2話 『0』
2話です。
2日連続投稿ですが、宜しくお願い致しますm(__)m
いつの間にか明かりのつけられたその部屋で、かれこれ1時間ほど面接が繰り広げられていた。
「えっとー、とりあえず、ポイントの確認と、コース選択があるわ!」
さっきまで泣いていた事など忘れてしまった今、塾の夏期講習の説明会のようなテンションで、来世のための面接は進められていた。
とりあえず、これまでの面接で、楓は死んだ後、どのような処置を受けるかという事を決めるための面接を受ける目的で、ここに連れてこられたという事は分かった。
しかし・・・・・・
「ポイントとかコース選択ってなんだよ! 死んだ後に何でそんな携帯ショップみたいな対応なんだよ!」
死後初となるツッコミが目の前の天使に炸裂する。
「そ、そんな事言われても~、ホントの事だし? 初ツッコミおめでとうございます」
「まあいいや、とりあえずポイントってなんだ、俺貯めた覚えないぞ。 あと、いくら死んでから初めてだからって何でもかんでも初つければいいみたいな新年の恒例行事やめてくれ」
最初あった時は、とてつもなくコミュ障が発動していたが、長く話していくにつれ、だんだん距離も縮まっていった。敬語だった話し方も、自然と友達のようになり、ツッコミをぶつけるまでになっていた。
生きていた頃はろくに学校で人と話してはいなかったため、コミュニケーション能力は皆無だと思っていたのだが、読書が趣味だったお陰だろうか、ある程度は流暢に話すことが出来ていた。
「えっと、ポイントって言うのは楓の人生で得られたポイントのことを言うの。そのポイントによって来世何になるか、つまり、コースを決められるの。 例えば、ゴミ拾いとか、筆記用具忘れた子にシャーペン貸してあげたりとか、教科書忘れた子に教科書貸してあげたりだとか! そういった小さな良い行いをしてたら、それ毎にポイントが貯まっていくわ! これは大きな良い行いになっていくほど、ポイントが高くなっていくの」
「友人の忘れ物率が高い件はまあいいとして、マイナスポイントとかあるの?」
「いい質問ね! もちろん、マイナスもあるわよ!」
「例えばどんな?」
「道路にガムを吐き捨てたとか、コンビニで万引きしたりだとか、悪さをすると貯まっていたポイントから引かれていくわ。そのぐらいの犯罪ならマイナス10点ぐらい。まあ、その程度の悪事をどれだけしても、引かれるポイントが少なすぎて、地獄に行くことはまず無いわ。
でも・・・・・・人を殺めっちゃった場合はもう地獄行き確定のマイナスは受けてもらうわ」
「なるほどなるほど、ちなみに、良い行いの時はどんな配点なんだ?」
「具体的には決まっていないと聞いてるわ。何が何点かは私達天使でも知らないの」
「んじゃどうやって点数なんてつけるんだよ」
そもそも教科書を貸してあげるような友達なんていなかった楓にとって、誰かのための良い行いなんて、もう何をしたのか覚えていない。
唯一覚えているとしたら、母さんの家事の手伝いと、
死ぬ直前のあれだけだ。
だが、これと言って悪事を働いた覚えもない。
例え点数が出たとしても、悪い点にはならないだろう。
「ちょっと手をここにかざしてみて」
どこから持ってきたのか、いつから彼女が手にしていたのかは分からないが、彼女は楓が手をかざしやすいように、綺麗な手のひらサイズの瑠璃色の水晶を楓の前に持ってきた。
これで点数が見えるのだろう。
「こ、こうか?」
水晶の上にかざした手の下で、水晶が光り出す。青白い光が部屋全体に広がり、幻想的な世界を作り上げている。
「なんかすげーファンタジーの世界にいるみたいなんだけど・・・・・・」
きっと、この世の、いやあっちの世界の男子高校生ならこの状況、とても興奮するに違いない、水晶が光る?天使?美少女?アニメの見すぎだ。
「残念ね、これは現実よ。数値が見えてきたわ」
その現実に興奮と切なさを同時に感じながら水晶を見つめる。
しかし、楓の方向からはその数値を確認する事が出来ない。
仕方が無いと、彼女の表情で高いか低いか判断しようと決め、彼女の顔が明るくなることを期待した楓だったが、フラグを回収する確率は、こっちの世界でも高いようで…
「え、えっと・・・・・・こ、壊れてるのかな?」
「その反応は、低いとしか思えないんだけど、んで実際何ポイント?」
「ぜ、ぜろ・・・・・・」
「ZERO・・・・・・あぁあのニュース番組か、確かにニュースにしたいよな。天使と会えたなんて」
「0ピッタリだなんて、初めてだわ・・・・・・」
0だと分かった時の彼女の反応は、驚いていると言うより、わかっていた上でわざとオーバーにリアクションしているように見えた。
人間観察を日頃していた楓にとって、その判断に至ることは容易だった。
しかし、それについて触れることはしなかった。
