第028話
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刻は戻り、チカ達が森に着いた頃。熱にうなされているアルスをクリスは熱心に看病していた。
「すごい熱ね…。汗も多いし着替えさせないと」
部屋のタンスを開け、下着を探すが見当たらない。部屋を満遍なく探したのだが、結局下着類は一切見つからなかった。
「…なんでないの??普通はあるはずでしょ!」
無い物は仕方ないと、クリスは考え宿の店員を呼ぶ。そのまま下着とタオルを買ってきて欲しいと伝える。お金は後払いという形にしておいた。
「…まぁ、私が払ってもいいんだけどね。後から請求されたら変な目で見られそうだし」
気分を切り替え、クリスは額のタオルを変える。冷たかったであろう水も、アルスの体温によって温くなっていた。
「後で水も変えてもらわなくちゃ。…なんで私が見ず知らずの人の看病しなくちゃいけないのよ!」
程なくして、ドアをノックする音が聞こえた。ドアを開けると、先程お願いをした店員がいた。
「ありがとうございます」
早速、クリスはアルスを着替えさせる事にした。掛け布団をめくると、ムワッとした空気が部屋に漂う。
「あちゃー。やっぱりビチョ濡れじゃない」
アルスの上半身を起こし、肌着を脱がせる。この時にクリスはマジマジとアルスを見つめる。
(…案外若いのね。私と同じぐらいの歳かしら?………それにしても、綺麗な顔立ちね)
普段診察する時には、色々な人の上半身を見ている。それについて何も思わないのだが、少し異性としてアルスを見てしまった事で、照れが生じた。
(ばっ、クリス!しっかりしなさい!何を照れてるのよ!!それはいつも見ている光景じゃない!)
一度意識してしまった事は取り消せない。クリスは少し顔を赤らめながら、無事肌着を脱がすことが出来た。
「…後はカラダを拭くだけね。……平常心、平常心!」
新品のタオルを手に取り、背中、腕、首元と拭いていく。
「…それにしても凄いカラダね。胸板もしっかり厚いし、筋肉質なのね」
クリスの手が自然にアルスの胸元へと向かう。冷たい感触が分かったのか定かでは無いが、アルスが小さく「んっ…」と反応する。
「あわわわわわわ。ち、違うんです!!」
慌てて手を退けるが、アルスが起きた気配は無い。急いで上半身を拭き、肌着を着せる。
「…何してんの私!!これじゃ、変態みたいじゃない!」
誰が見ても分かるほど顔を赤くしたクリスが叫ぶ。
「……落ち着いて。これはただの看病。…そう、看病なのよ!」
意味が分からない事を呟くと、優しくアルスを寝かせる。
「…後はパ、パンツを着替えさせなきゃ…」
ゴクリと唾を飲み込むクリス。何故そうしたのかは分からないが、おそるおそる下半身部分の布団をめくる。
「…………こ、これは!?」
クリスの目はある一点に集中していた。視線を辿ると丁度腰の辺りをじっくりと見ている。
クリスはゆっくりと優しく、恋人に触れるように手を伸ばす。そして、アルスの下着-ボクサーパンツ-を少しズラす。
「…生々しいわ。話に聞いていたのと違う…」
クリスはそっとソコに触れる。またもや冷たい感触がしたアルスがビクッと反応する。
「…『聖痕』。勇者の血筋か…」
クリスが触れている部分、腰の辺りに痣のようなモノがある。一見単なる痣にしか見えないのだが、クリスには違う物に見えたようだ。
「……一度聞いた方が良いかもしれないわね」
結局、クリスは着替えさせる事なく布団をかける。そして、これからしなくてはいけない事に少し憂鬱になる。
「…はぁ。めんどくさいなぁ…」
すやすやと眠るアルスに少しだけクリスは怒りを覚える。
「あなたのせいでめんどくさい事になったのに、こんな安らかな寝顔をしちゃって!」
乱暴に額のタオルを変える。そして、水を変える為部屋から出ていくのであった。
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「う……ううん……」
「あ!チカちゃん!ご主人様目を覚ましたみたいだよ!」
「アルス様っ!」
「マスター!」
「う、ううん……。……あれ?どうしたのみんな?」
からだがとてもだるい。まばたきするのがおっくうだ。
「体調はどうですか?」
なんだか知らない人が俺にたずねてくる。
「だ…だれ?たい調?」
「あなたは砂漠病にかかり丸2日寝込んでたんですよ」
さばくびょう…?ああ、俺そういえば体調崩してたな。
「マスター。まず水分補給して」
ナナが俺に水を渡してくれる。喉が渇いていたのか、とても甘く感じる。
「……ふぅ。あー…体が重い…」
「無理も無いですよ。ずっと高熱が続いてましたから」
「……ナナ、この人は?」
「クリス。街の医者。マスターの看病をしてくれた」
「ああ、お医者様か…。ありがとうございます」
「いえいえ、これも仕事ですから」
どうやら、この人はクリスと言うらしい。見た目は凄い幼いけど、自己主張している部分が女性と分かる。
「チカさん達があなたの為に、マンドラゴラを取りに行ってくれましたよ。お礼を言ってあげてください」
「そうなんだ…。チカ、ナナ、ローリィ。ありがとうな」
「アルス様の為ですからっ」
「大事な人の為だから感謝しなくていい」
「えへへっ!」
「それと…クリス先生も看病してくださってありがとうございます」
「仕事ですから」
ある程度喋っていたら意識がはっきりしてきた。そして、違和感を感じる。
「…あれ?俺下着とか変えたかな?」
「変えてないですよ?」
「自分で変えたとか?」
「あたしはしてないよー!」
「うーん…こんな服持ってなかったんだよなぁ。寝ぼけて自分で着替えたのかな?」
肌着を見ながら呟くと、何故か目を泳がせているクリスが目に入った。……ん?どうしたんだろ?
