15話 色褪せることは無く
第2章ついに完結。
「そろそろ俺、行かなきゃなんねえ」
突如別れを告げられたシルエトは、驚いたように両目を見開く。
「え!行くってどこに?かえちゃん帰るところなんてあるの!?」
「おい。ナチュラルに俺可哀想な人になってるから。一応あるんだよ。ローズベルクってとこにさ」
「ローズベルク……?」
ローズベルクという地名を思わず口にしてしまい焦る楓であったが、ここまで来たらもうシルエトを信じるしかない。
「あー、もういいや!とりあえずじゃあな!」
植物園の出口に向かって走る楓。手を振り見送るシルエトだったが、その顔はどこか不安げだった。
「星刻機や0ポイントって……なにか変な事に巻き込まれてないといいけどな、かえちゃん。
あと、ローズベルクって……
どこなんだろう………」
翼を広げ、飛び立ったシルエトはゲートを開くのではなく、楓に向かって進み出した。
「ごめんねかえちゃん。ストーカーしちゃうよ!」
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「悪い!待たせたな」
帰る時はマンションの辺りに集合との連絡を受けた楓は、マンションへ向かった。そこで不機嫌そうに待つエルシオを見て、怒られることを覚悟で話しかけたわけだが。
「遅いのです〜!心配したのですよ!?」
不機嫌な顔は起こっているわけではなく、楓の事を心配していたとわかると、少し心が痛い。
ーーーーーー怒られなくてよかったぁ……。
「悪い悪い。ちょっと厄介に巻き込まれてな」
「え、何があったんですか!?」
「まあ、そんな事はいいんだよ。それより、ゲートを開いてくれ。ローズベルクへじゃない。星域へだ」
エルシオがカメラに似た聖刻機を持っている事を確認し、楓はエルシオにそう伝えた。
「星域?なぜですか?いまエフィルロがお鍋を作っているところなのに」
「何でフィロは鍋しか作らねえんだよ。パスタとかグラタンとかないの?」
「パス…タ?あぁ!パズータアの事ですか。あれは美味しいですよね!いい感じに細いです」
「よし。今度はパズータアぁああああああ!!!」
突如現れたゲートの中へエルシオに放り込まれた楓は、食べたかったパスタを要求することは出来なかった。
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「ここでいいんですよね?」
あぁ。そう返事をした楓は空を見上げる。
「やっぱり2回目になっちまうと感動ってのは薄れるもんだな」
無数の星達が光り輝くこの場所は、エルシオが楓に自分の気持ちを伝えてくれた場所だ。
そして、いつか決断の時が来ると、楓がエルシオに伝えた場所でもある。
ここに来ることを決めた理由は二つ。
星域のじっちゃんに会うこと。
そしてもう一つ。
アレシアの残したエルシオへのメッセージを伝えるためだ。
アレシアの残したものは小さく、今のエルシオの考えを変えることなんて出来ないかもしれない。
でも、それでも、
ーーーーーーやるしかねえ。
「なあ、話があるんだ」
「はい。そんな事だろうと思っていました。私も、ここでお話をしようと楓くんを誘ったことがありましたし」
「お前は俺に、質問権を与えてくれた。だから、質問してもいいか?」
「構わないのです」
立ったまま向かい合うふたり。
いつもとは違う楓の雰囲気に気づき、真剣な眼差しを向けそう答えるエルシオを見て、楓は深呼吸した後、会話を続ける。
「お前は、人間が嫌いか?」
「はい。嫌いなのです」
「お前はアレシアが好きか?」
「はい。好きなのです」
「良かった」
「え?」
予想に反した言葉だったのか、エルシオは思わず首を傾げる。
「あ、いや、確認しときたかったんだよ。ほんとにお前がアレシアの事が好きなのか」
「そんなの、聞かなくても分かるのです!」