なにか隠し事をしていると考えるか、はたまた、楓を驚かすために初めてだとわざと驚いているのかは定かではないが、この場合おそらく後者であると判断した楓は、その嘘を追求することは止め、話を続ける。
その判断は正解だったのか、間違いだったのか、そんなことはわからない。しかし、その判断は正しいと楓は心に言い聞かせる。
楓にはついさっき信じたばかりの優しい天使を、疑うことなどできなかったのだ。
無理に信じているわけでは無い。楓が、信じていたいのだ。
「あ、あははは、すごいなー、0って。俺、来世何になんの?」
先程の自虐ネタの時と同じように笑うと、スっと我に返る。
そこそこいい事をして、ほんの少しだけ悪いことをしてきたイメージしかない俺の人生は実際の所、プラマイゼロだったのだ。
最後の命をはって助けたあれで稼いだポイントを足したとしても、0だったのだ。
目の前の彼女は、とても困った様子で水晶をまじまじと見つめている。
そして楓は、ひたすら笑っているしかなかった。
0ポイントが一体何を意味しているのか、楓には今のところ理解ができない。
「あのね、かえで」
「なんだよ、ポイント間違ってた? 実は1000点ぐらいあった?」
彼女の急な真面目な顔に、少しばかり驚きながらも、冗談を言ってやると、本来の面接らしい態度で話し始めた。
「1000点あれば人間にだって余裕で生まれ変われるわ、100点あれば哺乳類になれる、10点さえあれば生き物になれる、でもね、かえで、あなたは0点なの」
「俺、何、地獄でも行っちゃうの?」
「いいえ、地獄に連れていかれるのはポイントがマイナスの人だけよ」
「え、じゃあ俺どうすれば・・・・・・」
「今はここに留まるしかないわ」
予想外の返答に驚きが隠せず、目を見開く。
「留まる? ここに? まさか永遠にとかじゃないよな?」
「んー。死んだ人間が、何にも生まれ変わらず、地獄にも行かないなんてことになったら、そんな例外、どうなるか私にも分からないわ」
「わからないなんて、物騒な。なあ、どうにかして俺を生まれ変わらせてくれないか?」
「そう言われても、ねぇ?」
何が起こるのか分からない。それを聞いて少し不安になったが、案外ここに留まるのもありかもなんて、考えてしまった楓は重症だ。
「まぁ、とりあえず、ここに留まっておくのが安全策ね、地獄に落とすのもありだけど」
「いや、ありじゃねーよ! ってか、ここに留まってて良いのかよ、俺一応人間なんだけど」
「まあ、ほかの天使に見られたら、どうなるか分かんないわね。なんか天界法で人間は絶対に生まれ変わるか地獄に行くかしなければいけないとか何とかあったし・・・・・・」
なかなか恐ろしい内容を、平然とエフィルロは楓に告げる。
「怖すぎるだろ・・・・・・。そもそも、天界とか地獄とか、いったいここはどこなんだ?」
そもそも、今自分が何処にいるのかさえ、今まで知ろうとしていなかった楓は、本当に重症だ。地獄に落とされるか、生まれ変わるか、というこの状況で、じゃあ今楓は一体どの空間に存在しているのかという事が、気になって気になって仕方なかった。
「ここ? ここは、天界の傍にある小さな島、ローズベルクよ。まあ、ほぼほぼ天界って言ってもいいわね。ちなみに、天界には五つの地方があるの。シュンセイ村、トウゲン村。あとは、ハクシュウ村とカシユ村。それぞれ直線で繋いだら正方形になるの。それで、その正方形の中心にあるのが、コハクリア。人間界で言う、首都みたいなものね。それらをまとめて天界っていうの」
あぁなるほどと告げつつも、よくわからないことに変わりはないが、とりあえず話を続ける。
「とりあえず0ポイントじゃ生まれ変われない、もうこうなったら今からポイントを貯めるしかないわ!」
鼻を高くしてそう言い放ち、楓を見つめる彼女の目は、さっきまでの真面目な雰囲気など全く感じさせない、非常に楽観的な態度だった。
「ちなみに、どうやってポイント貯めるんだ? ここにいちゃ何も出来ないだろ」
「そうねぇ、せいぜい私の足を揉むとか、この部屋の掃除とかそんな程度じゃない?」
「まじかよ、じゃあちゃっちゃと掃除するわ」
この天使のマッサージ機になる前に、さっさと人間に、せめて哺乳類には生まれ変わりたいと願いつつ、周りを見渡したが、掃除道具が無いことに気がつき、呆然としていた。その時、ふと、素朴な疑問がどこからともなく生まれてきた。
「地獄は、」
「え?」
「地獄はどんな所なんだ?」
ずっと知りたかった事だ。生きている間、人を殺した人間が行く場所。
地獄に落ちろなんて生きている頃言っているやつもいたが、その地獄と言われる所は、一体どんなことが待ち受けているのか、少し気になったのだ。
「知らないわ」
「知らないって、お前天使だろ?」
何故か気まずい空気になり、彼女の口が開いたのは、少し間を開けた後だった。
