13話 幸せのかたち
13話です
「到着……」
ゲートに入り、人間界に到着した一行は、周りをキョロキョロ見渡しながら、エフィルロからの仕事内容説明を待つ。
遠目に少し森らしきものが見えるが、それ以外には自然は少なく、ただの住宅地と言った感じだ。
周りに人は少なく、太陽の日差しからおおよそお昼前だと予想がつく。
「今日のターゲットはこの人間達よ!」
アイボーンの画面を見せびらかし、ドヤ顔で説明するエフィルロ。だが、それはもう見慣れた一つの行事のようなものだ。
「はいはい。情報を俺達のアイボーンにも送ってね」
棒読みで返事をする楓に冷たい目線を送るエフィルロだったが、エルシオにも同じようなことを言われ少ししょんぼりしている。
「今日は1人か……」
アイボーンの使い方は、使っていくうちに慣れてきた。生きていた頃のパソコンやスマホでの知識を活かし、器用にアイボーンを操作しながら、送られてきた人間のプロフィールを見る。
「あっちの方の住宅街なのです!」
そう言って指を指し、その方向に歩いていくエルシオに続き、残りの2人もついていく。
途中で見つけた公園内の時計では、いまの時刻は午前10時。
歩いているのは買い物に向かう主婦や、散歩をしている爺婆ばかりだ。
キョロキョロと周りを観察していた楓をおいて、先に進んでしまっているエフィルロとエルシオの後ろに小走りで追いつき、呼吸を整える。
「ここなのです! 高い……」
パシャっと、エルシオは首から下げたカメラでマンションを撮影。
エルシオの視線の先に見えたのは8階か9階建てぐらいの高いマンション。
「んで、どこの部屋にいるんだ?」
楓の質問に、ふたりの天使は顔を見合わせ回答権を譲り合っている。
「……」
結局、マンション内で分かれて散策し、表札を見てターゲットを見つけるという決断に達した3人は、それぞれ分かれて作業に取り掛かった。
ターゲットの名前は神内来夏
アイボーンのプロフィールによると、高校三年生で、今は、受験勉強の日々のはずだ。
しかし、彼女は毎日バイトの日々だった。
母親との二人暮らしだったが、母親が重い病気を患い入院。
そして、娘が面倒を見ているという暮らしっぷりだ。父親がいない事についてまではプロフィールには書かれていなかったが、大変な暮らしであることに関しては間違いない。
だから、彼女は家庭の支えになるようバイトをしていたのだ。
こんな大変な事をよくもまぁ…と、心の中で思う楓は、廊下を歩いている間に神内と書かれた表札を見つけた。
「ここか……」
もう着ることに慣れてきた天界の服装のポケットからアイボーンを取り出し、他のふたりに連絡する。
少しして、小走りで楓の右側から向かってくるエルシオと、左側からぼんやりあくびしながら歩いてくるエフィルロが見える。
「はぁ……ここね……」
楓の元にたどり着いたふたり。
大して疲れているはずもないエフィルロだけが息を切らしている事は置いておき、この中にいるターゲットにどうやって粉をかけるかが分からない楓はエルシオに訪ねた。
「これ……どうやって粉をかけるんだ?」
おおよその答えの内容は察していた。
だがそれだけは避けたかった。
なぜなら…
「ここでターゲットが出てくるまで待ち……」
「暇じゃねーかよぉお!!」
エルシオが答え終わる前にツッコミを入れた楓は、どうにかしてインターフォンが押せないかと、必死にボタンをつんつんするのだった。
「楓くん! 楓くん! エフィルロ! 早く起きるのです!!」
マンションの廊下で体育座りして寝ている楓と、寝転んでしまっているエフィルロの肩を揺さぶりながら、エルシオは必死に叫ぶ。
「ん……あぁ寝ちゃってたか……」
「楓くん! あそこです! もう階段降りていっているのです!」
「いやまじかよ!」
急いで立ち上がり、階段の方を見る。
すると、恐らくバイトに向かうであろう女の子が、階段を下っていた。
「行きましょう! 見失ったら元も子もないのです!」
「あぁ! お、おい起きろ! フィロ! 行くぞ!」
「いや~あと少し……あと少しだけ…」
置いてあった壺を持ち上げた楓は、むにゃむにゃ言っているエフィルロを呆れたような目つきで見た後、エルシオに顔を向ける。
「んじゃ、行くか!」
