092「そして冬へと続き」
冬来たりなば春遠からじ、なんて言うけど、春が来ることを知らないと、冬は長くてツライ季節に感じる。
*
常春の楽園にも、短い冬がやってくる。
木枯らしが吹く中で、パサージュに軒を連ねる店々では、冬季休業を目前に控え、在庫一掃のクリアランスセールが行われている。
街中が寒さに負けずに活気付いている一方で、テオとドミニクは、というと。
「よぉ、テオ! 体温計を借りてきたぞ~」
「声のボリュームに気を付けろ、ドミニク。頭に響く」
羽毛布団に包まって横になっているテオは、尻尾を振って上機嫌な様子のドミニクに文句を言った。
ドミニクは、ヘラヘラと笑いながら上っ面だけの謝意を示しつつ、テオのそばに近寄る。
「起こしちゃったか? ゴメンゴメン。まぁ、どのみち起こすつもりだったから、手間が省けたと思ってくれよ」
「ガサツだな。こっちは病人なんだから、少しは労われ」
「日頃の体調管理は、しっかりしないと駄目だぞ、テオ」
「誰のせいだ。――クシュン!」
風邪菌と埃のダブルパンチを受け、テオが存外に可愛らしいクシャミをすると、ドミニクは布団をずらし、テオのズボンに手を掛ける。
「はいはい。僕が、クリやブナを拾いに行こうと言ったからですよ。――失礼しまーす」
「待て待て。なんでズボンを脱がせようとするんだ」
「せっかくだから、正確な体温を測ろうと思って」
「何が、せっかくだ。僕は馬じゃない。――貸せ」
テオは、ズレたズボンを上げながら上体を起こすと、ドミニクの手から体温計を奪い取る。そして、パジャマのシャツのボタンを二つほど外し、脇に体温計を挟む。
「五分くらいかかるんだとさ。何か、体温が下がりそうなお寒いジョークでも言ってやろうか?」
「結構だ。苛立ちで、余計に体温が上がる。黙って、そこに座っててくれ」
「はぁい。仰せのままに」
ドミニクが丸イスに座ったタイミングで、ドアがノックされる。大きな声を出せないテオではなく、ドミニクが返事をする。
「入ってま~す」
「やめろ、ドミニク。ここは、トイレじゃない」
コホンと咳ばらいをしながらテオが小声でツッコミを入れると、ドアが開き、ドミニクとほぼ同じ制服を着た生徒が姿を現す。よく見れば、袖や襟のラインが一本多いので、上級生であることが分かる。
「先輩。何かご用ですか?」
「あぁ、いや、テオじゃない。――手紙だ、ドミニク」
「えっ、僕宛に?」
「そうだ。返事を書くなら、寮官室まで来るように。以上だ」
上級生は、起き上がろうとしたテオを制して寝かせると、上着のポケットから一通の封筒を取り出し、ドミニクに手渡す。ドミニクが不思議そうな顔をして受け取ると、上級生は、そそくさと部屋をあとにした。
「誰からだろう? ……ゲッ!」
「コホッ、コホッ。誰からだったんだ、ドミニク」
「ねぇ、テオ。中に災いの種が入ってると分かってる封筒でも、開けなきゃ駄目かな?」
「開けて見なきゃ、本当に災いの種が入ってるか分からないじゃないか。開けてみなよ」
「うぅ。テオに二次災害が及んでも、知らないからな。――えいやっ!」
片目を瞑って極力差出人のサインを見ないようにしながら、親指の爪で一気に封を切るドミニク。
これが、望まぬグリーンアイランド行きに繋がろうとは、ドミニクも、そしてテオも、知る由もないのであった。




