第032話
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「---という事があったんです」
王都へと移動しながら、事の顛末をポーロさんに説明する。俺はポーロさんの横に座り、チカ達は後ろに座っている。
「…なるほど。ファルマス家に絡まれましたか…」
「…すいません。あれほど注意して貰っていたのに」
「運が無かったと諦めるしかありませんよ。…それに悪い事はして無いみたいですし。……しかし、ファルマス家ですか…」
「この国の大臣と聞いたんですが…」
深い溜息と共にポーロさんは俺に教えてくれた。
「ええ。ファルマス家は代々ジュエリア王国の大臣を務めています。ただ、現当主は凄く素晴らしい人なのですが、次期当主トーケル様は酷く評判が悪いのです」
「町の人からも色々と聞かされました。でも、なんでですか?」
「簡単に言うと、トーケル様はファルマス家にとって待望の世継ぎだったからです。ファルマス家に産まれるのは女ばかりだったのですよ」
「…なるほど。やっと男が産まれて甘やかしたって事ですか」
「その通りです。……人様の教育には口を出すべきではありませんが、散々甘やかした結果があれです」
「…現当主は何も言わないんですか?不評は絶対耳に入っていると思うんですが…」
「言っているとは思いますよ。けれど、トーケル様は法に触れる事は一切してないんですよ」
トーケルって奴は中々頭がキレるみたいだな。口は酷く悪いけど、ちゃんと自分の行動に線引きをしてるみたいだし…。関わり合うと面倒くさい事になりそうだ。
「関わんない様に気をつけとこう…」
「それが一番ですね」
馬車に揺られながら数時間、町から離れたのでインビジブルを解除する。
「王都まではあと半分くらいですね。ここで、少し休憩しましょうか」
ボックスから町で買った食べ物を取り出し休憩をする。馬にもチカ達が餌をあげていた。
「やっぱり可愛いですねぇ…」
「よろしければ、王都まで手綱を握りますか?」
「えっ!?いいんですか??」
どうやらポーロさんがチカに馬の走らせ方を教えてくれるみたいだ。チカも興味あったみたいだし、俺からもお願いしておいた。
「ナナ達は教えてもらわなくていいの?」
「マスターが馬を買ってくれたら練習する」
「あたしは無理だなー…。強く叩き過ぎちゃいそうで…」
…うん、ローリィは『狂乱』持ちだからな。クソ変態な馬がいない限り死んでしまうからな。
「うん、王都行ったら馬を買おうか。俺も乗ってみたいしね」
休憩を終え、今度はポーロさんの横にチカが座っている。ポーロさんは教えるのが上手で最初はぎこちなかった走りが、段々とスムーズになっていった。
「チカさんお上手ですね。これなら他の馬でも大丈夫でしょう」
「ポーロさんの教え方がよかったからですわ。ありがとうございました」
チカ達が楽しそうに話をしているのが聞こえたので、王都に着いたら馬を買う事を決心した。…ぶっちゃけ、転移使えるから必要ないんだけどね。でもまぁ、それは冒険のテンプレだもん。仕方ないよね?
王都までの道のりは特に魔物の襲来もなく、無事に辿り着くことができた。門には長い行列が出来ており、時間がかかりそうだ。
「チカさん、右側の門へ進んでください。ここは冒険者用ですから、私達は入れないんです」
よくよく並んでいる人を見てみると全員何かしらの武器を所持していた。ポーロさんの話によると、一般用と冒険者用、商人用の門が別々にあるらしい。貴族用の門もあり、フリーパスで通れるそうだ。
「結構細分化されてるんですね。やっぱり通行料とか違うんですか?」
「そうですね。一般は100G、冒険者は250G、商人は150Gとなってます」
「結構差があるんですね」
「王都を根城にする冒険者は金を持ってますからね。まぁ、その分質も高いですし、依頼料もそこそこしますけどね」
「ははぁー、なるほどなぁ。…あ、そう言えば俺Cランクになったんですけど、通行料とか免除されるんですかね?」
「一度王都のギルドで依頼を受ければ大丈夫だと思いますよ?まぁ、結局入る時には支払わなければいけませんけど」