「そ、そうよ! 天使だもの! 天使の住むところは天界! 地獄のことなんて知ってるわけないじゃない!」
「まぁ、そうか」
「楓は・・・・・・絶対行かせないから」
楓が納得した後、彼女が呟いた一言が楓に届くことは無かった。
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まだ聞きたいことが山ほどあるのにも関わらず、何をどう質問すればいいのかも分からない。脳内整理中で黙り込んだ楓に話題を振ってくれたのは、目の前の椅子に座った天使だった。
「まあ、まだ生まれ変わらないなら、これは不要ね」
どこから持ってきたのかは分からないが、いつの間にか彼女の手に抱かれた大きいとも、小さいとも言い難い高そうな壺。どこかの夢の国で、喋るくまの持ってるはちみつの入った壺みたいだなと言わんばかりのそれを見ながら、彼女はそう呟く。
「それ、なんだよ」
「これは幸せの粉よ?」
「粉? 幸せの?」
今まで、急に死んでいると告げられ、天使と名乗った彼女の背に羽が生えてきて、人生にポイント制度があるなんてことを知らされた楓は、幸せになれる粉見たいなチートアイテムがあっても驚かないようになってしまうのは仕方の無い事である。
「この粉を振りかけられた人は、幸せになれるの。どれだけ不幸に見舞われていたとしても、ね」
「そんなチートアイテムがあるのかよ!! なら最初から俺にそれ振りかけて、俺を来世人間にしてくれよ!」
今までの苦労は何だったのか、この部屋をピカピカにして、人間とまでは言わない。せめて犬やイルカ、ライオンなどの哺乳類に、もはや植物でも構わないと思っていた楓はこの気持ちを返してくれと叫び、
そして今すぐその壺を頭から被りたいと願った。
「それは無理よ、この粉の効果が得られるのは、まだ生きている生き物と、来世が決まった生き物だけよ」
「なるほどな。 じゃあそれ、何のためにかけるんだよ」
「いい質問ね! 例えば、人間に生まれ変われる亡くなった生き物の中でもそれぞれ集めていたポイントが変わってくるわよね?」
あぁ、ちなみに熊のポイントもここで調べるのか?そう質問すると、かなり呆れた顔を見せられた後、彼女は楓の質問は無視して、ペラペラと達者な口ぶりで続ける。
「ポイントを人間に生まれ変われる基準よりも大幅に上回った状態で亡くなった生き物と、ギリギリ人間でおーけーってなった生き物とで、この粉の量を変えているの。もちろん、前者の場合は沢山かけてあげるし、後者の場合は少ししかかけてあげないわ」
「つまりお前の判断で、人生をeasyモードか、hardモードかを設定できるってわけか」
「ちょっと言い方宜しくないけど、まあ大方そういう事ね、あと! 私にもちゃんと名前があるの、お前じゃないの! 私だって楓の事、かえでって読んであげてるんだから、楓も私の事名前で呼びなさいよ!」
「お、おう、フィ、ロ・・・・・・なんだっけ、すまん忘れちまった」
「もうそれでいいわよ、フィロ、私の事はそう呼びなさい! 楓!」
「わ、わかったよ、フィロ!」
女の子をしたの名前で呼ぶなんて、何年ぶりだろうか。そもそもこれは下の名前なのだろうか。
女の子を呼ぶ機会が中高ほぼほぼ無かった楓にとって、フィロ、なんて呼ぶのは高難易度だった。
だが、きっと慣れてきて少し経てば普通に呼べるようになるのだろう・・・・・・
ーーーーーーーーーーーーそんな時間あるのだろうか
ポイントを貯めると言っても、どんなペースで溜まっていくかは分からない。もしかしたら1週間後、はたまた2年後になってしまうのかも知れない。
だが、少しでも長くエフィルロと話していたい。
そう思ってしまうのは、きっとエフィルロが。死ぬ前はいなかった友達になってくれたからであろう。
いくら面接官と言う存在であったとしても、友達とのおしゃべりは楽しいのだ。
最初名前を呼ばれた時は、緊張で足がブルブル震えるほど動揺してしまったのに、今では少しほっこりするぐらいで。そのほっこりは生きていた頃に味わった、母からしか味わえなかった愛情を思い出させてくれて、ここに居続けていると、そんな小さな幸せを感じさせてくれる。
こういう、お互い名前を呼びあって、皮肉言い合って、怒りあって、楽しめる関係が、教室の自分の周りで溢れていて、あんなに嫌いだったその関係に、楓はいつの間にか、憧れていたのだ。
「何で・・・・・・もっと早く気がつけなかったんだろうな」
フィロに聞こえないようにそう呟くと、どうしようもないこの状況と向き合うために、座っている膝に肘をつき手を組むと、打開策を練り始めた。
ポイントを貯め、生まれ変わるために。
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