7話 快進撃
7話です。
エルシオは、ふと立ち止まった。
ターゲットが粉をかけずとも、自ら立ち上がったからだ。
落としたたませんを拾い上げ、悲しそうに見つめる少女。
何かを決心したように顔を上げ、カップルの方へ走り出す。
「粉なんて、必要なのかしらね」
楓の横でそう言い放ったエフィルロの目は、どこか寂しげだった。
ーーーーーーーーーーーー粉なんて必要ない。
他人の幸せの影響で、自分が不幸になってしまうことは、楓の人生のうちでも多々あった。
一つ一つ思い出せはしない。だが、確かにあった。
それでも、その度に乗り越えたはずだ。
例えその殆どが粉のお陰だとしても、今走り出した少女のように、強い人間もいる。
粉が無くても、自分で立ち上がる事が出来る人間がいるのだ。
粉なんて必要なのか。そうエフィルロは言った。
生きていた頃はそんな施しを受けている事など知らなかった。
全ての幸せは自分の努力だと、そう思っていた。
運がいい時は、日頃の行いがいいと感じていた。
何かを達成した時は、自分の努力を評価し、達成感に満ちていた。
ーーーーーーーーーーーーそれが、全部粉のお陰だとしたら。
粉は必要。だが、それはとても悲しい事だ。
本当に自分で努力して、自らの力で幸せを掴んだ人間がいたとしても、粉をかけられた事に変わりはないからだ。
「まって!!!」
カップルの元へ追いついた少女は、呼吸を整えながら叫ぶ。
返事はない。しかし振り向いてはいた。
呆れたような目をした男は無言のまま、呼び止めた少女の方を見ている。
小声で手を繋いだ2人は嘲るように笑っている。
「いつか、いつか見返してやるから! もっともっと可愛くなって・・・・・・あんたが私を捨てたこと、後悔させてやるから!」
そう言い放った少女の目は輝いている。
涙が輝いている様だが、その涙は、悲しみや苦しみで流れた涙ではない。
これからの人生に希望を抱き、悲しみを振り切ったその目に溢れた涙は、逞しく立ち振る舞う少女の声を強くする。
返事はないが、嘲るのをやめ、言葉を失くしたカップルに背を向け、少女は歩き出す。
そんな少女に、エルシオは粉をかけた。
例え嫌いでも、仕事だからと嫌々幸せを振りまいている。と、思うことも出来る。
口では確かに、人間が嫌いだと言っていた。
だが、実際は違う。
理由はどうであれ、心のどこかで人間のことを好きでいるはずだ。
そうでなければ、あんなに嬉しそうな顔で、幸せを与えられるはずが無い。
遠目でもわかるエルシオの笑顔は、先程のカップルの嘲るような笑いとは違う。
正真正銘、少女の発言と勇気を喜んでいる笑顔だ。
粉をかけ終わったエルシオが、楓達の方へ戻ってくる。
あの少女がこれからどうなるかはわからないが、幸せである事は確かだと感じた。
たませんのお店に再び並んだ時、もう1枚おまけで貰っていたからだ。
きっと、たませんを落としてしまったのを店主が見ていたのだろう。
2枚のたませんを幸せそうに手に持つ少女を見て楓の頬は思わず緩む。
ーーーーーーーーーーーー粉は必要か・・・・・・
楓の中で、答えは既に出ていた。
必要だ。例え自分で幸せを掴めるとしても、必要なのだ。
粉を追加でかけられるのは、不幸を受けた人間だけだ。
そんな、不幸を受けた人間達のために、粉は必要なのだ。
ただただ幸せになるためではない。
いじめられていた女の子を思い出す。
先程の少女を思い出す。
そんな人間達のこれからのために、
そんな人間達のこれからのチャンスを作るために必要なのだ。
「頑張れよ・・・・・・」
快進撃はここからだ。
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「じゃ、帰ろうか!」
そう言ったエフィルロは天界へ続くゲートを開く。
その直後、胸を揺らすほどの轟音が辺り一面に鳴り響いた。
「な、なな何なのですか!?」
驚きの余り尻餅をつくエルシオと、そんなエルシオに手を貸すエフィルロはその音源を確かめ目を輝かせた。
辺りも暗くなり、月が綺麗な夜空に向かって、花火が打ち上げられ始めていた。
「星域見たいなのです・・・・・・」
星域、以前エフィルロから名前だけは聞いたことがあるが、具体的な位置や内容は聞いていない。が、名前の通り、美しい景色が見られるのだろう。
次々と打ち上げられる花火を、屋台の上と言う特等席から見上げる。
3人で並んで見る花火。打ち上がる度に鳴り響く音が、楓の心臓に突き刺さる。
そして、呼び覚まされた記憶が、頭の中を刺激する。
「ゔっ・・・・・・」
楓の頭の中を、ズッシリとした鈍い痛みが襲う。
あの、花火の夜・・・・・・
ーーーーーーーーーーーー誰、だ・・・・・・?
