084「仮の魔女と真の魔女」
直感、虫の知らせ、あるいはシックスセンス。言葉では説明できないが、なんとなく不安に感じたときは、何か不吉なことの予兆であることが多い。
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「郵便です。今日は、アランさんだけですね」
「ご苦労さま。サインは必要かい、ブルーナくん」
「いえ。書留は無いので、お渡しだけです。では!」
そう言って、黒い肩掛けカバンを閉めると、ブルーナと呼ばれた赤毛の少年は、中ほどから垂れている兎耳を揺らしつつ、小走りで駆けて行った。
アランが手紙の差出人を見つつ、飛び石を伝って家の裏口を抜け、住居スペースを通って店舗へと戻る。すると、ちょうどカウベルが鳴る音と同時に、大きな紙袋を抱えたマリーが店に姿を現す。その顔は、いつも以上に目の下のクマが濃く、袋の口からは、ファーのようなモコモコしたモノがはみだしている。
「張り切るのは結構だが、睡眠時間は確保するように」
「開口一番に、ドッと疲れが出ることを言わないでちょうだい。誰に頼まれたと思ってるのよ」
「はいはい、僕が依頼しましたとも。ほら、ココに置いて」
そう言って、アランはテーブル席のイスを引く。マリーは、その座面の上にドサッと荷物を置くと、すぐ横の席に座り、中身をテーブルに広げ始める。
「急いでエマの分も作ってきたけど、サイズ調整は兄さんの方でやってよね。ここのリボンでウエストを変えられるようになってるから」
マリーは、一枚のワンピースを手に取ると、背中で編み上げ状になっているリボンを示しながら言った。アランは、しげしげと構造を観察すると、もう一枚のワンピースと比較しながら言う。
「クロエの方は、ゴム紐が入ってるだけなんだな」
「そりゃあ、まだ子供だもの。幼児体型を強調しないようにしなきゃ」
「体型を強調しない服を着てるのは、誰かさんも同じだけどね」
「余計なお世話よ。私は、オーバーサイズの服が好きなだけなの。これでも、脱いだら凄いんだから」
「どう凄いかは、聞かないでおこう。不規則な生活で、荒まないようにしろよ。――帽子とマントと、ランタンもあるのか」
「ランタンは、謝肉祭の時の使い回しよ。中にローソクを灯した跡があるでしょう?」
そう言いながら、マリーは中身をくりぬいたカボチャの蓋を取り、底の方に点々と蝋が残っているのを見せる。アランは、その表面を指でなぞるように触って確かめつつ、憂え顔で呟く。
「教団が軟化姿勢を示しているとはいえ、エマくんまで魔女に扮させて大丈夫だろうか?」
「また始まったわね、兄さんの取り越し苦労」
「心配にもなるだろう。クロエは何も知らないし、エマくんだって……」
アランが不安を口にしはじめると、マリーは景気よくパンパンと手を叩いて話を遮り、食べ物の用意を催促する。
「はいはい、そこまで! 空腹で考え事をしても、マイナス思考に陥るだけよ。それより、今朝はキッシュを焼いたんでしょう?」
「耳が早いな。じゃあ、テーブルを片付けてくれるね?」
「もちろんよ。紅茶もセットでね。あと」
「わかってる。砂糖とミルクも、だろう?」
「そう。よろしく!」
仮装セットを紙袋に詰め直すマリーを横目に見つつ、アランはカウンターの内側へと向かっていった。空席に紙袋を置いたマリーは、ふと、カウンターの上に置かれている小瓶に注視したが、すぐにアランへと視線を切りかえた。
小瓶を見たマリーが何を思い出したかは、また話を改めて語ることにしよう。