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遊園地、そして家族旅行

【この小説は遥彼方様主催《「夏祭りと君」企画》参加作品です】

 悔しい

 この世を去る事が、貴方を残して去らなければならない事が悔しくて堪らない


 きっと貴方は私の写真を見る度に泣いてしまう

 子供達の前だろうとお構いなしに


 それはそれで面白そうだから見てみたいけど、私にはもう無理だ


 なら貴方と子供達が笑顔で過ごせるように


 せめて私は祈ろう


 ささやかなプレゼントと共に





 ※





 梅雨が明け、若干湿気混じりの空気の中、ひたすらセミの大合唱が聞こえてくる昨今。

 照りつける太陽へと、一体これはどんな拷問か、と抗議しながら俺は家の縁側で妹と共にアイスクリームを頬張る。


 ちなみに妹は今年で小学三年生。

 年齢にして八歳。親父曰く、少しずつ母親に似てきたとの事。


「兄ちゃん、なぞなぞしようず」


「おう、いいぞー」


 俺はアイスクリーム……アズキバーを頬張りながら妹の要請を快諾する。

 

「兄ちゃん、このなぞなぞに答える事が出来たら、私のアイスを一口やろう」


「ほう」


 ニヤっと自信満々に言い放つ妹。大学生になる兄貴にそんなリスクの高い挑戦をするとは。流石は我が妹、怖いもの知らずとはこの事か。


「切っても切っても切れない物、なーんだ」


 妹の出題する問題はとても微笑ましい。

 切っても切っても切れない物、俺も小学生の時に良く他人に出した問題だ。

 このなぞなぞには何通りもの答えが存在する。空気だったり水だったり。

 つまり妹は最初から無いのだ、俺にアイスを一口食べさせる気など。


「切っても切っても切れない物か……じゃあ水」


 俺は定番中の定番である回答を妹へと。

 すると妹は案の定「ぶー」と言ってくる。


「チャンスはあと三回だよ、兄ちゃん」


「ふむ、結構寛大だな、我が妹よ。じゃあ空気」


「ぶー」


「煙」


「ぶー」


「光?」


「ぶー」


 なんてこった、チャンスを全て使い果たしてしまった。

 まあ元々から正解する気なんぞ更々ない。可愛い妹からアイスを一口奪うなどという無慈悲な行為をするわけにもいかない。


「兄ちゃん全然駄目、分かってない」


「ふむ。で? 答えは何だい、我が妹よ」


「答えは……」


 俺は妹の答えを予想する。

 流体する物質か、指切りげんまん……の指とか、その辺だろう。


 そして妹は満面の笑みで


「男女の関係」


 俺は思わず口に含んでいたアイスを庭へとぶちまけた。

 そのまま咳き込みながら、妹の可愛い顔を凝視。


 なんて事いいやがるんだ、この小学三年生は。


「……妹ちゃんよ、一応聞いとくが……理由は?」


「男と女の関係は……切っても切っても切れないって隣のおじさんが言ってた」


 あのオッサンか!

 俺の妹になんてこと吹き込みやがる! というか隣のオッサンは独身だった筈だが、一体これまでどんな恋愛経験が……いや、考えるのはやめておこう。


「違うの?」


「いや、俺はまだそこまで人生経験積んでないからな……それと我が妹よ、隣のオッサンとは今後会話を控えるように。挨拶されてもガン無視しろ」


「えー、左衛門可愛いのに」


 左衛門……隣が飼っている犬だ。可愛い真っ白なマルチーズ。

 独身男性が犬を飼い始めたらもう終わりだと言うが、隣のオッサンはその典型だろう。もう結婚する気など皆無な気がする。


「左衛門は撫でて良い?」


「まあ……それは許そう。しかしオッサンはガン無視しろ。話しかけられたら、左衛門に助けを求めるんだ。変なのが話しかけてくるって」


「おやおや、酷い言いようだねぇ」


 その時、家の庭へと犬を連れた不審者が!