楓の脳裏に浮かぶ、誰かとの会話。
思い出せない。誰と会話しているのか、そこがどこなのか。周りの風景すらわからない。
ただひたすらに暗い空間で、一人の男が声を発する。
『やっちまった、はやく・・・・・・お前・・・・・・』
ーーーーーーーーーーーーお前って、俺の事か・・・・・・?
ーーーーーーーーーーーーやっちまった? 何をだ? 誰の発言だ? 父さんか?
「ぁあああああああ!!!」
その声の主、その発言の意味、それらを思い出そうとする度に発生する激痛が、楓の頭を粉砕するかのように襲いかかる。
先程まで聞こえていた花火の音や、隣にいたはずの天使二人の声は、今の楓には届かない。
激しい頭痛に苦しまされながらも、霞んでいく記憶に必死でしがみつく。
ーーーーーーーーーーーーまた、何もわからず終わるのか・・・・・・
意識が朦朧とする中、気絶寸前のそのタイミングで、またしても男の声が聞こえた。
『俺は・・・・・・俺のせいじゃ・・・・・・ない』
言葉が途切れ途切れになり、理解が難しいが、大体の内容は掴める。
しかし、今の楓に内容を理解している余裕はない。
「・・・・・・誰だ、ゔっ・・・・・・ぁぁぁあ!!」
絶え間なく続く頭痛に、耐えることが出来ない。
限界が近づく。
誰だ。誰だ。誰だ。
焦りが見え始め、額から汗がこぼれる。
「く・・・・・・そっ・・・・・・」
唇を噛み締め、頭を抱えた楓。
全身から力が抜ける。力んでいたはずの筋肉も緩まる。
突如訪れた頭痛に耐えられず、瞳を閉じる。
そして、
声の主の正体は掴めないまま、楓の意識は途切れた。
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「楓!! かーえーで!!」
この感触。この視界。この気持ちよさ。
間違いない。
これは・・・・・・
膝枕。
「楓くん、大丈夫なのですか?」
エフィルロの声で起きはしたが、
エルシオの顔が目の前にあることから、この枕はエルシオの膝であろう。
2回目とは言え、恥ずかしい気持ちや動揺が生まれたが、御褒美であることに間違いはない。
「俺は・・・・・・寝てた?」
「寝てたと言うよりは、倒れたのです。屋台の上で急に苦しみ始めて何事かと思ったのです」
エルシオの説明を聞いた後、体を起こした楓はぐるりと周りを見渡す。
屋台の上から見る景色は、先程とは変わり果てていた。
周りは既にあかりはなく、人気もなかった。
楽しかったはずの祭りが終わった後の虚無感に浸りながら、楓は上を見上げた。
「ごめんね、楓」
悲しそうな瞳で謝るエフィルロ。
父のことを思い出す時、楓の心を襲う感情。今のエフィルロの瞳から、それに似た感情が、ひしひしと伝わってくる。
「え? いや、なんの事だ?」
「え、えっと・・・・・・いや、花火が苦手なのかなって」
「いや、そうじゃないんだ。心配かけてごめんな」
頭痛は治まったものの、肝心の記憶の整理が出来ていない。
記憶の中で話していた人物は誰なのか。
あの花火の夜、一体何が起きたのか。
真相を掴むため、記憶の中を探っては見るが何も思い出せない。
「本当に大丈夫なのですか? 顔色が悪いのです」
大丈夫。そう答えた楓の中に残った父の死んだ時の記憶。
少しずつ戻りつつある記憶の中で、ある一つの感情だけが楓の心の中に常にあった。
今回思い出せた記憶を思い返す中で、やはり一つ、出処のわからない感情が楓の心へ襲いかかる。先程、エフィルロの目から感じたものと、おそらく変わりないだろう。
罪悪感。
そんな迷子の感情を胸に、今はただ、夜空を見上げることしか出来なかった。
ーーーーーーん? なんでエフィルロに罪悪感が?
