106「好奇心と安心感」
異国を訪れたことのある人間がこぞって口にするのは、母国の有難さと非常識さである。
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すんなり異文化に適応するか、それともカルチャーショックを受けるかは、一つの文化に触れる時間の長さと年齢によって決まるだろう。
クロエとエマの二人は、もの珍しさに惹かれ、どこか地球でいうところの沖縄か台湾に似た異国情緒溢れる街を、すっかり満喫していた。
火山の噴火によって出来たこの海洋島は、長らく大陸から孤立していたこともあり、独自の進化を遂げてきた。その特異性は、帆船から蒸気船へと移動手段が変わり、頻繁に交易が行われるようになっても淘汰されることなく、一種、島民のアイデンティティーとなっている。
「もう一泊くらいしたかったわね、クロエちゃん」
「うん。私も、もっと、ここに居たいわ」
中に土産物が入っているであろうと容易に推測できるほど、ズッシリとした重みに左肩をいからせてトランクを持っているエマと、来たときよりもパンパンに膨れているリュックを背負ったクロエが、船着き場に向かい、手を繋いで通りを歩いている。二人の背後には、白い馬の横顔が描かれて看板が見える。
「そうね。でも、今度は、もう少し暖かくなってから来たいわ」
「どうして? あったかくなったら、雪が融けちゃうわよ?」
「そうだけど。ほら、宿の女将さんが言ってたじゃない。春になると、薄いピンクの花が満開になるって」
「あっ、そうだった。私も、見てみたいわ。ねぇ、エマ。今度は、パパとマリーと一緒に来ようよ」
そんな他愛もない会話を交わしているうちに、二人は船に乗る段となった。
手続きを終えて待合室で西行きの船を待っていると、見慣れた二人が、揃って疲労の色を濃く滲ませながら現れた。
「あっ! ドミニクとテオだ」
「やぁ。また、クロエちゃんたちと一緒になったんだね」
「そうみたいね。……あれ? ドミニクくんも乗るの?」
ドミニクの手に旅券が握られているのを見て、てっきり見送りだとばかり思っていたエマは、驚きと疑問の混じった声を上げる。すると、テオが詳細をぼやかしつつ、こっそりと小声でエマに説明する。
「まぁ、ドミニクにも色々と家庭の事情があってね。実家に長居したくない気分らしいんだ」
「ふぅん。ドミニクくんまで疲れてるのは、珍しいわね」
「そうかもね。でも、ドミニクがこれくらい大人しくしてくれている方が、僕としては、無駄な労力を消費しなくて済むから、ありがたいけど」
「あらまぁ」
仲良しカップルが和やかに会話を交わしている横では、ドミニクがクロエにリス耳を引っ張られていた。
「イテテテ。そんなに無理に引っ張らないでくれ。僕の耳は、餅じゃないから伸びないって」
「だって、触り心地が良いんだもん。尻尾も出してよ。ねぇ、お願い」
「痛い、痛い。分かったから、そんなにグイグイ引っ張らないで」
「はーやーくー!」
黒い面妖な煙とともに、ドミニクがモフモフの尻尾を出すと、クロエは、待ってましたとばかりに両手で掴まえ、毛布のような心地よさを存分に味わいはじめた。
「はぁ、あったかい」
「懐かれてるな、ドミニク」
「本当。すっかりクロエちゃんに気に入られてるわね、ドミニクくん」
「獣の部分だけな。どっちか代わってくれよ~」
観光を終えても、この四人は相変わらずである。
オレンジシティー中央駅に戻ったとき、クロエが元気いっぱいなのに反比例して、ドミニクはヘトヘトになっていたのだが、その理由は、わざわざ解説する必要もないであろう。




