エンゼイーダの黒雨
遠い遠い昔の話。
エンゼという村がありました。作物の育ちの良い、裕福な村でした。しかし、百年に一度、雨が降り続き、空を黒い雲が覆う日があるのです。
百年に一度のその日、エンゼ村ではうら若い乙女が、村近くの山の山頂に住むリュウの花嫁としてその身を捧げるというしきたりが、遠い過去に生まれました。
選ばれる花嫁はいつもバラバラ。
例えば。
"村のしきたりに疑問をもった少女"
"村の役にたたない娘"
"よその村からながれてきた者"
"村長に逆らったもの"
"他の村人と違う特徴を持った者"
花嫁という言葉を使ってはいるものの、それはつまり生贄、贄に選ばれるのはみな、村の人間に迫害される者たちでした。
そんななか、また一人、花嫁に選ばれたものがおりました。
産まれたその日から、他の村人と関わることのないように、村から隔離され、暗く閉ざされた狭い狭い世界しか知らぬ、哀れな娘。
「はなよめというより、いけにえということばがてきせつだよ」
誰かが言いました。
「ああこれであの娘を見なくてすむのか」
誰かが言いました。
「ごめんね、でも仕方がないの」
誰かが言いました。
「最後に綺麗な服を着れるのだもの、あれも喜んでいるわよ!」
誰かが、言いました。
哀れな娘は普通を知りません。外がどんなものか知りません。
ですから、リュウの花嫁になるということが村人にとってどのようなことなのかも、知らないのです。
哀れな娘は過去の花嫁のように泣くことはありませんでした。
泣くということがどのようなことか知らないのです。
いいえ、本当は知っていたのかもしれません。知っていて、泣いても意味がないことを理解していたのかもしれません。
深い深い森の奥、哀れな娘が歩みを進めるたびにジャラジャラと繋がれた鎖が音を立てます。
暗い暗い森の奥、生贄を迎えに来たリュウは哀れな娘をみると、面白そうに言いました。
「なかないのか」
人は皆我にあえば鳴くものだと思っていたが、と。
「泣けばなにかかわるの?」
哀れな娘にそう問われたリュウは驚き、そして。
「変えたいものがあるか、娘よ」
「………変えたいものがわからないことを変えたいの」
素直にそうこたえた娘の答えに興味を持ったリュウは少女を本当の意味で、自身の花嫁として迎えました。
最後の花嫁となったエンゼ村の少女イーダは、こうしてリュウとともに自身の命が尽きるまで、戸惑い、受け入れながら暖かな日々を過ごすこととなったのです。
百年に一度、エンゼ村には黒い雨が降ります。
リュウの花嫁として迎えられたイーダという少女の、祝福であると言うものがおりました。呪いだと語るものがおりました。
しかし、次第に。
百年に一度の黒い雨が降るその日に、花嫁と花婿がその雨を浴びると幸福になる、という話が村に広がりました。
イーダは願います。自身のようなものが現れぬことを。負の連鎖が止まることを。
イーダは願います。自身の幸せがわけられるように。
これからも、花嫁たちの幸せと幸福を祈る雨は、エンゼの村を包むのでしょう。
エンゼイーダの黒雨、おしまい。