人で生きていける人じゃないから、二人の子供が巣立った後がマジで心配です。


 あなたの事が大好きだよ。だから素敵な人が現れたら逃さないように。かしこ





 ※





 陽菜さんからの手紙。

 僕が生涯で唯一愛した女性からの手紙。

 宗吾にパレードを見に行けと言われ、五、六回ホテルを出ようとロビーへ出向いたが断念。そのまま、また部屋へと戻ってきた時、ドアの隙間にこの手紙が挟んであった。


 なんとなく、予感はしていた。

 陽菜さんと藤間さんは、二人共アス重工の軍人だった。

 藤間さんから遊園地のチケットを貰ったと宗吾から聞いた時、なんとなく陽菜さんが絡んでると思ってしまった。だから仕事を言い訳にして行かないつもりだったが、杏には敵わない。陽菜さんの言う通り、僕は子供達に見放されたら生きていけない。


 僕は遊園地が嫌いだ。陽菜さんの事を思い出してしまうから。

 陽菜さんは遊園地や祭りが大好きだった。まだ結婚する前、お互い仕事の合間を縫って良く遊びにいった物だ。その度に僕は絶叫マシンに乗せられ泣き叫んでいた。


 陽菜さんはそんな僕を見て心から楽しそうだった。正直性格最悪だとも思った。でも楽しそうに笑う陽菜さんから目が離せなくて……あの日、今まさに開催されている様なナイトパレードの遊園地で、僕は陽菜さんにプロポーズした。


 あの時、僕は初めて陽菜さんが泣いてしまうのを見た。

 泣き叫ぶのは僕の役目だったのに、陽菜さんは僕の目の前で号泣してくれた。


 小さく頷く陽菜さんの返事が嬉しくて、思わず思い切り抱き着いた。



 そんな幸せな思い出が詰まった遊園地が……僕は嫌いだ。

 嫌でも陽菜さんの事を思い出してしまう。ただでさえ涙もろい僕が……もう前が見えなくなるくらい……涙が止まらなくなる。


 そして止めを刺すように、この手紙。

 もう既に涙腺は崩壊している。僕はさっきから涙が止まらない。まだホテルから出ていないというのに、僕の目の前には既にナイトパレードの光景がまざまざと広がっている。


 それは昔、陽菜さんと見た煌びやかな思い出。

 幸せの絶頂に居た頃の……。


 その時、唐突に部屋の扉が開かれた。

 そして入室してくる誰か。目の前は涙でまともに見えない。僕は急いで目を拭う。


「……え? 陽菜……さん?」


 目の前に現れた女性に、僕は開いた口が塞がらなかった。

 浴衣を着て、髪型はお団子にして……。


 なんで……まさか、幽霊……


「ん? 親父まだ行ってなかったのか」


「……あれ? 宗吾?」

 