 

「こんにちは、宗吾君に杏ちゃん」


「……」


「……」


 俺と妹はオッサンをガン無視。

 そのまま連れている犬、左衛門を凝視する。


 真っ白なマルチーズの左衛門は、俺達二人に見つめられ首を傾げてくる。


『えっ、なんスか?』


 と言いたげに。あぁ、可愛いぞ左衛門。


「ちょっとちょっと、早速無視しないでよ、寂しくなってしまうじゃないか」


 隣のオッサンは寂しくなってしまったのか、俺達へと構ってくれと言いたげだ。

 

「やかましい、あんた、人の妹になんて事吹き込みやがる」


「フフウ、今のナゾナゾの事かい? 僕もちょっとヒヤっとしたよ。今後は控えるから許しておくれ」


 ちなみに隣のオッサン……と言ってもまだ三十代前半。

 三十代前半をオッサンと言うと、作者を含め悲しむ人が大勢いるので、とりあえずお兄さんと言っておこう。見た目もそこまでオッサンでは無いし。

 眼鏡に茶髪のロンゲを後ろで束ね、背も高く体格も比較的ガッシリしている。元々は写真家だったらしく、実は俺の母親とも仕事をした事もあるらしい。


「左衛門ー」


 そんなオッサ……お兄さんの連れている犬へと駆け寄る妹。アイスを片手に左衛門の頭を撫でまわす。


「杏、アイス左衛門に食われるぞ」


「らいりょうふ」


 妹は俺が警告した途端、アイスをバクっと一口。

 その瞬間、おそらく頭がキーンとしたんだろう。頭を抱える妹。そんな妹の頭を、左衛門はフンフン匂いを嗅いでくる。


「ところでオッサ……お兄さん、何用か」


「酷いなぁ、宗吾君。こんなイケメンを捕まえてオッサンだなんて。折角いい物持ってきてあげたのに」


 オッサ……お兄さんはポケットから封筒を取り出すと、そのまま俺に手渡してくる。なんだコレ。


「なんスか、これ」


「開けてみて」


 俺は食べ掛けのアイスを咥えながら封筒を開ける。中にはいっていたのは遊園地のチケット。


「ん? どうしたんスか、コレ」


「実は僕、その遊園地の会社の株主でね。毎年贈られてくるのよ。でも今年はちょっと仕事があって行けなくてね。折角だから家族三人で行ってきなよ」


「遊園地!」


 妹はキーンが回復したのか、遊園地と聞いて嬉しそうにチケットを覗き込んでくる。

 そういえば遊園地なんて家族三人で行った事無いな。子供会とかの催し物でならあるけど。


「って、これ乗り放題のパスポートも付いてるじゃないですか。結構お高いんじゃ……」


「大丈夫大丈夫、僕これでも独身貴族だから」


 何故それを胸を張って言う。


「兄ちゃん、独身貴族って何?」


「妹よ、将来の事を考えたら答えは聞かない方がいいぞ」


「ひ、酷いなぁ、宗吾君……」


 しかしこんな物……受け取っていいものだろうか。親父だって仕事があるし行けると決まったわけでも……


「遊園地……」


 だが妹の期待の視線を注がれ、ついでに左衛門とオッサ……お兄さんまでもが俺へと謎の期待感を乗せた目で見つめてくる。


「……分かった、分かったから……でも親父の都合次第だぞ」


「遊園地!」


 妹は手を天へと掲げて喜びを表現。

 オッサ……お兄さんと犬も嬉しそうにする妹を見て頷く。


「じゃあ楽しんできて。ちなみにそのチケット、ホテルの予約も取れる奴だから。一泊二日」


「マジっすか」


「旅行!? 兄ちゃん、旅行?!」


 いかん、妹がもう嬉しすぎて踊っている。

 これで親父が仕事でムリとか言い出したら……


「おい、杏……あまり期待するなよ、親父だって仕事忙しいんだから……」


「大丈夫だよ、お父さんもきっと遊園地行きたいだろうし!」






 ※






「……ごめん、無理」


 その日の夜、夕食時に親父へと遊園地のチケットみせると、そんな答えが返ってきた。