「え、ちょ、待って! 置いてかないで!」
楓達はエフィルロのことを無視し先を急ぐ。
楓の掛け声と同時にぱっと目を覚ましたエフィルロ。
その後、勢いよく起き上がり、物凄いスピードで先に走っていた楓達を追い抜く。その背には美しい翼が見えた。楓の目の前をヒラヒラと羽根が落ちてくる。
「くそっずるいぞ!」
翼を生やし飛んでいる天使のスピードは楓達がいくら本気で走っても追いつけない。
「なるほど……翼を使うとは……私たちもそれで行くのです!」
翼を生やしたエルシオは、楓の肩を掴むと、少しづつ宙に浮く。
「い、いやちょっと待て、まさかここから降りるんじゃないよなぁ。階段使おうぜ階段!そっちの方があんぜぁああああああああ!」
5階から飛びたったふたりの天使と肩を掴まれ死にそうな表情の楓は、地上を歩いているターゲットを確認する。
「楓くん! 私の背中の壺からふつうでコップ1杯をあの人間にかけて欲しいのです!」
「んな無茶なぁ……」
飲食店でのバイトのような支持を受けつつ、楓は渋々了解する。
手を伸ばし、手探りで壺を見つけた楓は、変な角度でつりそうになる腕をなんとか伸ばし、コップで粉を適当にすくう。
「ピッタリだぞ! ほら! 完全にふつうの線にピッタリだ!」
1発で決まり、素直に嬉しい楓を無視してエルシオはターゲットに近づいて行く。
無視された楓はふと、目の前の景色を見る。
高い。怖い。とは確かに思う。しかし、それよりも……
「俺……空飛んでんだな……」
鳥のように飛びたい。そんな夢を小さい頃に抱いていた事は今でも少し覚えている。
一緒に鳥を見ていた時だ。誰と見ていたのか、それは思い出せない。
思い出せないと言うことは、恐らく父さんとの思い出なのだろうと察した。
父さんの顔や性格、体つきや行動は、全くもって思い出せない。
「いつになったら、思い出せるのかな……」
だいぶ高度が下がってきた所で、エルシオが合図をする。
「今です!」
「おっけい!」
振りかけられた粉は、キラキラと輝きながらターゲットへと舞っていく。
「任務完了ね!」
特に何もしていないエフィルロの掛け声とともに、一人目のターゲットへの幸せ配りは終了した。
「よかったのです!」
一仕事終えたエルシオの顔は達成感と歓喜でいっぱいだった。
「ふぅ……ギリギリだったな」
楓は額に流れる汗を腕で拭い、一息つく。
少女は幸せの粉をかけられた事など知る由もなく、平然と道を歩いていく。
アイボーンの地図を見る限り、彼女は恐らく駅に向かっている。
「今日はもう粉をかける人はいないし…… 。見てく? あの子」
エフィルロの提案に、エルシオは良いですねと頷く。
たいして断る理由もなく、楓もその提案を受け入れた。
道を歩く少女を見ながら、後ろをついていく3人。
「これ、俺ストーカーってやつな気がするんだが」
「ええ。そうね」
無表情で何事も無かったかのようにそう返事をするエフィルロ。
「そうね。じゃねーよ! 犯罪じゃねーか!」
「そんな事ないのです! あの女の子からは見えないので、罪に問われることはないのです!」
自慢げに言ってのけるエルシオ。
「そういう問題じゃねーだろお!」
プルルルル プルルルル
「お、電話のようですね」
少し前を歩く少女の元へ電話がかかってきたが、少し遠いため、電話の内容までは聞き取れない。
「これ、盗み聞きするとか結構精神的にくるんだけど、部屋の前で待ち伏せの時もちょっと思ったけど、これ男がやったら」
「犯罪ね 」
「犯罪なのです」
「おい天使。この俺のプロレス技で貴様らを駆逐してやろうか」
「セクハラね」
「セ、セクハ……ラ?ね?」
「おい二人目。絶対知らない単語だろ。便乗して言っただけだろ。そしてセクハラじゃない。ただの物理攻撃だ」
プロレス技、そう自分で発した時、自分はプロレスを誰かとやっていた記憶があることに気がつく。
懐かしい記憶。小学校で、何故かプロレスが流行った時だ。
家に帰って技の掛け合いをしていた。
いっつもカウンターをくらい、痛めつけられていた気がする。
ーーーーーーーーあれもこれも、全部父さんだったんだよな……
顔や姿は思い出せないものの、スッポリと空いた記憶の間に、父親がいたという事を剃りこめば、少しは合点がいくようになる。
