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翼のない俺達に幸せの粉を!!  作者: まろ爺
第1章 0からのスタート
7/19

6話 たません

6話です




気がついたらそこは、見慣れたあの正方形の部屋だった。

やっと戻ってきたと安堵する楓。

しかし、見慣れない光景が目の前に広がっていることに気がつき思わずはっとする。



「おかえりなさーい! 早く楓も食べなよぉ!!」



「なんで鍋パしてんだよぉ!!!!!!!」







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




帰ってきて早々、渾身のツッコミをかました楓は、以前はなかった、中心にある鍋の置かれた正方形の机の1辺の外側に座り込む。

目の前に置かれた鍋を見ても食欲はないが、久しぶりに食べ物を口にしようと、菜箸で鍋の中の肉を取ろうとする。



「それ、私が食べようとしていたのです」



「なんでお前もいるんだよ!!」



本日2度目のツッコミの相手は楓の座った一辺と直角に伸びた1辺にぐったりと座っているエルシオだった。



「やっぱり、人数が多い方が楽しいわね~」




「そうですね。まあ、増えたといってもこんな男ですが」




「おい、喧嘩売ってるのか? 増えたって、増えたのはお前だろう」




「先に喧嘩を売ったのはそちらですが、先にここに居たのは私なのです! あと、食べ物の恨みは怖いですよ」


「先に居たって・・・・・・」


「そうよ! エルシオの方が先にここに遊びに来るようになったんだから! 増えたのは楓よ」




「俺は遊びに来てんじゃねえぇえええ!!」




そんな、たわいのない会話を繰り広げているうちに、今回の仕事の話に入る。



「そういえば、ちゃんと古田千恵ちゃんに魔法の粉かけてきた?」



あぁと、エルシオと目を見合わせてから楓は頷く。

壺をエフィルロに返した楓は、ポイントはどれぐらい溜まったのかとエフィルロに問おうとしたが、たった1回の仕事だ、ほんの少しだろうと自己解決し、問う質問を変える。



「なぁ、面接の仕事の方は大丈夫なのかよ」



「だから、楓がいる間は面接はやらないわよ!」



本当にお人好しのやつだ。と、終わらせるのも悪くは無い。

だが、ポイントが十分に貯まるまで、もしくはポイントがたまらないまま3年間過ぎてしまうまで、ここに楓は滞在するのだ。

そんなにも長時間面接をしなくても大丈夫なのだろうか。

そもそも今まで、人間界に行き、人間に粉をかけるという仕事と、面接の仕事を両立することなど、本当に出来ていたのだろうか。

疑念が考える度に溢れてくる。

信じるべきだとわかっているのに、少しおかしな点が多いのだ。

その時、



「まあ、エフィルロの代わりに面接やってくれてる人がいますしね、暫くはか、楓くん・・・・・・の面倒を見るという事になってもいいのです」



いつの間にか、少し照れながらも楓の事を名前で呼ぶようになったエルシオに感激しつつ、楓はエルシオの発言で疑問の種は解消された。

しかし、それはエルシオのナイスフォローであるという可能性もある。

だが、それは考えすぎであり、かつエフィルロに失礼だろうと、疑念を消していく。



「そうだったのか、なら安心かな」



「早くポイント貯めなさいよ?? 少なくとも3年経つまでには、ね」



「わかってるさ。消滅なんてしたくないしな」






目の前にある肉や、白菜、糸こんにゃくなどを食べ、味がして美味しいのを確認すると、まだ生きているのではと錯覚してしまう。

生きていた時に、こうやって家族で鍋を食べた事があったかなと、記憶を呼び覚ました時、今最も聞きたいことがあるのを忘れていた楓はそれを思い出し、エフィルロに向けて口を開く。



「なぁ、フィロは記憶を消す魔法を使う事か出来るのか?」



予想に反した質問だったのか、驚いたような目でお茶を飲みながらこちらを見つめるエフィルロ。先程、美味しいデザートを買ってきますとゲートを開き、部屋から出て行ったエルシオはこの場にはいないが、エルシオはエフィルロが記憶を消す魔法を使えるかもと言っていた。

