095「引き寄せの法則」
無知ほど怖いものは無く、無邪気ほど強いものは無い。
*
パサージュを仲良く手を繋いで歩くエマとクロエ。
クロエの手には、抽選券が握られている。これは、共済組合に参加している商店で買い物すると、金額に応じて配られる物で、先ほど珈琲館に帰ってきたアランが渡したものである。
ちなみにアランが自分で引いて来なかったのは、娘を喜ばせてやりたいという気持ちの他に、クジ運の悪いと思い込んでいる面があるからだ。アラン曰く、欲の油で幸運が手から滑り落ちるのだという。
「あっ、見て! これと同じ旗が立ってる」
「あぁ、本当」
クロエが指差す先には、仮設テントが設置されており、その屋根の上には、抽選権に書いてあるのと同じオレンジの三角旗がはためいている。そしてテントには、セヴィーユの店の男が佇んでいる。男のズボンのベルトには、振り鐘が差し込まれている。
「いらっしゃい! おっ。珈琲館トコの嬢ちゃんたちだね」
「こんにちは」
「どうも。最近、ボーイフレンドとはうまく行ってるかい?」
「はぁ。まぁ、それなりに」
エマが言葉を濁すと、クロエは男のズボンを引っ張りつつ、手にしている抽選権をヒラヒラと見せて言う。
「ねぇ、おじちゃん。クジはどこ?」
「おぉ、これはたくさん買い込んだなぁ。ちょいと待ってくれ。――おーい、お客が来たぞ!」
いつぞやの理髪店の男は、クロエの手から抽選権を受け取ると、衝立の向こう側へと呼び立てた。すると、男の妻であり、同じく理髪店を営む女が姿を見せ、籐で編んだカゴを持って三人へと駆け寄る。カゴの中には、四つ折りにされた三角形の紙がいくつも入れられている。
「はいはい。まぁ、賑やかだと思ったら、クロエちゃんたちだったのね」
「ご無沙汰してます」
「何枚引いて良いの?」
「三枚まで引いて良いよ。豪華な特賞が当たるクジも、まだ残ってんだ」
男がそう言うと、女は慈愛に満ちた温かい目をしながら、カゴをクロエに差し出す。
クロエは、クジに何が書かれているか見えないにも係わらず、鵜の目鷹の目で吟味してから、一枚を選んで男に渡す。
「これ!」
「どれどれ……。おぉ、これは四等だね」
「四等は、何が当たるんですか?」
「タオルよ。三枚とも引いたあとで持ってくるけど、二枚組だから、二人で使うと良いわ」
女が説明すると、クロエはあからさまに落胆し、エマに交代する。
「タオルかぁ。――今度は、エマの番よ」
「あら。私も引いて良いの?」
「あぁ、構わないとも。だが、くれぐれも、イカサマはしないでくれよ」
「大丈夫よ。エマちゃんは、そういうズルイ女の子じゃないもの。――さぁ、どうぞ」
女がカゴをエマへ向けると、エマは透視魔法を使うこともなく、適当に一枚引いて男へ渡す。
「お願いします」
「あいよ……。あぁ、こいつは残念。六等だ」
「六等?」
「参加賞の石鹸よ。七等のハズレよりマシだけど、大したものじゃないわ」
それを聞いたクロエが余計にガッカリすると、エマはクロエの頭をポンポンと軽く叩きながら励ます。
「まだチャンスは一回残ってるわよ、クロエちゃん」
「そうとも。最後まで諦めちゃならない」
クロエは、女が差し出すカゴの位置を確かめると、ギュッと目を瞑ってカゴの中に片手を入れ、カサカサとかき回してから一枚を掴み取る。
「エイッ!」
「オオッと。元気が良いのは結構だが、クジを落とさないでくれよ」
男は、カゴからこぼれたクジをカゴに戻してから、クロエが握っているクジを受け取り、折り目を開く。すると、信じられないといった様子で一瞬、目を丸くして驚いてから、振り鐘をベルトから引き抜き、カラーンカラーンと景気の良い音を鳴らして大々的に宣言する。
「出ました! 一等賞でござーい!」
「わぁ! 一等賞だって、エマ」
「凄いわね、クロエちゃん」
「おめでとう。それじゃあ、タオルと石鹸と、それから特賞を持ってくるわ」
「特賞は、なぁに?」
「ヘヘッ。そいつは、渡すまでのお楽しみって奴だ」
衝立の向こうへ、女が嬉々として移動すると、クロエは男に疑問を投げかける。エマも期待と不安が混じった目で男の方を見ると、男は、愉快そうにもったいぶった。
これが、この秋の出来事に関連し、クロエの人生に大きな影響を与えることになることを、この時点で知り得たのは、神と妖精くらいだろう。