「今なら……勝てるかも」
「おっと、私に勝つつもりですか? 私は強いですよ?」
「いや、違う。こっちの話だ」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」
先程まで聞き取れなかった少女の声が、ここまで届いていることから、よっぽど嬉しいことがあったのだと悟る。
「ちゃんと効果があるんだなあ……」
「なんかバイトで昇進したらしいわよ」
何故エフィルロがそんな事を知っているのかはさておき、
粉の効果はやはり絶大だ。
かけてすぐに効果が現れるこの粉には副作用的なものは無く、いい事ばかりだ。まさに完璧な薬。人間界で売り出したらきっとこの世はおかしくなってしまうのだろう。
プルルルル
「おっと、さらにいい事が起こりそうな予感なのです」
粉をかけられた少女の携帯に連絡が入る。
電話の相手や内容は、ここまでは聞こえてこない。
だが、きっとさらに幸せが訪れたのだろう。
そう思っていた。
少女が涙を流しながら、全力疾走で走っていくまでは。
「あれ、どう見ても嬉し涙じゃねーな。追うか?」
「何となく、想像がつくのです」
「と言うと?」
エルシオの表情を見る限り、あれは嬉し涙出ない事はほぼ確定された。
エフィルロも分かっているのか、エルシオの方を向くことはなく、ただ、走っていく少女を見守るだけだった。
「あの子の母親は、重い病気を患っていたのです。恐らく、先程の電話で、病状が悪化したとの連絡があったのだと思います」
「な、なんでだ。 幸せになる粉なんだろ? そんなの不幸じゃないか……」
「はい。確かに、不幸なのかもしれないのです。でも、この幸せの粉は、対象者が生きる上で最善の幸せを選びます。その場合、少女にとって、母親が病と闘い無理に生き続けて、治療費などを唯でさえ少ないバイト代で払っていくという状況よりも、母親が亡くなり、一人になった状態でお金に余裕を持って暮らしていくという状況を、魔法の粉は選んだのです」
「………………」
副作用はない。いい事ばかりの粉。
そうさっきまでは思っていた。
だが、完璧になんてなるはずはなかった。
それが幸せであるはずがない。
そんなのは……幸せじゃないんだ。
「そんなの……あんまりじゃないか」
「仕方が無いのです……それが、私達天使のお仕事」
そう言い切ったエルシオは、楓やエフィルロからは背を向け空を見上げている。
空を見上げる。と言うよりは、涙が零れないようにしている。と言う方が適切だ。
大切な人を失くした時の辛さは、楓よりも、エルシオの方が分かるのだろう。
人間の痛みを理解し、自分の涙に変えられる。
そんな天使がエルシオだ。
もう、人間が嫌いなんて言わせたくない。
本当はエルシオは人間が大好きだと言う事を、エルシオに伝えたい。
エルシオは、人間の悲しみや喜びを分かち合える天使なんだから。
走っていった少女の姿は、いつの間にか見えなくなっていた。
太陽も沈み始め夕日に照らされた楓達の影は見えない。
それを見て、自分は死んでいたという事を思い出す。
ーーーーーーーーーーーー時間がねえな。
心の中で、自分自身のタイムリミットを感じ焦る。
当初の目的とは変わってしまった、今のこの時間を大切にしなければと胸に刻み、
夕日を見て、写真を撮りたいと話すエルシオと共に、1人の人間と2人の天使は歩き出した。
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写真も撮り終わり、帰ろうとしていたその時、アイボーンをいじっていた楓はあることに気がつく。
「これ…」
画面の地図を見た楓は目を見開く。
微かな記憶ではあったが、この地名には見覚えがある。確証はない。断言も出来ない。だが、ほんの少しの可能性にかけ、エフィルロに問う。
「フィロ、この辺に昔仕事で来たことないか?」
「んー確か……1回だけ来たことあるような……気がするけど」
そんな曖昧な答えの中、さんきゅ、と答えた楓の表情は、どこか希望に満ちている。
「俺、ちょっと別行動していいか?」
「そんなぁ。あんまりふざけてると私みたいに吹き飛ばされるのです」