ーーーーーーほんとだよな……わかってたんだ。初めから、あの、悲しい顔を見た時から、あの、幸せそうな顔を見た時から……
「お前は、人間のことが好きだ」
「そ、そんな事ありません! 確かに楓君のことは……」
「ちげぇだろ!!」
エルシオの言葉を遮り、楓は叫んだ。
「お前は人間が好きなんだよ!! 大好きなんだよ! アレシアまでとは言わねえけど……でも、お前は人間が好きなんだよ!!!」
唐突な楓の怒号に、エルシオの言葉を詰まらせる。
「……出なきゃ……無理だろ……?」
微笑みかけた楓の表情を見たエルシオは、堪えきれない涙を頬に流した。
楓の瞳にも、大粒の涙が溢れていたから。
「な、何が無理なんですか!? 仕事のことですか? 出来ますよ! 仕事なんですから!! 仕方がなくやっていたことなのです! エフィルロに頼まれて! 仕方なくなのです!!!」
「人間に粉をかける時見せた、嬉しそうな表情も、仕方なくやったのか? 芝居だったのか……?」
「そ、それは……」
「人間が悲しんでいる時に、同じように悲しんでいたあの感情は、エフィルロに頼まれて仕方なく生んだ感情だったのか?」
「………………」
黙り込んで俯くエルシオ。
足元にはポツポツと水滴が零れている。
「人間が、幸せそうな表情を見せた時、一緒になって幸せそうな表情を見せてたのも、全部嘘だったのか?」
「…………嘘じゃ……ないのです……でも、でも! だからと言って、人間を好きでいて、良いわけないじゃないですか!! アレシアを殺したのは、生前人間を殺した、人殺し達なのです!! アレシアを殺した人間を好きなままでいたら……アレシアはきっと、私の事を嫌ってしまうのです……!!」
「アレシアは、そんなお前を望んでなんてない……」
「そんな事ないのっ……」
「あるんだよ!!」
気迫に押され言葉を続けられなかったエルシオは楓の方を潤んだままの瞳で見つめている。
「忘れたのか? 人間の事が好きだったのは、お前だけじゃねえ。アレシアだって、人間が好きだっただろ!? アレシアの好きな人間を嫌いになってどうすんだよ……アレシアのために生きてたんじゃねえのかよ!?
アレシアが、自分のせいでお前が人間を嫌いになったなんて、知ったらどうなる? お前にならわかるだろ!? アレシアの事なら、お前が1番分かってるはずだ!!」
エルシオは泣いていた。
次々と溢れる涙を手で拭いながら、声を出して泣いていた。
エルシオになら分かるはずだ。アレシアの望んでいる事が。
「それは……わかるのです……でも、アレシアを殺した人間を、好きになんてやっぱり……」
「アレシアに申し訳ないって言うのか? 嫌われるとでも思ってんのか?」
「……」
返事のないエルシオを見て、楓は少し肩の力を抜いてこう続けた。
「アレシアはお前を嫌いになったりしない。絶対にだ。それだけの信用があった。それだけの仲だったんだよ。死ぬ間際まで、お前のことを考えるぐらいにな……」
「死ぬ……間際まで……?」
「アレシアは死ぬ直前、魔法を使ってたんだ。その魔法は、お前の持ってるその星刻機にかけられてる。その魔法で、アレシアの動きをその星刻機に保存してるはずだ。動きだけなんだけどな……」
「星刻機……これの事ですか……」
ーーーーーー後は、アレシアに任せるしかねえな。
「それ、貸してくれないか?」
「え、いや、でも……はい。楓くんになら……」
少し困った表情を見せるエルシオは、首から下げたカメラを見つめた後、渋々楓にカメラを渡した。
「ありがとな。すぐ返す」
カメラを受け取った楓は、それが人間界でありふれたあのカメラではないという事を確認し、
ーーーーーーエルシオの過去で聞いたあの魔法……それにかけるしかねえ…間違ってくれるなよお……
あの時………
『なんですかぁ? 手なんて上げてぇ?』
ーーーーーー思い出せ……あの時、あの時聞いた魔法……!
