093「数字では無く文章で」
物欲センサーが働くと、手に入れたい物に限って、手が届かなくなるらしい。
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「牛乳の値上がりに、卵の値下がり。小麦と大豆は横這いっと」
ビンに入った牛乳と、卵の入ったカゴ、それから乾燥大豆と小麦粉の紙袋を両手に抱えたアランは、店とは反対側の通りから勝手口を通り、住居スペースを抜けてカウンターの内側へとたどり着く。
冬だというのに、アランの額には、薄っすらと汗が浮かんでいる。
「おかえりなさい、アランさん。わっ。すごい荷物ですね」
「店が閉まる前に、と思って、ついつい買いこんでしまった。普段なら、家まで届けてもらうところだけど、この時期は、どこも人手が足りてないからね。誰か来たかい?」
備え付けの棚の下段に、ひとまず買った物を置く。それからアランは、その上の段からティーポットやら茶葉の入った缶やらを取り出して作業台の上に置きながら、ホールにいるエマに声を掛ける。
「う~ん。ブルーナくんが私宛の手紙を持ってきたくらいですね」
「そうか。誰からの手紙だったんだい?」
「お母さんから。帰ってくるなら、寒くなる前にしなさいって。あと、お父さんが寂しがってるらしいわ」
「そう。相変わらずだね」
苦笑しつつ、アランはケトルを用意して火にかけ、続いてティーカップやソーサーの用意をはじめる。すると、カウベルの音とともに、幼年学校の上着を着たクロエが、通学用の手提げ袋とともに、二つ折りの紙を持って帰ってくる。
「ただいま! 秋学期の通知表をもらったの。見て!」
「おかえり、クロエちゃん。――レポートって、なんですか?」
「おかえり、クロエ。――担任教員の所見が書いてある用紙のことだよ。上級学校以上でいうところの、成績表みたいなものだね」
エマの疑問に答えつつ、アランは温めたカップを布巾の上に置き、クロエが腕を振ってフルフルと動かしているレポートを受け取る。エマは、手提げ袋を預かってカウンターに置き、次いでクロエをカウンターチェアに座らせ、自分も隣の席に着く。
「ちょいと手が離せないから、なんて書いてあるか読み上げてくれるかい?」
「はぁい。えーっとね。『新しいことにチャレンジしようという、前向きな姿勢が見らせます。知らないことに対して、とても関心を持ちます。ただ、やや落ち着きに欠けるところが課題でしょう』だって。どういう意味?」
「なんで、どうして、と思う気持ちは大切にしてほしいけど、ちょっと大人しくなってくれたらうれしいってことよ。――今日のは、バラに似てますね」
アランが缶を開け、専用スプーンで計量しながらポットに入れていると、エマは、アランの手元へ少し顔を近付け、馥郁たる香りを嗅いだ。すると、クロエもカウンターに両手をついて身を乗り出そうとしたので、エマは急いでクロエを両脇から抱え、席に着かせる。
「どうやら今年の先生も、クロエのことを、よく見てるようだね」
沸騰した熱湯を勢いよくティーポットに注ぐと、アランは素早く蓋を閉め、ティーコージーを被せた。このあと、紅茶が飲み頃に蒸らし終わるまで、クロエの話は尽きなかった。
このあと、ひと息ついたエマとクロエは、アランの提案で街へ出掛けるのだが、それについては、次話以降に持ち越そう。