「クリス先生どうーー
「私、新品の肌着に着替えさせたりしてませんよっ!!!!」
クリスの鬼気迫る表情に言葉を失う。……でもさ、『新品』って言ったよね?
「……クリス先生、ちょっとこちらへ」
「話がある」
「ここじゃ狭いから外に行こうかー」
チカ達が冷たい目をしながら、クリスを連れて部屋から出ていく。何が起きたのかわからないが、話しかける事は出来なかった。
「あー、なんかパンツがめちゃくちゃ濡れてる気がする…。今のうちに着替えとくか」
ご丁寧に枕元の机にパンツが置いてあった。それに着替えた後、履いていたものはリストに入れておく。
「ふふっ…。『アルスのパンツ』って。そのまんまじゃねーか」
説明文には、『汗でびちょびちょ。少し臭う』と書いてあった。…そら臭うわ!しゃーねーだろ!
後で捨てると決めた時、チカ達が涙目のクリスを連れて戻ってきた。
「おう、お帰り……って、クリス先生どうしたの?」
「その…なんと言いますか…」
「私達の許可なしに勝手に着替えさせたので、少し話し合いをしてました」
「マスターの裸はボク達も見た事ないのに」
「密室で2人っきりだったからね!」
……ああ、そういう話をしたのね。別にお医者さんだし、良くね?
「はぁ…。クリス先生、すみません」
「い、いえ!!私が勝手にしちゃったので…」
「お前らも!やましい事してないんだし、そこまで目くじら立てなくてもいいだろー?」
「…マスター。クリスはあろうことかパンツまで脱がそうとした」
「え?…まぁ、そりゃあ汗かいてるんだし仕方なくね?」
「それに、アルス様の、その…、む、胸の部分に触れたらしいんです!!」
「…汗拭いてくれたんだろ?普通じゃないか?」
「むぅー…。ご主人様の看病はあたし達がしたかったの!!!」
ああっ、そういう事ね!世話をしたかったって事か。
「まぁ…クリス先生もわざとした訳じゃ無いんだし、仕方ないんだよ。…クリス先生、ホントすいません…」
「い、いえ!…でも勝手にしたのは事実ですし…」
「看病してもらったんですから、勝手とか関係無いですよ。…ありがとうございました。助かりましたよ」
「そ、それじゃ、私はそろそろ診療所へ帰りますねっ!…あ、診療費は後日伝えますね!!」
そう言うと、クリス先生は慌ただしく部屋から出て行った。その様子に呆気にとられながらも、俺は腹が減っていることに気づいた。
「…お腹減ったな。なんか食べに行くか」
「病み上がりですよ?大丈夫ですか…?」
「うーん…。そんなにガッツリ食べなきゃ大丈夫だと思う」
「ならいいですけど…」
「ご主人様ー!何食べるのー?」
「ローリィ達が食べたいのでいいよ。…あ、ドーンの紹介してもらった食堂にでも行くか!」
「さんせーっ!!」
いつもの格好に着替えた俺は、チカ達と一緒に食堂へ向かった。一階に降りると、店員から『下着代を後でお支払い下さい』と言われた。…多分、クリス先生が頼んだんだと思う。チカ達はそういうのまだ出来なさそうだし。
丸2日寝込んだ体は思ったよりも重いものだった。なんていうか、地面に引っ張られている感じがする。
チカ達が気を遣ってゆっくり歩いてくれる。色々と俺が寝ている間に起きた話をしながら、食堂へと向かうのであった。
アルスは知らない。運命の歯車が噛み合ってしまった事に。酷く残酷で、絶望しか待ち受けていない歯車なのかは神のみしか知らない。
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