Part 1 獅子と梅雨
はじめまして!
高校の時に友達にしか共有してなかったものを、ここで投稿してみようと思います。
青春が好きなだけなんです。
良かったらよろしくお願いします(__)
もう、なにも上手くいく気がしなかった。
「ついてねぇー」
一週間前、その日に出さなきゃ評価1になる課題を、必死に終わらせたのに家に忘れた。
提出物の大切さを長々と説明され、課題は倍に。
3日前、部活のレギュラーを決める校内戦でスモールフォワードなのに無得点。
顧問激怒。次の日、入ったばかりの1年と交代でレギュラーから外された。
昨日、親が久しぶりに夫婦喧嘩して家が気まずい。
機嫌悪くてで小遣いもらえず、文無し。
「可愛いもんな、優衣ちゃん」
そして今日、期末試験終わりで寝不足のオレ。
汗が染み込んで少し重くなったタオルを、くしゃくしゃに伸ばしてはロールケーキのようにくるめる。
『funky night !!』と派手な色使いが気に入っていたフォントにさえ、今はしゃくにさわってしまう。
「こないだ、写真部の人にモデル頼まれてたとこ見た」
「…ついてねぇ」
「あれでギターも弾けるらしいよ。やばくね」
「……つ、い、て、ね、え!」
「しかも元カレはあのコワモテ宮田先輩!あ、今日のもまた野球部じゃねーの?まさかの?」
お前うるせぇんだよ! 俺は脱いだバッシュを目の前の平べったい背中に向けて投げつける。
立て続けに降り注ぐ不運に、オレはもう我慢ならなかった。
悪いことがあった分、良いことあるなんて言ったの誰だよ。
もう、何もかも限界だった。
「うわっぶね。お前のバッシュ臭ぇんだよ」
ひょいっ、とあっさり避けた湊が、ゴール前でボールを弾ませながらへらへらと笑っている。
「避けんなアホ!」 オレ、そうとうまいっちゃってるなって思う頃には、もう今ならなんにでも八つ当たりできる自信があった。
口広げて叫ぶたび、上唇の裏にできた口内炎がピリリと痛む。
校内戦でパス取り損ねてボールを口にぶつけたそこは、次の日には三日月のような形に腫れ上がっていた。
それがまたオレを苛立たせる。
湊が後ろを向いてる間に、もうかたっぽのバッシュを投げる。
「やめろマジでそれ痛てぇから!」 直撃してボールを落とした湊の叫び声に、奥のコートを使う三年生たちが驚いてこっちを見た。
イライラするぐらいじめじめした6月は、音もなくじんわりと日々の活力を削っていく。
しとしとと遠慮がちに雨が降ったり止んだりの毎日で、校内の雰囲気は湿ってどんよりとしている。
それでもいつものように早弁したオレたちは、余った休み時間を使ってバスケをしていた。
次の授業は移動だった気がするけど、湊と叫び合ってるうちにどうでもよくなってくる。
「それよりさー、聞いて聞いて。昨日またあっちが写真送ってくれたんよ。いい服見つけちゃったって」
しゅっ、と湊が打ったボールが、綺麗に弧を描いてゴールネットに吸い込まれる。
オレより数センチ背が高い湊は、それだけでバスケが似合って見える。
「あーあーのろけうぜぇ」
オレはレイアップを外すたびに優衣ちゃんのことをぼやき、湊はスリーポイントを決めるたびに遠距離恋愛中の女の話をする。
この時間が二人の近況報告場になったのは、昼休みに体育館が使えると知ったつい最近のことだ。
ここによくいるのは、ずっと前から使えることを知ってて、同じように早弁したのであろう3年の先輩たち数人と、反面のハーフコート使ってだらだらボールを弾ませるオレたちだけだ。
「つかさぁ」
あー? 湊がこっちを向かずに返事する。
「ギターやってんの、知ってたし。新入生歓迎会出てたじゃん。弾き語りで」
「優衣ちゃんが?俺部活やってないから見てなーい」
「帰れ帰宅部」
オレは靴下でスルスルと滑りながら、湊に壇上へふっ飛ばされたバッシュを取りに行く。
あの日の優ちゃん、ホント可愛いかったなぁ。
最初マイク入ってなくてあたふたしてたとことか、去り際にぺこって頭下げたとことか。
オレは折り畳み式の階段をガタガタと上がりながら、このステージで綺麗な歌声を披露した優衣ちゃんのことを思い浮かべる。
そりゃモテるよ。男たくさん寄るよ。
分かってたけど、だからってオレは、あんな場面見たくなかった。
「まぁなに、いいじゃんもう優衣ちゃんは。こないだまで騒いでた女バレの先輩どーしたんだよ」
「それはそれ。これはこれ」
だってあの先輩、ラインでオレのこと全然相手してくんねーもん。
「先輩も優衣ちゃんもさぁ、だいたい部活も違うし学年も違うんだから接点ねぇじゃん」
遠くで、ボールを指先で回している湊が言う。
オレが1個下の野球部マネージャーの優衣ちゃんを気になり始めて早1ヶ月。
今朝、通学路で優衣ちゃんの隣にいた男は、湊が言う野球部じゃなくて、サッカー部だった。
つかあれ隣のクラスのやつだ。
ちょっと天然入ってて、でもハキハキとした笑顔の眩しい優衣ちゃんのことは、とうとうオレらの学年にも密かに知れ渡ってしまったらしい。
「接点あるし!委員会同じだし!文化祭実行しちゃうし!」
「文化祭なんてまだまだじゃん。マネージャーは毎日部員と会ってんだぞぉー」
拾ったバッシュをもう一度投げつけてやろうかと考えてるうちに、なんだか空しくなって、そっと靴入れにしまう。
今朝のあいつ、自分の肩濡らしてまでちゃんと傘に入れてあげてたな。
相合い傘?ふざけんな羨ましい!
