12話 目標
12話でごわす
目を覚ました楓は、もう見慣れた天井を見ながら、見ていた夢を思い出す。
全身に汗をびっしょりと掻き、起き上がった後自分が布団に寝かされていたことに気がつく。
「これは……夢?それとも……」
「実際に起こったことよ」
疑問を口にしていると、横から応えられた返事を聞き、この悪夢はただの夢ではないと判断。
疲労に満ちた手のひらを、グーパーしながら、頭の中を整理する。
「エルシオの記憶と、私の記憶。そして、アレシアの記憶。あとは外からの情報で何とか状況を繋ぎ合わせて、楓の頭の中で見せたの。殆どは私が勝手に作った記憶だけどね。ちなみに私も細かいところは知らないわ。大まかな内容は知ってるけどね」
布団の横で正座して楓を見つめるエフィルロは、夢の説明をした。
「そんな事が出来んのか。それより……」
情報処理が追いつかない。
天界騎士団……聖剣……死神……悪魔。
前半はふたりの微笑ましい生活だった。
だが後半、死神が現れてからの話は別だ。
ふたりがどれだけ壮絶で辛い運命を辿ったのか、全てをまるでフィクション映画のように見た楓には分かった。
思い出すだけで、悔やまれるアレシアの死。
殺される瞬間まで見ていたのだ。血が飛び散り、まるで玩具のように体が破壊されていく。それが、エフィルロの作り出したものだとしても、それは紛れもない事実だ。 ある程度はまだ生きていた頃にやっていたホラーゲームで耐性はついているが、本物となると気分が悪くなり、吐き気を感じる。気分が悪くなる原因を作った死神。エルシオまでとは言えないが、楓にも死神に対しての憎しみが生まれた。
エルシオに聞いてはいたものの、実際に見てみるとその辛さが重々伝わってくる。
あんなことがあったならば、人間を嫌いになって当たり前だ。寧ろ、好きでいることの方が難しい。
起きたばかりであまり頭も回転せず、呂律も回らない楓に向かって、エフィルロは話を続ける。
「これが、エルシオの過去。これが原因で、あの子は人間が好きになれないの」
エフィルロが楓に話しかけるが、答えがない。
楓は、起き上がった体制から微動だとせずに俯いている。
「辛かったんだろうな………」
大切な人を突然奪われる気持ちは知っていたはずの楓だが、もう既に忘れてしまった。アレシアを失ったエルシオの気持ちを想像したところで、それには遠く及ばない。
だが、想像した部分だけでも、目から涙が溢れ、胸が苦しくなる程だった。
「これ……何年前の話だ?」
「10年前よ。それにしては私たち若いと思うでしょ? まあ、人間と天使の成長速度と寿命は全然違うからね」
なるほど、そうは返したものの、ほとんど話は頭に入ってこない。先程まで見ていた夢の内容が頭から離れないのだ。
初めから最後まで思い出す中、ある矛盾が明らかになった。
何故今まで気づかなかったのかわからないほどの矛盾。それは、
「死神が地獄に落とされた人間で、その死神が脅威なら……、天使が地獄に人間を落とさなければいいだけなんじゃないか?」
当たり前の話だ。死神が脅威であるなら、その死神が生まれないようにすればいい。根っこさえ抜いてしまえば、花が咲くことなどないのだから。
「地獄に落とす……なんて、私は簡単には言ったけど、実際にはそんな簡単には地獄には行けないの。ポイントがマイナスと確定した人間だけが、その瞬間現れたゲートに吸い込まれる。私は何度も、その瞬間を見てきた」
「何でポイントなんてつけるんだよ。そんな事してるから、死神が生まれてくるんだろうが!」
この苛立ちの矛先は理不尽であると、言い切った後から気づいたものの、謝ることは出来ず、エフィルロから目をそらす。
「そう……よね。でも……仕方が無いの。ポイントを付けるのも天使の仕事。死んだ人間の後処理をするのが私達の仕事なの。それは決まった事。だから……」
夢で見た光景が脳裏に浮かび、楓にはどうしても感情が抑えきれない。
「だから? だからアレシアが殺されたのもしょうがないって言うのかよ! 死神に親友を殺されたエルシオの気持ちも、仕方がなかったで済ませるのかよ! そんなのふざけ……」
目の前のエフィルロが泣きそうになっているのを見た楓は、怒りに任せた早口での怒鳴りつけを中断する。
「ごめんね……」
熱くなっていたこともあり、謝られた楓には返す言葉が見つけられない。
「楓くんに話した……いや、見せたのですか?」
エフィルロが謝る中、いつの間にか三人で三角形を作る位置にエルシオはいた。
お墓参りを終え、帰ってきのだろう。
夢で見た悪魔とエルシオを重ねてしまい、ふと胸が苦しくなる。
そんな痛みに耐えつつ、楓はエルシオの方を黙って見つめることしか出来なかった。
楓と同じく黙ったまま、エルシオの方を向き頷くエフィルロ。
それを見たエルシオは一度ため息をついた後、ふたりに向かって話し始める。
「私は、この空間が大好きなのです。楽しいのです。だから、壊したくもないし、壊されたくもないのです。確かに、死神は憎いのです。大嫌いです。でも、それはエフィルロのせいじゃない。悪いのは死神なのです。地獄に落ちるような事をする人間なのです。
楓君が、私の事を気にかけてくれている事はすごく嬉しい。でも、それがエフィルロが傷つく事に繋がるなら、そんなのはいらないのです」