「まあまあ、いいじゃないの。用が済んだらアイボーンで連絡するのよ。私達は先に帰ってるから。悪さはしないようにね」
帰りは迎えに来てくれるらしい。そうでなければ、楓は天界に帰れない。
許可してくれたエフィルロに感謝しながら、走って地図で見つけた目的地へ向かって行く楓。
前にエルシオに見せてもらった写真、その中で見た、ほんの少しの記憶を頼りに。
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「楓君には、ローズベルクは面接会場ではないと、いつ話すのですか?」
「その時が来たら。よ」
「エフィルロは、何故楓くんをローズベルクに連れてきたのですか?以前、0ポイントで行く宛が無かった楓くんを助けるために、と言っていましたが、もう既に、ポイントは少しは溜まっているはずなのです。それでも、生まれ変わらせないのは、何か理由があって楓くんをローズベルクに連れてきたからではないのですか?」
残された2人は、ゲートを開く前に少し散歩をしようと歩いていた。その間、エルシオはエフィルロの後ろを歩きながら、楓をローズベルクへ連れてきた本当の理由を聞き出そうとしていた。
夕日に背中を照らされたエフィルロは、くるりと体をエルシオの方へ向けると、
「理由はエルシオが話した通りよ。ポイントが貯まっていると言っても、ほんの少しだから」
そう……ですよね。と、ニコリと笑い返したエルシオ。
なんと疑いもないその表情を見て、エフィルロは笑い返すことは出来なかった。
二人で歩く坂道の途中でゲートは開かれ、二人の姿は消え去った。
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「ぼちぼち人も増えてきたなぁ……」
マンションで眠っていたこともあり、あたりは既に暗くなり始めていた。
学校から帰ってくる生徒達に吹き飛ばされないよう、慎重に道を歩く。
住宅街を超え、少し自然が溢れてきたところにそれはあった。
「ここ……か」
実咲乃木丘植物園。
そう書かれた看板を見つけ、まずは辿り着けたことに安堵し、胸をなで下ろす。
エルシオから見せてもらった写真。
その中にあった花の写真の次の写真で、エフィルロの後ろに、確かにこの植物園の名前が書かれていた。
「こういう所での俺の記憶力は爆発的だな」
昔から、暗記物だけは得意だった楓。得意と言っても数学よりは出来るというだけだ。
そんな楓の記憶に、うっすら残っていたこの植物園は、アレシアがエルシオと行きたがっていたところと見て間違いなかった。
何故ここに来たのか。それは楓自身もよく分かっていない。
ただ、可能性を感じたのだ。何かがある。そんな気がしたのだ。
平日ということもあり人も少なく、ぶつかる心配はない。
券を買う必要もなく、勝手に入ってもバレるはずが無い。
そんな、嬉しいようで切ない気持ちに身を包み、入口から中へ入っていく。
綺麗な花が植えられている。
目の前の景色を彩る植物たちの中に、楓の見たかったそれはあった。
「よく見たら地味……だよな」
紫やピンク、白っぽいのもある。
写真で見たその花で間違いない。
アレシアが、エルシオと見たがっていた花。
花の名前がプレートに書いてある。
「Rhodanthe……ローダンセか」
「美しい花ですよねー」
「はい。きれいで……は?」
今、確実に誰かに話しかけられた。
しかも、男の声。
エフィルロでもエルシオでも無いその声の主は突っ立ったままの楓の横にしゃがみ込んでいた。
楓より、少し年上だろうか。
白髪で顔が整ったそいつはローダンセを見ながら楓に話しかけてきた。
まるで白馬の王子様。そんな衣服を身にまとってふつうこんなところに来ない。
前にもこのような事があった。
初めてエルシオに会った時だ。
その時とは違い、年上という緊張感。
楓と話している時点で、天界の住人だとわかっている楓にとって、この出会いは非常にまずい。
逃げるか?逃げられるのか?こいつは誰だ?そもそも本当に天界の住人か?死神ではなさそうだが、天使なのか?
出会ったほんの数秒で、様々な疑問が生まれる中、濁った表情を見せる楓を見て、別に何もしないよと笑顔で前置きした後、白馬の王子様は自己紹介を始めた。




