078「特別で面倒な依頼」
もしも、運命の赤い糸なんてものがあるのだとしたら。
*
「君たちは、いったい、何度ココへ呼び出されたら気が済むのかね?」
ここは、学生棟から校舎を挟んで反対側にある教官棟の一室。背もたれと肘掛けのついたイスにふんぞり返っているうすらハゲの男の正面には、バツの悪い顔をしたテオと、ニヘラとした笑顔を崩さないドミニクが立たされている。
「居心地が悪いから、今度からは僕たちのイスと、お茶請けの用意をしといてよ」
「そういうことを言うなよ、ドミニク」
ドミニクが減らず口を叩くのを、テオは小声で注意する。男は、フンッと小さく鼻を鳴らし、懐から小さなクロスを取り出してパンスネを磨きつつ、持って回った言い方で話を続ける。
「学期の始まりから終わりまで、よくよくの理由がない限り敷地の外へ出てはならないというのに、前学期に何度この決まりを破ったか、もはや覚えていないだろうね。まったく。長くもない教員生活の中で、君たちのような学生は初めてだよ」
「新記録樹立、そして新たな伝説へ!」
「ドミニク、いい加減にしろ」
いっこうに反省の色を見せないドミニクに対し、テオが射るような鋭い視線で苛立ちをぶつける。すると、男はパンスネを掛けてクロスを懐にしまい、それとは反対側のポケットから一通の封筒を取り出し、二人に見せるつけるように提示しながら、もったいぶった調子で言う。
「どうやら君たちは、よっぽど校外へ出たいようだね。よろしい。そんなに校外へ出たいなら、特別に任務を与えよう」
「ヤッター!」
「興奮するな、ドミニク」
黒い煙とともに、喜びのあまり小躍りするドミニクが尻尾を出すと、テオは左手で煙を払いつつ、苦言を呈す。その様子を見た男は、握り拳を口元に添えてエッホンと咳払いをすると、いささか早口になって言う。
「すごい喜びようだな。ただ、いささか面倒な仕事だ。それでも構わないかな?」
「お任せあれ! 何かあっても、必ず解決してみせますよ。テオが」
「僕かよ。他力本願だな」
「ハハッ、頼もしいな。それでは、この封筒の中身をよく読んで、持ち場へ急行したまえ」
「ヨッシャー! 直ちに準備しま〜す」
「待てよ、ドミニク! ――失礼します」
奪い取るように、ドミニクが男の手から封筒をひったくると、挨拶もそこそこに教官室をあとにする。テオは、ドアを開けっ放しで廊下を走るドミニクに向かって叫んでから、男に一礼してドアを閉め、ドミニクを追いかけはじめる。
これが、春まで続く一連の出来事の幕開けになろうとは、このときドミニクもテオも、想像していなかった。