prolog
この国で一番大きな山、ツェルブリン山脈。
その麓の街に一人の男児が産まれた。
産声を上げて暫く、今はこの世の穢れなど知らぬように、幸せそうに眠っている。
ある地方の表現に、『玉のよう』というものがある。宝玉のように美しく可愛らしいという意味合いだ。この赤ん坊も正しく『玉のような』赤ん坊であった。
………………それも、普通であればの話だが。
街の地元の人々は、多少の差違はあれど総じて栗色の毛と黒褐色の瞳を持つ。しかし赤ん坊はというと、真っ白な毛と真っ赤な瞳、そして雪のように白い肌を持って産まれて来たのだ。
そんな前例はこの街には勿論ある筈もなく、親にも直ぐに『おぞましい鬼の子』と忌み嫌われた。
そんな鬼子でも、可愛がってくれる奇特な者も居た。
鬼子を取り上げた産婆と乳母、そして一人の若い執事である。
鬼子の産みの親はこの街の領主夫妻だ。
その住居は中々に立派な物で、屋敷と言っても良いくらいの物であった。屋敷の中にも手伝いの者も幾らか居り、そこそこ裕福な暮らしが出来ていた。
領主夫妻は、初めは直ぐにでも殺してしまおうと恐怖の籠った目で産婆に命令を下した。
しかし産婆達は、
「もしそんな事がバレれば、街の者からの風聞が悪くなります。既に身籠っていたことは世間に知れておりますので、この子は未熟児であり身体が弱いからと隔離して公開を避けましょう。その間にもう1人子を産んで、その子を長子とすれば良いのです。」
と夫妻を諭して鬼子を殺す事を阻止した。
そして翌年、夫妻に長子が産まれた。
栗色の癖毛の男児だ。
領主夫妻はその子を大層可愛がり、鬼子の事など忘れていった。
鬼子はと言えば、実の親からの愛情は一切無かったものの、産婆や乳母、執事達にしっかりと世話をしてもらい、10の年になるまで屋敷の地下で育てられていたのであった。