089「運命の十字路」
あの日の、あの場所で、あなたと出会わなければ、他人のままでいられただろうに。恋のはじまりは、偶然に近い必然で構成されている。
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パサージュが交差する十字路には、毎日毎夜、様々な人や物が行き交っている。
昼下がりの今の時間帯は、降霊の日ということもあってか、ときおり馬車が通り過ぎたあとには、めいめいに工夫を凝らした装いをした子供たちの姿が目立つ。
「お菓子はいっぱいになってきたけど、羊さんは見つからないわね」
「そうね、クロエちゃん」
魔女の格好をした二人が、ほのぼのと会話を楽しみながら十字路に差し掛かる。
と、その時、同じタイミングで、首に蜘蛛の巣柄のネッカチーフを巻き、縁にラメが刺繍された丈の長いビビッドカラーのジャケットを袖を折って羽織り、中にマリンボーダーのシャツを着て、ストライプの半ズボンを穿いたラファエルも通りかかった。
羞恥心から早足で歩いているラファエルと、エマとのお喋りに夢中で前方不注意なクロエが同じ地点を目指すと、どうなるか?
結果は、自明の理である。
「ヒャッ!」
「うわっ!」
二人は持っていたランタンを手離してしまい、二つのランタンのうち一つは、石畳に落ちた衝撃で割れてしまう。割れたのがどちらかと言うと。
「エーン。ランタンが壊れちゃったよ~」
クロエが火のついたように泣き出すと、ラファエルは対応に困ってオロオロと狼狽えつつも自分のランタンを持ち直し、エマは自分のランタンをクロエに持たせ、マントを外して石畳の上に広げ、その上に壊れたランタンと散らばった飴包みを拾い集めつつ、クロエを宥めにかかる。
「はいはい。私の分をあげるから、泣き止んでちょうだい」
「うぅ~」
白昼に往来で大声を出せば、物見高い野次馬が集まるもの。そして、人だかりが出来れば、遠方からでも何かあったのかと一目でわかるわけで。
「何があったんですか? ――あぁ、こんなところに居たのか」
「なんだなんだ? 火事か? 喧嘩か? ――あっ! 見つけたぞ、山羊助!」
そんなわけで、エマたちが歩いていた通りの反対側からテオが、ラファエルが歩いていた筋の向こう側からドミニクが駆けつけ、ラファエルは逃げ出す余裕もないまま、二人に捕まったのであった。
このあと、五人はひとまず珈琲館へと移動し、エマとドミニクがクロエとラファエルにまつわる諸々の事後処理をしているあいだに、テオは執事を呼び、なんとか事なきを得たのであった。
しかし、クロエとラファエルの関係は、これで終わりではない。この続きは、閑話を挟んでからお話しよう。




