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097「単調で退屈だから」

 どうせ自分なんか、と言った瞬間に、その人の成長は停止する。


  *


 場所は変わって、グリーンアイランド。

 島の中央にある山の中腹に位置する公邸で、ラファエルは身の丈に合わない大きな机に向かい、これまた大きすぎて足が床に届かないイスに座ってプラプラと脚を前後に動かしつつ、左に積まれた文書に目を通しては、末尾に署名と押捺をして右へと積み上げている。

 ラファエルは、時おり手を止め、ドアの横に控えている執事の方をチラチラと見るが、執事は、時々懐中時計を開いて時刻を確かめるくらいで、一向にドアのそばを離れる気配が無い。

 視線を机の上に戻し、左右に積まれた文書の冊数を交互に数え、左の方が右より多いままであると分かったところでカウントを止め、ラファエルは、ため息をつきながら左の冊子を一冊手に取り、ペン先をインクに浸しつつ、目を通していく。


 という、見ているこちらも欠伸が出そうな単調作業に、いくら幼少期から帝王学を仕込まれてるとはいえ、七歳児が堪えられるはずもなく、程なくして、ラファエルは音を上げる。

 両脚を揃えてイスを降りると、ラファエルは、外では小雪がチラつく出窓へと駆け寄り、窓枠へとよじ登って庭へと脱走しようとする。が、ラファエルが窓を開けたところで、下から水牛のような角を持った女がニョッキリと姿を現し、逃亡を阻止する。

 

「ワッ! 邪魔しないでくれよ、庭師」

「そうは参りませんよ、坊ちゃん。こんな寒い日にお外へ出られて、お風邪でも召されては困ります」

「庭師の言うとおりですぞ、坊ちゃん。さぁ、席へお戻りなさい」

「ムゥ。二人がかりとは卑怯だぞ、執事」

「これも坊ちゃんのためです。我慢なさいませ」


 執事がラファエルと窓枠から下ろして窓を閉めると、庭師の女はサッと姿を隠す。それからラファエルは、執事に背中を押されるまま机の方へと戻り、椅子に座るフリをする。

 しかし、執事が背もたれを持ってイスを引いた瞬間に、ラファエルはイスの脚を執事が立っているベクトルへと蹴り上げる。

 そして、鳩尾あたりを押えている執事のスラックスから鍵の束を奪い取り、ドアに向かって駆け出す。

 

「お待ちなさい、坊ちゃん。まだ、署名が終わっていない文書が残ってますぞ」


 よろよろと近付いてくる執事を無視し、ラファエルは鍵を開けると、鍵の束を執事へと放り投げ、ドアの向こうへと走り去って行った。

 執事は、床に投げ捨てられた鍵の束を拾うと、窓辺へと歩き、出窓を開け放つと、再び姿を見せた庭師に端的に命じる。


「マルホ作戦です、庭師」

「はっ。すぐにお勝手に向かいます」


 そう言って、庭師は薄く雪が積もる庭に点々と足跡を残しつつ、庭の向こう側へと最短距離で突っ切って行った。

 マルホ作戦とは何なのかは、また話を改めて説明しよう。


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