 部屋に入ってきたのは宗吾と一人の女性。

 再び目を擦りながら女性を見る。

 よくよく見ると……陽菜さんに体形はよく似ているが顔が全然違う。


「ど、どうしたの、宗吾。女の子なんて連れ込んで……」


「いや、別に変な事しようとしてるわけじゃないぞ。こちらの女性がチュロスやら何やらの食い過ぎで腹が痛くなっちゃって……」


「違います」


 ズバっと宗吾の言葉を、圧倒的圧力で切り裂くように否定する彼女。

 なんか出会った頃の陽菜さんを思い出してしまう。


「いや、だってさっき……チュロス(二本目)食ってカキ氷食って、たこ焼きとヤキソバも半分食って……」


「違いますから。違うけど……お手洗い貸してください……」


「あっちにあるから。完全個室のトイレだから長くても誰も文句言わない」


「デリカシーって言葉知ってますか!? お借りします!」


 そのまま部屋のトイレへと向かう女性。

 しかしトイレの前で立ち止まり……


「あの……浴衣脱いでもよろしいでしょうか……」


「ん? あぁ、はい。親父、いい機会だし外出るぞ。どうせまだ行ってないんだろ」


「ぁ、あぁ……うん」


 そのまま宗吾は女性へと「ごゆっくり」と言いつつ僕と一緒に部屋の外へ。

 当然のようにエレベーターに乗り、ロビーへと再び来てしまう。


「宗吾……お父さんはちょっとパレードに行くのは……」


 駄目だ、また尻込みしてしまう。

 ナイトパレードは特に駄目だ。あの時の……幸せの絶頂だった頃を思い出して……


「じゃあ部屋に戻るか? 今戻ると漏れなく美鈴さんが困ると思う」


 美鈴さん……?

 先程の女性の事か。というか宗吾はいつのまにあんな子と知り合ったのだろうか。


「宗吾、その美鈴さんは……宗吾の友達かい? お父さん気になってしまう」


「遊園地のカップル企画で知り合ったんだ。それで出店巡ってたら次から次へと店主に食い物勧められて……半額だからって調子こいて食ってたらお腹痛いとか言い出して……」


 な、成程……。でもなんでわざわざホテルの、しかも部屋のトイレに……


「もう凄い人だろ。女子トイレも長蛇の列で、そうでないトイレも探したんだけど悉く清掃中で……。もうホテルのトイレ使うしかないってなったんだけど、美鈴さんのホテルここから遠いから……」


 そういう事か。まあ……それなら仕方ない。

 というか遊園地のカップル企画なんてあったとは……。


「宗吾は……あの子と結婚するのかな?」


「親父……俺は杏と結婚するって約束したんだ。男は約束を守る生き物なり」


 なんだろう、物凄く宗吾の……我が子共達の未来が心配になってきた。

 ここは美鈴さんに頑張ってもらうしかない。たとえ美鈴さんが宗吾の大切な人にならなくても……きっかけだけでも作って貰わねば。


「宗吾、お父さんしばらく戻らないから。美鈴さんの傍に居てあげなさい」


「……親父、大丈夫か?」


 心配そうな宗吾の気持ちが素直に嬉しい。

 でも大丈夫だ。陽菜さんの想った通りの展開になりそうだけど……きっとここでウジウジしてたら怒られてしまう。


「大丈夫……二時間くらいは戻らないから、美鈴さんと有意義な時間を過ごすんだよ」


「親父……それ父親が言っていい言葉か?」





 ※





 ホテルから離れ、本格的にナイトパレードが行われている遊園地へ。

 そうだ、こういう……眩しい光景の中、僕は噴水の近くで陽菜さんにプロポーズした。


『陽菜さん……僕と結婚してください』


 シンプルな、つまらないプロポーズ。

 もっと捻った言い方の方が良かっただろうか。でも陽菜さんは泣いて喜んでくれた。喜んで……受け入れてくれた。


「ポンたぬきちゃーん!」


 子供が小さなタヌキのマスコットに夢中に手を振っている。

 そういえば杏はどうしているだろうか。僕がロビーへ一回出た時、ヴァスコードさんが一緒にパレードを回ってくれると言っていたから心配は無いとは思うけども……。


 ヴァスコードさんは陽菜さんの元同僚。

 同じ軍に居た時、命を救われたらしい。そんなヴァスコードさんは、陽菜さんが旅立ってしまう時……一緒に看取ってくれた人でもある。これから何か困った事があったら、何でも頼ってくれと言われたが……僕は心のどこかでそれを拒否していた。


 僕がしっかりしなければ、二人の子供を僕がしっかり……


 でも僕はこういう情けない性格だ。今日まで二人の子供を遊園地に連れてきた事すら無い。それどころか近所の縁日に行くことすらも躊躇っていた。


「ダメだな……僕は……」


 独り言を言いながらパレードを眺めつつ、ゆっくり歩きだす。

 すると心臓に響くような轟音が。花火だ。空に綺麗な花が咲き、淡く消えていく。そして何度も何度も花は夜空に咲く。そのどれもが淡く消えていく。


『花火って……人生の縮図だと思わない? 一番綺麗に輝いたら……そこから静かに消えていく。私はそんな人生送りたいな』


 陽菜さんの言葉を思い出した。

 陽菜さんは本当に逝ってしまった。僕を置いて……花火のように。

 