「なら、今度受けに来ようっと」
「あ、アルスさん。私は王都でしばらく仕入れや交渉で滞在するので、その間でしたら普通に依頼を受けて大丈夫ですよ?サガンへ帰る時はまた依頼しますので」
「え?依頼には行き帰りって書いてあったと思うんですけど…」
「ぶふふ…。流石に滞在期間中、ずっと護衛費を出す訳にもいきませんからね。私がまた依頼するまでは、自由にして貰って構いませんよ。…もちろん、宿泊費などは自分で払ってくださいね」
…やられた。確かに依頼書には往復の護衛って書いてあった。けど、滞在期間は書かれてなかったな…。
「…くそぅ。さすがは商売人だ、やられましたよ」
「ぶふふ。アルスさんは中々回転が早いですね。まぁ、サガンへ戻った時に報酬金にはイロはつけますから」
「…勉強になりましたよ。それじゃ、王都に入ったら自由に歩き回ります。…あ、ポーロさん、馬が売ってる場所を教えて貰えませんか?」
「購入するんですか?…それならば、知り合いの所に案内しますよ」
ポーロさんと王都の話をしながら門をくぐる。目の前の光景に俺は度肝を抜かれた。
「…どうです?凄い活気でしょう?ここが王都、『ジュエリア』ですよ」
サガンとは比べ物にならない人の多さ。そして、建ち並ぶ建物の大きさ、流石王都とだけあって素人目にも金がかかっているのが分かる。
「凄いっ!!どこもかしこも人だらけっ!!」
「荘厳な雰囲気。建物も色が統一されている」
「美しいですわ…。さすが王都ですね」
チカ達が言葉を零すのも無理はない。俺だってあまりの光景に言葉が出ないくらいだから。
「ささ、ここにいると後ろの人の邪魔になりますよ。馬商人の所に行きましょうか」
ポーロさんの後に着いて行くと、大きな建物の前に着く。外には馬が沢山繋がれており、商人や冒険者の姿が見える。
「おお!久しぶりじゃないかポーロ!馬を買いに来たのか?」
中に入ると陽気なハゲ頭のおっさんがポーロさんに話しかけてきた。
「こんにちはブラン。今日は私の知人が馬を買いたいと言ってね。連れて来たんだよ」
「お?ありがたいねぇ!それで?そのお前さんの後ろにいる人達かい?」
ブランと呼ばれたおっさんが、俺達を指差す。
「あ、はい。馬を4頭ほど買いたいなと思いまして」
「…ははーん。あんたらは冒険者だな?移動には必要不可欠だもんなぁ」
「ブラン、アルスさん達に相性の良さそうな馬を売ってくれないかい?こうみえても、アルスさん達はかなりの実力者なんだ」
「……へぇー?ポーロが冒険者をさん付けで呼ぶなんて珍しいじゃねえか。…よしわかった!お前さん達が納得出来る馬を見つけてやるよ!」
ブランはメジャーを片手に俺達の元へと向かってくる。
「おい、お前さん達の利き手を教えてくれねーか?あと、可能であるなら体重もだ」
ブランは一人一人に色々と質問していく。武器や戦闘スタイル、挙げ句の果てには痔主までをも聞いてきた。
「…はいはい。なるほどなるほど。ポーロが言うだけの事はあるわな」
険しい表情をしながら、ブランはポーロに言葉を吐く。
「ははは、私は戦闘力なんてわからないけどね。…じゃブラン、私は商談に行くから任せても良いかい?」
「おう!任しとけ!バッチリ見繕ってやるからよ!」
ポーロさんは俺達に滞在する宿を伝えると、そのまま外へと出て行った。
「それじゃ、まずは値段についてだな。お前さん達の予算はいくらだい?」
「予算…。うーん、決まってないんですよねぇ」
「はぁ!?んなら、今いくら持ってるんだい?」
「えっと…かなり持ってます。ちなみに、1番高い馬っていくらぐらいですか?」
「曖昧な返事だな…。俺の店で1番高いのは1,000万Gだな」
金額を聞いて慌てて持ち金を確認する。……うん、余裕で払えるな。
「それじゃ、1番高いのを4頭ください」
「…お前さんどっかの貴族かなんかかい?そんなに金を持っているようには見えねえけどなぁ」
ブランさんは俺達を訝しげに見ていたが、考えがまとまったのか溜め息とともに口を開く。
「…まぁ、予算はたっぷりあるという事だな。ああ、それと言い忘れていたがウチでは『馬』が主人を選ぶんだ。とりあえず、お前さん達に相性が良さそうな馬を案内するからよ、着いてきてくれ」