 妹は無表情で茶碗を持ちながら、親父の顔をまるで地獄の門番か何かを見るような目で見つめる。


「仕事が最近忙しくて……盆休みすら取れるか分からないんだ。って、杏……そんな目でお父様を見ないで」


「まあ仕方ないだろ……チケット貰ってハイテンションに踊ってたし……」


 俺は杏の頬をつつきつつ、生存確認を。駄目だ、微動だにしない。


「親父、なんとかならないのか? このままじゃ……杏の中で親父はA級戦犯だぞ」


「そんな事言われてもなぁ……」


 親父は気まずそうに杏の顔をチラッチラと確認。

 きっと親父は隣のオッサ……お兄さんが余計な事をしてくれたと思っているに違いない。しかし家族で旅行……遊園地に行くなど今まで無かったのだ。杏がハイテンションで踊り出すのも分かる。なんとかしたいのは山々だが、親父は母親が死んでから男手一つで俺達を育ててきた。あまり無理を言う事も出来ない。


 すると杏は無表情のまま涙を流し始めた。泣き声一つあげないのが逆に悲しすぎる。


「あ、杏……! ほら、じゃあ今度兄ちゃんとプール行こう! 楽しいぞ、プール!」


「…………」


 杏の涙は止まらない。

 不味い、このままでは梅雨が明けたばかりだというのに、我が家はブルーな雰囲気に包まれてしまう!


「おい、親父……親父もなんとか言って……」


「……胃が……胃がキリキリと……」


 おいコラ、娘が無表情で声も上げず泣いてるんだぞ! 

 こんな時に仮病使って逃げるでない!


「うぅ、杏……ごめんよ、来年、来年こそは……」


「……もう何処にも行かない……」


 涙を拭いながら、プイっと顔を逸らす妹。

 あぁ、気持ちは分かるが杏ちゃんよ……お父さんだって俺達のために頑張ってるんだ、そんな素っ気ない態度取っちゃダメよ……と言っても無理があるのは分かっている。


 杏にとって家族で旅行自体、これまで行った事すら無いのだから。

 チケットを貰った時、本当に嬉しかったに違いない。


「親父……有給とか取れないのか?」


「う、うーん……」


 チラっと杏の顔を確認する親父。

 すると杏は「ごちそうさまでした……」といつもより丁寧にお辞儀しつつ、そのままお風呂へ入ろうと着替えを準備。


「あ、杏ちゃん? お父さんと一緒にお風呂入る?」


「いえ、結構です……」


 グサっと親父の胸に何かが突き刺さった。そのまま胸を押さえながら俯く親父。

 不味い、このままでは杏は反抗期に入る前に反抗期になってしまう。


「あ、杏、じゃあ兄ちゃんとお風呂入るか? 手で水鉄砲するの教えてやるぞ?」


「そういうのいいんで……」


 ぐはぁ!

 確実に……確実に俺の胸に何かが刺さった!

 実際に刃物が俺の心臓を貫いた気がする。これは……ダメージでかい、でかすぎる。


「わ、分かった……行こう……遊園地……」


 その時、娘に鋭利な刃物で胸を刺された親父が呟いた。

 その瞬間、杏の表情が一変する。


「ほんと? ほんと?! お父さん行ける?」


「い、行くともさ。お父さん、頑張って休み取るから……行こう」


 大丈夫か、親父。目が死んでるぞ。 

 しかし杏は一気に覚醒した。死んだ魚から生きのいいオオサンショウウオに。


「お父さん大好き! 家族旅行!」


 こうして……杏にとって人生初の遊園地&家族旅行が決定した。

 杏は嬉しそうに親父の手を引いて風呂場へと連れ込んでいく。

 

 俺はふと、仏壇で笑う母親の写真へと目を移した。

 微かに、笑っている母親がそこに鎮座している、そう思ってしまったから。



 



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夏祭りと君企画
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