「花火の写真を撮ったのです!」
夜空を見上げ感慨にふけていると、エルシオが場を和ませるためか、元気な様子で話し出した。
「楓も、最後までちゃんと花火見られれば良かったのにね」
「んまあ、しゃーねえな。またらい」
また来年。そう言いかけて言葉が詰まる。
このまま人間に幸せを与え続けていれば、必然的に楓のポイントは溜まっていく。
ーーーーーーーーーーーー来年まで、俺はこいつらと、一緒にいられるのかな・・・・・・
「また来年、楓はいないかもだけど・・・・・・もし、もしまだ私達と一緒にいたら、また見に来ましょうよ!」
楓に微笑みかけながら話すエフィルロ。
その顔はどこか切なく、寂しさが滲み出ていた。
生まれ変わったら、エフィルロやエルシオとの記憶は消えてしまう。
こうやって花火を見る約束をしたことも、忘れてしまう。
「あぁ。もちろんだ。俺はそんな優秀じゃねーし、仕事も早いほうじゃない。一年でポイント貯めるなんてできやしねーよ」
そんな楓の自虐を聞き、ふたりの天使は微笑。
「なら、楓くんが来年もいることは確定ですね!」
嬉しそうにそう言い放ったエルシオだが、少し寂しさが出ているのはエフィルロとおなじだ。
いつからこんなにも仲が良くなってしまったのだろうか。
離れたくない。そんな思いが楓の中で生まれてしまう。
ーーーーーーーーーーーーさっさとポイント貯めて、生まれ変わるんじゃ無かったのかよ、俺・・・・・・
はやくポイントを貯めて生まれ変わる。そんな目標は、すでに楓の中にはなかった。
今楓が目指す事は、自身の父親を思い出すこと。
そして、
時間制限のあるこの世界で、どれだけ幸せに過ごすか。
無常のまま時を過ごし、家に帰る毎日。そんな日々は、この世界に来てから変わった。
笑って、泣いて、怒って、楽しんで、また笑って。やっと出来た友達と、ともに過ごせる毎日が幸せで仕方なかった。
それも全て、目の前の二人の天使のお陰だ。
自分がいなくなることを悲しんでくれる友達がいるだけで、今の楓は幸せだった。
そんな日々が、永遠に続いてほしい。そう、本気で思った。
エフィルロは、今度こそ帰るよとゲートを開く。
「帰ったら鍋パだな!」
「やっと元気になったのですね! では、鍋の準備をするのです!」
「ま、まって! それじゃあ具材を買ってこないと・・・・・・」
「オゴーメを入れたいのです!!」
「鍋にオゴーメは合わないわよ!」
そんな、ふたりの天使の言い合いに、楓は思わず口元が緩む。
今ここにいる幸せを、心の底で噛み締めた楓は、開いたゲートへふたりの天使に続いて飛び込んだ。
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