二人の間に割って入る勇気もないオレは、その後ろで100均で買ったビニール傘を、独り寂しく畳むことしかできなかった。
回して跳ねた水しぶきに、イライラした。
生徒玄関に立ってた顧問のオレを見る冷めた顔に、2度イライラした。
オレホントについてねぇー。
―――――――――――――――――――――――――――
「オレさぁ」
んー?と、タオルを首にかけた湊が窓を見ながら言う。
体育館のある東棟から教室のある南棟に戻るには、長い通路を歩かなきゃならない。
途中の自販機で買ったアクエリを飲みながら、オレは呟く。
「オレきっと恋愛の神様に気に入られてんだよ。優衣ちゃんに近づけないのは、『おぬしは粋なヤツじゃから、もっとイイ女を用意しちゃる。待っとれぇー』って」
「ソーダネソーダネ」 てきとうな湊の相づちが廊下に響く遠くの生徒たちの足音に混ざる。
よしきぃー次移動だよ! と顔が70点ぐらいの同じクラスの女が呼んでいたから、おうよーっと手を振っとく。
「あ、あれ優衣ちゃんじゃね」
湊が視界の端で呟く。
開けた廊下から外を覗くと、体操着姿の優衣ちゃんが校庭に向かっていくのが見えた。
朝の光景を思い出して、すっと目をそらす。
「見たくないよ。可愛い過ぎ」
「そーかねぇ。確かに可愛いとは思うけど、俺そこまで盛り上がんねぇんだよな」
うるせぇ彼女もち、とけつを蹴る。
でもやっぱり気になってチラリと窓の外を見下ろすと、最初は隣に女友達が1人いただけだったのに、今は周りを4、5人の男子に囲まれていた。
「あ!?なんだよあれ……」
「うわぁーホントにモテるんだな。隣にいた女の子すげぇ空気じゃん」
あーぁー。やってらんね。
オレはあんなふうに、その他大勢の中で必死にあの子を振り向かせようなんてことはできない。
負けの見込みしかない戦いなんて、賭ける意味なんてないんだ。
叶わない片想いなんて、そんなドMになんてなってやるもんか。
それなのに、どうしてまた胸が痛むんだろう。
オレだってモテないわけじゃない。
クラスじゃなにかと騒がしいくて目立つほうだし、運動神経だって悪くない。
誰かが自分を好きらしいって噂も、聞いたことはある。
でもさ、恋愛ってオレ自身が揺れなきゃ意味ないと思うんだよね。
「オレ可愛い子と付き合いたい!インスタに他の奴らが腹立つぐらいイチャイチャした写真投稿したい!青春のABCDかましたいっ!」
ことあるごとに下心丸出しで叫び続けるオレは、いつからかクラスの奴らに『ヒャッハー系のやべぇやつ』とか『救いようのないヤリチン』とか言われている。
高1からそうやってきてるのに、こう見えても彼女ができなくて焦っていることに、誰も気づかない。
今、隣で横を歩く湊だけが、いつだってオレの青春の相棒だった。
オレ、ホントにこのままでいいのかな、と真剣に相談したのも、湊が始めてだった。
「なぁーヤっさん誘って土曜カラオケ行かね?」
「ざけんな来週期末考査だわ」
ですよねまた赤点がぁぁ、と項垂れるオレの肩を、湊はばしっと強く叩いた。
「部活、ちゃんと行けよな」
「んでだよだりぃー」
「2組の原野さん、けっこう可愛いらしいよ。女テニだから体育館から見てみ」
こいつは、やっぱいいやつだ。
気まぐれで気分屋なオレのことを理解してくれるのは、ホントにこいつぐらいなんじゃないかと思う。
だからオレよりも早く彼女作れるし、オレよりも上手く青春してるんだろうなって、時々思う。
じゃーな、とタオルを翻して自分のクラスに戻っていった湊の背中をぼーっと見送った。
なんかいいことないかな、そろそろ。
◇
To be continued
◎ 宮園 由城 ― みやぞの よしき
△ 湊 ― みなと
▼ 優衣 ― ゆいちゃん
読んでいただきありがとうございます!
続きもいつか出そうと思うのでよろしくお願いします(__)