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110「サムシングブルー」

 石炭もダイヤモンドも、炭素の同位体(アイソトープ)であり、その差は、中性子の数の違いでしかない。爵位を得て広大な領地を持つようになった富豪と、ごく平凡な中産階級との違いも、ほんの僅かな差から生じるものかもしれない。


  *


「南瓜のパイが焼けたよ、クロエ。人参のクッキーも、もう少しで出来るから」

「ありがとう、パパ」

 

 ミトンを嵌めた手でパイ皿を持ち、アランは湯気立つオレンジ色のパイを見せた。しかし、大好物を見たというのに、クロエのリアクションは薄く、心ここにあらずである。


「もう少しで、エマくんとマリーが買い物から戻るはずだ。二人が帰って来たら、三人で祭りを楽しんできなさい」

「そうする」


 と、クロエが芳しくない反応を返したところで、カウベルが鳴る。

 ドアの向こうから現れたのは二人だが、エマでもマリーでもなく、ラファエルと執事である。ラファエルの手には、空色の布と紺色のリボンでラッピングされた花束が握られている。

 

「わっ! キレイな花束!」


 ラファエルの姿を見た途端、クロエはパーッと明るい表情になり、手にしている青い花束に興味を持った。その後ろでは、アランが調理の手を止め、呆気に取られている。

 ラファエルは、駆け寄ろうとするクロエを、手の平を前に出して止める。そして、照れ臭そうにはにかみつつ、素直な気持ちを伝える。


「クロエ。君のことを、この世界じゅうの誰よりも愛しています。僕のお嫁さんになってください!」


 最後は早口になりながらも、頭を下げ、両手でクロエに向かって花束を差し出す。

 クロエは、笑う目元に嬉し泣きで涙を湛えつつ、迷うことなく花束を受け取り、そのまま片手に花束を持ったまま、ラファエルに抱きついた。プロポーズへの答えは、口にせずとも明らかであろう。


「えーっと。これは、どういうことでしょうか?」


 フリーズ状態から解けたアランが、当事者ではなく執事に問いかける。執事は、困ったように眉をつり上げつつ、説明する。


「二人の間に何があったか、こちらも把握しきれていないのですが、ラファエル坊ちゃんは、そちらのクロエさまに、たいそうご執心でして。そのことを、どうしても直接本人へ伝えたいという一心だったものですから、このような運びとなりました」

「そう、ですか。……クロエが落ち込んでたのは、これが原因か」


 アランは、ようやく点と線が繋がったといった様子で納得する。

  

「あっ、そうだ。私からも、ラファエルに渡したい物があるの。ちょっと待ってて!」

 

 そう言って、クロエは、ステンドグラスからの光が差し込むテーブルに花束を置くと、タッタッタッと住居スペースへと走っていく。そして、手紙を片手でヒラヒラと掲げつつ、ホールへと戻ってくる。

 

「私の気持ちは、ここに全部書いたから。お家に帰ってから読んで。それで、読んだらお返事ちょうだい」

「わかった。大事に読ませてもらうよ」


 ラファエルは、クロエが持ってきた手紙を受け取ると、上着の内ポケットに大切にしまった。

 そこへ、再びカウベルが鳴り響き、二人組が店の中へと入ってくる。今度は、紙袋を抱えたエマと、麻袋を担いだマリーである。

 このあと、状況が飲み込めない二人にアランが事情を説明していると、甘い匂いを嗅ぎつけたのか、ドミニクとテオも来店したので、パイとクッキーは八等分されたのであった。

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