088「ブーランジェリーで長話」
パンは、小麦粉と卵とバターで出来ている。可愛い子は、砂糖と香辛料と素敵なモノで出来ている。
*
「さぁ、見てないわね。そんな変わった子が居たら、ご近所で噂になってそうなものだけど」
「そうですか。それじゃあ、このあたりには居ないのかしら」
バゲットやクロワッサンが並ぶ店内で、エマは、白いエプロンをした恰幅の良い婦人と話し込んでいた。話に夢中で気づいていないが、お喋りの輪に入れそうにないとふんだクロエは、店先に出てしまっている。店の窓の向こうには、黒い帽子の先がヒョコヒョコと揺れている。
「ごめんなさいね、お役に立てなくて」
「いいえ、とんでもない。私の分までお菓子をいただいちゃって」
「だって、仮装してるんだもの。あげなきゃ、頭を噛まれちゃうじゃない」
「まぁ」
「そうそう。セヴィーユの奥さんがね……」
世間話が途切れなく続き、なかなか会話を切り上げられないエマは、内心で困っていた。が、そんなことは、つゆしらず、クロエは、ふっくらと焼き上がったコッペパンの絵とともに「フゥファニィの店」とかかれた立て看板の周りを、退屈に任せて意味もなくグルグルと回っていた。
すると、その看板の陰から、ひょっこりと昨夜の妖精が姿を現す。
「ここに居たのね」
「あっ、妖精さん!」
「こんにちは。あの後、よく眠れたかしら?」
「眠れたわ。ねぇ、ハツコイのお話は?」
「ウフフ。まだ早いわよ、クロエちゃん。もう少しだから」
「えぇ~。教えて、教えて!」
「ダーメ。その時が来るまでは、何も言えないの」
「イジワルなのね、妖精さん」
クロエが看板に向かって話してるのを見て、ようやくトーク地獄から解放されたエマが不思議そうに訊ねる。
「どうしたの、クロエちゃん。そこに、何かあるの?」
「あっ、エマ! ちょうど良かったわ。昨日の夜の妖精さんがね、……あれ?」
エマの方を向いていたクロエが、再び看板の方を振り返ると、そこに妖精の姿は無かった。
「何も無いわよ、クロエちゃん」
「おかしいなぁ。さっきまで、ここに居たのに」
「ひょっとしたら、私が来たことで、驚いて逃げちゃったのかもね」
「そっか。そうね。きっと、そういうことね」
クロエは納得すると、エマにランタンを持っていない手を差し出す。エマは、そのクロエの手を引き、パサージュをブティックの方面へと歩いていった。