ブランさんの後を着いて行くと、室内に草原のような広さが広がっていた。
「これは…?この店ってこんなに広かったか?」
「驚いたか?これはな、俺の知り合いの魔術師に頼んで『空間魔法』を使っているのさ。すげー金は取られちまったけどよ、かなり便利なのさ」
空間魔法という存在に興味をそそられたが、ブランは説明出来なさそうだし詳しい人に聞く事にしよう。
「さぁーて、まずはそこの金髪エルフのねーちゃんだ。どの馬とも相性良さそうだけど、気品がある馬の方がいいだろうな」
と言いながらブランは目当ての馬まで俺達を連れて行く。
「コイツだ。まだ若いんだけど血統は申し分ねぇぜ。ねーちゃん、コイツと挨拶してみな」
チカが馬の前に立ち、目を合わせる。うっすらと笑みを浮かべるとそのまま頭を撫でる。
「お!やっぱり思った通りだな。コイツもねーちゃんを気に入ったようだぜ!」
ブルルっと鳴きながら、気持ち良さそうに目を瞑っている。
「あとは名前を付けるだけだな。ちゃんと愛着が湧く名前をつけてくれよ!」
チカは頭を撫でながら幸せそうに微笑んでいる。すると、馬の横に立ち華麗に乗馬する。
「…おっどろいたな。馬具も無しに軽やかに乗れるなんて…」
「この子が乗っていいよって言ってくれましたから」
「…はぁ?馬と喋れるなんざ……いや、エルフだからか?森の妖精ならば意思疎通を図る事は出来るんだろうな…」
ぶつぶつと自分の世界に入っていたブランだったが、気を取り直して次の馬を紹介してくれる。
「次はそこの露出の激しいねーちゃんだ。近接戦闘が多いって事だし、多少気が荒い方が良いだろうな」
今度は林の中へと入って行く。湖が広がる場所に着くとお目当ての馬がいたようだ。
「お、アレだ。あいつは少しじゃじゃ馬でね、実力が無いと乗りこなせないんだよ。けど、ねーちゃんの実力なら言う事聞くと思うぜ」
「ブランさん、チカ達の実力って分かるんですか?」
「ああ?あたりめーよ!俺は元冒険者でC+ランクだったんだぜ?おめーさんたちの強さぐらい分かるさ。……まぁ、金を持ってるかどうかは分からんけどな」
通りで俺達を調べる時の目付きが怖かった訳か。しれっと実力を確認してたんだな。
「さて、さっきのねーちゃんみたいに挨拶をしてくれ。…おっと、今回はねーちゃん1人であいつの所に向かってくれ。もし、暴れるようだったら少し睨みをきかせてやれ」
ローリィはブランに言われるがまま、馬の所に行く。ローリィが近付いて来るのを馬は警戒し鳴き始める。
「こんにちは!良い天気だね!」
…ローリィ。馬には言葉伝わんねぇよ……。
「早速だけど、あたしの物になってよ!あたしは君の事凄く気に入ったよ!」
満面の笑みで馬へ近づくローリィ。馬の警戒はさらに上がったようだ。
「大丈夫!あたしの物になれば危害は加えないよ!…ならなかったら少し実力差を教えるけど」
ここからは見えないが、ローリィは馬に対して何かをしたようだ。素人の俺でも分かる鳴き声が遠くから聞こえた。
「えへへ!どうやらあたしを認めてくれたようだね!」
チカの大声が聞こえ、颯爽と馬に乗り俺達の元へと戻ってくる。
「ご主人様ぁー!ただいま!この子あたしの事認めてくれたよー!」
「おかえり!…ちゃんと優しく接してやれよ?」
「もちろんだよー!ねー?『アル』!」
アルと呼ばれると馬は嬉しそう?に鳴いていた。
「お?もう名前付けたのか。早いなー」
「この子女の子だから、可愛い名前がいいと思って!」
「……たまげたなぁ。ねーちゃん、よく雌ってわかったな」
「この子が教えてくれたよ?でも、この子凄いおじょーさまなんだね!言葉遣いが凄いよ!!」
「え?そうなんですか?」
「……いやいやいや。なんでわかるんだ?確かにそいつは貴族の所から引き取った馬だけどよ…」
「教えてくれたって言ったじゃーん!」
ローリィの言葉にブランは頭を抱える。……ブランさん、理屈で考えるのは無理ですよ。
「うん、まぁいいや。気を取り直して次行こう、次」
開き直ったブランさんは、乾いた笑いを漏らしながら林の中から出る。ちょうど目の前の草原で走っている馬が目に入った。