それが本当なら、




「俺の記憶から父さんの記憶が消えたんだ。いや、別に、フィロを疑ってるとかそういう事じゃ・・・・・・」



自分の言っていることが、エフィルロを傷つけるかもしれないという事を悟った楓は、後半に言葉を付け加える。

少し間が空き、エフィルロは、吸った息を優しく吐くと、楓の質問に答える。



「記憶を消す魔法なんて、私は使えないわ」



そうか、と楓はほっと息をつく。




ーーーーーーーーーーーーじゃあ誰が、何のために・・・・・・



「美味しいケーキ買ってきたのです!」



ありがとう。そう、ゲートから飛び出してきたエルシオに楓は告げる。

その間、エフィルロがどこか暗い表情をしていた事を、楓が察することは無かった。

そんなエフィルロは暗い顔を悟られないようにと、声のトーンを上げ話し出す。



「今度は私も仕事について行こうかな。楽しそうだし!」



「このケーキ上手いな!」



「なんで無視するのよ!!」



顔を赤くして、頬膨らませながら怒鳴るエフィルロに可愛げを感じながら、目の前のケーキに用意されたフォークを刺す楓。

3人での仕事も悪くないかなと、少しばかり思ってしまう楓と、もう既に3人で行くと一人で決めてしまったエフィルロ。

その間に話を聞かずケーキだけに集中しているエルシオを挟みながら、食後のデザートの時間は終了した。




食後、なぜか3人になったこの部屋で、1人の天使はダラダラしながら相変わらず漫画を読んでいた。

もう1人の天使は、カメラで撮った写真を確認し、ニヤついている。






「おい! 俺、すげー暇なんだけど。てか仕事」



「もう、しょうがないわね。これ、一冊貸してあげるから、我慢して。仕事はまだないわよ」



「なんで5巻なんだよ! 貸してくれるのはありがたいけど1巻からにしてくれよ」



「この写真、我ながら綺麗に撮れているのです!」







写真を見せてと言っても、恥ずかしいから嫌と断るエルシオ。

漫画を貸してくれたが、5巻からという新手のイジメを繰り広げるエフィルロ。



そんな、思い出したら頭にくるがニヤついてしまうような日常を体感しながら、眠くなってきた楓はいつの間にか3つに増えていた布団の一番端に入る。


「おやすみ・・・・・・って! エルシオは自分の家に帰らなくていいのかよ!?」


「はい。家に帰っても1人なので」


そうなのか。と、どこか寂しげに話すエルシオに答えた楓は、おやすみと声をかけ、横になる。


「もう寝るのね! 電気消すわよ」



「そうですね。おやすみなさいなのです」



そうして、2人の天使と1人の人間は、眠りについた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー








「起きて! はやく! 仕事よ!」



まだ眠い中、エフィルロに起こされた楓。

仕事だという事で支度し、まだ寝ているエルシオを叩き起こす。


「ちょっとこれ持ってて、あと着替えるからあっち向いてて」


壺を持たされた楓は、開かれたゲートの前で言われた通りふたりの天使の準備を待つ。

まだ目もしっかりと開かないこの状況で、急に仕事というのも辛いものだ。不意に出てしまうあくびは抑える手が追いつかず、大きな口を披露する。

天使でも、ちゃんと服を着替えるところに関心しつつ、やけに遅いエフィルロの支度に少し違和感を感じる。



「なあ、起きたばっかのエルシオは分かるけど、なんでフィロはそんなに支度が遅いんだよ」



「い、いやちょっと待って・・・・・・」



さっきから、何かペラペラと音がする事が気になって仕方がない楓は、思い切って後ろを振り返る。


そこには、二度寝しているエルシオと、漫画をヒソヒソと読んでいるエフィルロの姿があった。



「人待たせておいて何やってんだよぉぉおお!」



怒鳴り声を聞いたエルシオは布団を跳ね上げ起き上がると、寝ぼけているのか、なぜか戦闘態勢に入った。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「はぁ、暑いのです~」



「そう言えば俺が死んだ時は夏休み前だったもんなぁ」



まだお昼だと言うのに、今回たどり着いた場所ではお祭りが開催されていた。

道に沿って、たくさんの屋台が並んでおり、どれも美味しそうだ。

懐かしい雰囲気に心を踊らせつつ、硬すぎる砂利道の上を進む。


「あの子よ! 今回の粉をかける人間は!」


エフィルロが指を指した先には、浴衣を着た高校生ぐらいの女の子が、一人でたませんの屋台の前で並んでいた。

たませんは言葉通り、せんべいを半分に折り、目玉焼きを挟みソースをかける料理だ。

見ているととても美味しそうだが、齧っても歯が折れるだけだ。



その時、アイボーンを見ながら歩いていたエルシオは、人混みは避けていたものの、一人の人間とぶつかり吹き飛ばされる。


吹き飛ばされる・・・・・・




「えぇ・・・・・・なんでそんなに飛んでんだよ」



ツッコミする気も失せる飛距離に、楓は困惑。

エフィルロはすぐさま尻もちをついたエルシオに近づき、手を貸す。


「だから、ながらアイボーンは止めなって言ってたでしょ?」


ながらアイボーンなどという言葉があるのかと関心する楓の前で、エルシオはエフィルロから説教を受けている。



「ごめんなさいなのです。まさか本当にぶつかってしまうとは」



先程ぶつかった人間は、プロレスラーでも相撲とりでもない。ただのお爺さんだ。いかにも弱そうな体つきで、杖を使って歩いていた。

あのお爺さんがひとりの天使。人間界だと中学3年生から高校2年生ぐらいの女の子を、5m弱の距離突き飛ばせるとは到底思えない。


「なあ、今のなんだ? なんであんなに吹っ飛んだんだよ」


「この世界の動いているものに触れると、あれぐらい吹っ飛ばされるわよ。私達が動いていない物体に触ったら、その物体は動かない。でも、私達に向こうからこの世界のものがぶつかってきたら、元々動いているものの動きを制限しないように、私達が吹き飛ばされるのよ! だから楓も気をつけてね! 風とかは大丈夫らしいけど・・・・・・人はアウトね」