 気が付いたら涙が止まらなくなっていた。すれ違う人が何事かと僕を見てくるのが分かる。

 

 本当なら……僕も陽菜さんと一緒に静かに消えてしまいたかった。

 何で一人で行ってしまったんだ、何で僕を置いて……。


『一緒に消えるなら、一緒に輝かないとね』


 僕は陽菜さんと一緒に輝けなかったんだろうか。

 プロポーズした時、陽菜さんが頷いてくれた時、僕は誰よりも幸せだった。陽菜さんも幸せだと言ってくれた。なら何で……僕は一緒に消える事が出来なかったんだろうか。


『私が一番輝く時は……私達の宗吾が結婚する時かな。楽しみだねぇー、どんな子と結婚するんだろうねーっ、いつか宗吾が彼女を連れてきたら……私は寂しくて泣いちゃうかもしれないけど……。もう宗吾が私の相手してくれないーって』


 でも陽菜さんは……もう旅立ってしまった。

 宗吾は連れてきたよ、可愛い女の子を。まだ彼女じゃないみたいだけど、なんとなく……あの子はいい子だって分かる。だって若い頃の陽菜さんにそっくりだから……。若い頃って言うと陽菜さんは怒るかもしれないけど。


『ねえ、二人目……妊娠ちゃった。どうしよう……宗吾に弟か妹か……どっちかな。でもどっちでも宗吾は喜んでくれるよね。これで宗吾もお兄ちゃんだね。また……家族が増えるんだね……』


 杏を妊娠して……出産して数か月後、陽菜さんに粒子血栓塞栓症が見つかった。

 現在、発症すれば最も死亡率が高いと言われている病。

 

『ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……』


 ひたすら謝る陽菜さんを抱きしめながら……二人で泣いた。

 そして絶対に諦めない、そう誓った。でも病は……陽菜さんを確実に弱らせていった。



 気が付けばパレードも最高潮に。

 パレードを見つめている人々は幸せそうに……。


「パンダまじーん!」


 その時、巨大な犬に跨りながら手を振っている杏の姿が目に飛び込んできた。

 その姿が……陽菜さんと重なってしまう。

 陽菜さんも……喜んで遊園地のキャラクター達に手を振っていた。とても楽しそうに……。


『どうせあなたの事だから、私が居なくて寂しいって泣いてるんでしょ』


 図星だ。見事なまでに図星だった。

 でも陽菜さんは……まだ消えてなんか無い。

 一番輝くのはこれからだ。杏や宗吾が輝く時、僕も陽菜さんも一緒に……


 そして僕と陽菜さんは先に消えていくけれど、子供達はキラキラと輝き続ける。

 

 そうだ、僕が消える為には……まだ輝かないといけない。

 子供達を輝かせないと……僕も陽菜さんも消える事が出来ない。


 そして子供達も、自分達の子供を輝かせるために……


「……? そこで泣いてるの、杏ちゃんのお父さんじゃない?」


「おや、本当ですね。まあ予想通りです」


 犬とヴァスコードの会話が聞こえてきた。

 全くもって酷い言い草だ。僕に陽菜さんの事を思い出させて泣かせるなんて……。


「……お父さん、泣いてるの?」


 杏が犬の背から降り、駆け寄ってくる。

 思わず僕は杏を抱きしめながらまた泣いてしまった。

 子供の前では泣かないと決めたのに……。僕がしっかりして育てると決めたのに。


「お父さんお父さん、遊園地連れてきてくれてありがとうっ」


 無邪気な杏の声が……耳に届いてくる。

 

 今宵、最高のプレゼントを貰った気がした。

 




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夏祭りと君企画
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