080「ひそひそと」
青春時代の思い出は、良くも悪くも、のちのちまで記憶に残るものらしい。
*
「君の安請け合いによる見切り発車には、ほとほと呆れて言葉が出ない」
「そう言いながらも、言葉にできてるじゃないか。悪かったって」
「本当に悪いと思ってるか?」
「申し訳なさ半分、面白半分」
「だろうと思った。――灯り、消すよ」
「ほーい」
調子の良いドミニクの返事を聞いたテオは、丸イスの上に置いてある燭台に向かってフッと吐息を吹き、ロウソクの炎を消す。部屋の中は、大木の隙からわずかに月明りが差し込む程度で、室内の大半が暗闇に包まれる。
「でさ、テオ。明日の話だけど」
「なんだよ、ドミニク。もう遅いんだから、さっさと寝てしまえ」
「冷たいこと言わないで、ちょっとくらい付き合ってくれよ。僕とテオの仲じゃないか。ねっ?」
ドミニクが変に艶っぽい声を出すと、テオはダンマリを決め込む。ところが、サワサワと毛皮と布が擦れる音がしたあと、テオは、クシュッと小さくクシャミを一つしてから、刺々しい声で言う。
「ええい、鬱陶しいな。顔の前で尻尾を振るんじゃない」
「だって、リアクションが返ってこないんだもの。実力行使だよ」
「明日の朝は、ベッドを動かすことにしよう」
「フーン。頑張れよ、テオ。――イタッ! 今の、絶対に毛が抜けたって。お~、ジンジンする」
「さっさと尻尾を引っ込めないからだ。それで、なんの用なんだ?」
「おっ! ようやく聞く気になったか」
「聞くまで眠れそうにないから、聞いてやるだけだ。進んでのことではないから、勘違いするな。早く言え」
「はいはい。で、どう思う?」
「主語抜きで理解できるとでも思ってるのか?」
「早く言えって言うから、結論から言ったじゃん」
「……寝よう」
「待って! 待ってよ、テオ」
バタバタと布がはためく音と、スプリングが軋む音がしたあと、ゴホッとテオが咳を一つしてから、イライラとした声で言う。
「要人警護についてか?」
「そうそう。話が早くて助かる」
「で、何が疑問なのさ」
「だって、警護対象が今を時めく石炭王の息子だろう? どうして僕たちに任せようと思ったのかな?」
「そんなこと、考えるまでも無いだろう。ベビーシッターとして、丁度良い思われたんだよ」
「えっ、そんなに小さな子なの?」
「よく読んでおいてくれよ。七歳の男の子だって、ちゃんと手紙に書いてあっただろう」
「そうだっけ?」
「そうなんだよ。まぁ、いい。明日、また確認しよう。おやすみ」
「そうしよう。おやすみ!」
石炭王の息子の警護は、ただのベビーシッターに終わらないのだが、その話は、また一話挟んでから続けよう。