長ったらしい説明をしたエフィルロ。いまいちぱっとしない説明だったが、多少は理解出来た楓はうんうんと頷く。


つまり、ボールが飛んできて自分に当たった時、そのボールがその場で止まってしまったら、周りの人間はボールが物凄い動きをしたと捉えてしまう。

それを阻止するため、ボールが通常通り進めるように、自分に当たったとしてもボールは減速せず、代わりに自分がボールに吹き飛ばされるようになっているのだろう。

うむ。多分そうだ。


そんな仮想を膨らませながら、楓は自分で納得。

車に轢かれたら一溜りもないな。そんな事を想像する中で、ある疑問が楓の頭をよぎる。


「あのたません食べたら俺、歯折れちまうよな? だとしたら、もし、今の俺が死ぬぐらいの致命傷をくらったとしたら、俺は死ぬのか?」



「それはわからないのです。楓くんはもう亡くなっているので。でも、亡くなっている人間が、天界の住人になってまた亡くなるなんてことないのではないですか?」



「だよな。じゃあ心臓を剣で突き刺されても、死なないってことか」



「それは、わからないのです。 天使はそれで死んでしまいますが、死んだ人間の場合となると・・・・・・」



「多分普通に死ぬわよ」



たません売り場に人を避けながら近づいていく中、少し前を歩いていたエフィルロが話に入ってきた。


「死ぬって、死んだら俺どうなるんだよ。また天界で面接受けるんじゃないのか?」


「違うわ。楓はもう既に天界の生き物だもの。生まれ変わるまでの扱いはほとんど天使と一緒よ。だから死後も天使と一緒のはず」


「天使の死後って・・・・・・」


「そんなの分からないわよ。楓だって、自分達が死んだらどこへ行くかなんて知らなかったでしょ?」


エフィルロの話した説明は楓を納得させるには十分過ぎる内容だった。


「まあ、天使は自然治癒力が高いからよっぽどの事がない限り死なないけど、人間は分からないわね。頑張って」


「それは脅してんの? それとも心配してんの?」


楓の問いにエフィルロは微笑した後そっぽを向く。その仕草で前者だと感じる。


今度そのよっぽどの事をしてやろうと心に決めたところで、たません売り場に居た女の子を見失ったことに気づく。


「いないんだけど」


「あっちなのです! 早く行くのです!」


人間とぶつからないように屋台の上に登り、並んだ屋台を渡りながら駆ける3人。


やっとの事で、たませんを食べながら歩くターゲットに追いつき、その姿を確認すると、ターゲットは不幸の真っ最中だと言うことに気がつく。


「修羅場だな」


驚いた顔でたませんを落とすターゲットと、その前に立つ、手を繋ぐカップル。

驚いた顔を見たカップルの男の方は、嘲るように、手を繋いだ彼女にこう告げる。


「あ、あいつあいつ、勝手に俺と付き合ってるって思ってたアホ。付き合ってなんかないって言ってんのにさ」


あえて聞こえるように話している男の声を聞き、目に涙を浮かべるターゲット。

笑いながらその場から遠ざかるカップル。

崩れるように膝を曲げ蹲るターゲットを見て、楓は、その子を慰めることが出来ないばかりではなく、立ち上がるために手を貸すことすら出来ないという事に悔しさを感じながら、ただただ見ていることしか出来なかった。



ーーーーーーーーーーーーあれ?


ーーーーーーーーーーーー俺、人間が怖かったんじゃねえのか?


「あの子ね、あんたの言ってた頭痛い子って」


カップルの女の方は、男に便乗して暴言を吐いている。


きっと、あのカップルの女の方は、幸せを与えられたのだろう。

その幸せは、あの男と付き合う事であり、その結果、その時付き合っていた女の子は、捨てられざるを得なかった。

そして、付き合っていたことすら揉み消されてしまったのだ。

その捨てられた女の子が今回のターゲットな訳である。


誰かの幸せの踏み台にされるのは、こんなにも辛い事なのだ。

幸せの粉をかけることで、次もこんな状況に陥る人間が生まれることがあるのだろう。


エルシオは黙ったまま、楓が背負った壺から、粉を決まった分量用意した。


「・・・・・・」


エルシオの表情は憐憫に満ちていて、その目には涙が浮かんでいた。


人間が嫌いだと、少し前に言っていたエルシオと、目の前のエルシオの表情は矛盾していた。



「なんで、嫌いだなんて・・・・・・」


粉をかけるため、ターゲットの元へ向かって歩いていくエルシオを見ながら、楓はそう呟いた。




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