アレシアが、あんなに辛い状況下だとしても、唱えた、最後の魔法。
カメラに向かって、シルエトに言われた通りに魔法をかける。
「『レイバックムーヴ!!!』」
楓の記憶は正しく、星刻機の使い方も正しかった。
「こ、これは……」
星の輝きが1点に集中し、まるで、スポットライトに照らされたように星刻機に集まった。
星に照らされ、自らも発光しだした星刻機は、その光を、楓達とは反対の方向へ光線のように打ち出した。
目を開けるのもやっとだ。
星域に来て上を見上げた時とは、比べ物にならない輝きを見せた星刻機は、纏った光の全てを打ち出した後、静かに輝くのを止めた。
打ち出された光の先に、ぼんやりと人影が見える。後ろ髪を一つにまとめた一人の女性。
眩しくてよく見えない。
だが、光を纏うその人影は、アレシアで間違いない。
なぜなら、
「ア……アレ……シア……」
あんなに大事に持っていたカメラを通り越し、その先へ走るエルシオの流した涙の奥の瞳は、しっかりと光の先を見つめていたから。
そして、その姿を見たエルシオが、今までに無いほどの笑顔をその人影に見せていたからだ。
眩しさに慣れた楓の目が捉えたふたりの天使は、あの時見たエルシオとアレシアで間違いない。
ふたりとも、黙って数メートルの距離で向かい合っている。
「ずっと……ずっと会いたかったのです……」
返事はない。表情はどこか辛そうだったが、笑顔である事に間違いはない。
「動きだけ……ですもんね、でも、アレシアは最後にどんな……」
「…………」
「うっ……そんな…っ…最後に……最後にそんな……」
笑顔のまま、最後に残したアレシア動き。それは、ただ、左手を上にあげるだけ。
たった一つの動作だが、エルシオにとって、それは掛け替えのない大切な動きだった。
「嬉しい……嬉しいですよそりゃあ……! 久しぶりに、……会えたんですから…………や、やりますかぁ…?」
涙を流したまま、エルシオはアレシアに語りかけた。
黙ったまま、そして、笑顔のまま左手を挙げるアレシア。
その動きは、ほんの小さな動きだ。でも、それでも、エルシオとアレシアにとっては、大きな、大き過ぎる再会の印。
嬉しい時にはハイタッチ。それが、ふたりの約束だったから。
パシンッと、暗くなりつつあるそこに響き渡った、手と手を合わせたその音は、とても綺麗で、それは、エルシオの心を変えた。
嫌だったこと、辛かったこと、悲しかったこと、沢山あったそれらを、一瞬にして忘れられるような、優しさに満ちた音だった。
重ねられた手と手。
エルシオが握ろうとしたその時には、跡形もなく消えていた。
星刻機が放った光は、星達の所へ帰っていく。
きっともう、アレシアには会えない。
「ありがとう。アレシア……あなたに、幸福が訪れますように」
今は亡きアレシアにそう告げたエルシオは涙の跡を残した顔のまま、満面の笑みで楓の方へ振り向いた。
「楓くんも、私に大事な事を気づかせてくれてありがとうなのです」
「いいんだよ、そんなの。別に俺は気づかせたわけじゃないしな。気づいたのはエルシオで、気づく事が出来たのはエルシオ。お前自身のおかげだ。まあ、アレシアのおかげかもしれねえけどな」
「はい。自分に嘘をつき、アレシアの事を信用していないなんて、私は最低だったのです……。
でも、もう大丈夫なのです!!
アレシアは、ずっと私のことを好きでいてくれていた。どんな事があっても、今までずっと、そしてこれからも!」
「まだ、質問権残ってるか?」
「はい! 残ってるのです」
お互いに腫れた目で見つめ合いながら、微笑み合う。
「お前は、人間の事が好きか?」
「はい……好きなのです!」
「お前は、アレシアの事が好きか?」
星刻機を楓から受け取り、ぎゅっと抱きしめてこう答える、
「はい! もちろんなのです! アレシアも! 私の事が大好きなのです!! これからも! ずっと……!!」
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「ふぅ……」
「なんのため息なのですか!?」
2人で草原に座り込み、暫くそのままでいた時、楓は一つため息をこぼした。
「気にすんなって。あ、ちょっと寄り道付き合ってくれるか? あの木までなんだけど……星域のじっちゃんに会えるらしいからな」
「星域の!? そんなおじさんがいるのですか。仕方が無いですねえ〜そこへ行ったらすぐ帰るのですよ?」
「分かってるって!」
歩き出したふたりは大きな木へと向かう。
やっとの事で達成できた目標に達成感を感じながら。
ーーーーーーふぅ……大変だったけど、救えてよかった……
俺からも礼を言うぜ、ありがとな、アレシア。
心の中でお礼を告げると、楓は空を見上げる。
すると、一瞬だけ星達が、返事をするかのようにより一層強く輝いた気がした。
「あ、そう言えばなんだけどさ、言い忘れてたことがあって……」
「何ですか?」
「アレシアが、エルシオと見たいって言ってた花の話なんだけどさ、あの花調べたら………」
『Rhodanthe』
ピンクや赤、白といった色で、乾燥させても美しい色を保つとして有名。
花言葉は、
『終わりのない友情』
長期に渡って色褪せることの無いその花びらはまるで、
『ふたりの天使』のようだった。