夢で見た天使。
その天使はドジでマヌケでちゃらんぽらんで、家事も出来ないダメダメな天使。
唯一の取り柄は戦いに優れているということだけ。
それから10年。
彼女は成長したんだと、楓には心の底からそう思えた。
目の前でエルシオの話を真面目に聞いているエフィルロも同じ思いだろう。
自分の意見をしっかりと伝え、この場を抑えられるよう施す事など、少なくとも夢の中でのエルシオでは不可能に近かった。
そんな成長を見ているとなぜだか心が温かくなる。
悪いのは死神だとエルシオに言われてからは、何に苛立っていたのかすら分からなくなっていた。
「悪かったよ。今回は俺が全面的に悪い。フィロは天使の仕事を全うしてただけだもんな」
「や、やっと気づいたのね! 遅いわよ」
先程まで泣きそうになっていたとは思えない強気な発言だが、これがエフィルロなのだと、そっとしておく。
仲を取り戻したふたりを見ながら、幸せそうに微笑むエルシオ見た楓は、エルシオに対して、夢を見る前と同じ結論に達した。
夢でも見たのだ。エルシオが人間を幸せにすることで、嬉しそうに微笑む姿を。
本当は人間が大好きだというのに、好きになれないエルシオを救いたい。
夢を通じて、エルシオが人間を好きになれない理由を深く知ることが出来た。それは、アレシアを殺した死神の正体である人間の事を好きだという自分が認められない、もしくは受け入れられないからだと、楓は再確認した。
エルシオが嫌いなのは人間じゃない。人間のことが好きな自分自身だということを。
そんなエルシオの、心の奥底にしまわれた本当の思いをすくい上げる方法。そんなもの楓には一つしか思い浮かばない。
エルシオに、本当の自分自身を好きになってもらう他にないのだ。
しかし、今はその手立てがない。
「もう少し……待っててくれよ」
周りに聞こえないよう、ぼそっと呟いた楓は、アイボーンを器用に操作したあと、ニコッと笑いこちらに目を向けるエフィルロと目が合う。
「仕事よ! ふたりとも!」
仕事が来ると何故か上機嫌になるエフィルロは、きっと3人でお出かけするのを楽しみにしていたのだろう。
健気なエフィルロを横目に失笑するエルシオと、その風景を見て苦笑する楓。
そんな3人は、久しぶりの仕事に向けて、準備を始めるのだった。
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仕事の開始まで、特に準備することもなかった楓は、先程の夢について思い出していた。順番に思い返していくうちには、楓がエルシオに聞きたいことは多々あった。
悪魔のようになった真天使化の事。
天界騎士団の事。
様々な疑問が生じ、部屋の隅でぼーっとして体操座りいた楓の横に、エルシオが腰を下ろしてきた。
「私の過去……どうでしたか?」
その質問は大雑把ではあるが、楓の今の頭の中を見透かされているようだった。
今この場でその答えをまとめる事など出来ない。
「ご、ごめんなさいなのです! 変な質問してしまったのです。私は私の過去を見る事は出来ないので少し気になって……
私……死神を倒した時のことは、あまり覚えてなくて……覚えているのは、倒れていたアレシアと、応援に来た天界騎士団ぐらいなのです」
「そう……なのか。俺も、ごめんな。上手く言葉に出来なくて」
いえいえそんなと、手と首を横に振りながら答えるエルシオ。
倒れていたアレシアから、応援に来た天界騎士団までの記憶がないとしたら、真天使化している時の記憶はないという事だ。
悪魔。夢の中でしか見れなかったとしても、恐怖を感じたことには変わりない。
横に座っている少女が、あんな姿になるなど、信じることは難しかった。
だが、信じざるを得なかった。夢の中の悪魔が使っていた2本の剣は、エルシオが使っているものと瓜二つだったからだ。
死神を倒した時のことは覚えていない……という事は、自分が悪魔のような姿になっていたことは知らないはずだ。
エフィルロが、エルシオにその事を話していれば知っているかもしれないが、自分の過去見れないということは、エルシオは見ていないという事でいいのだろう。
それに、エフィルロがあの惨劇をエルシオに思い出させるなんて事はないだろう。
楓だってそうだ。
頭に浮かんだ疑問をエルシオにぶつけたら、エルシオの心はまた、あの時のように壊れてしまうかもしれない。
ーーーーーーーーーだから、俺は何も問わない。
そう決めた矢先だ、
「私に聞きたいこと沢山あると思うのです。天界騎士団のこと。アレシアの事。武器の事に真天使化の事」
「え、あ、あぁ。確かに……ある。聞きたいこと……」
「楓君の気持ち分かるのです。私の事を考えて、質問しないでいてくれたのですよね?」
動揺が隠せず、言葉が出ない楓はただ頷くだけの返事をする。
「やっぱり……楓くんは優しいのです。ありがとう……。でも、気にせず質問して良いのです! あの時の事を思い出すのは、少しは辛いですが…もうほとんど大丈夫なのです! それに、今は楓くんに私の事を知って欲しいのです」
偽りのない無邪気な笑顔を見せつけられたのは今回で二回目だ。
一度目は人間界の校舎内で。そして今回はこの面接会場で。
この笑顔を見る度に幸せになれる気がした。
粉をかけられるよりも効果があるんじゃないかと思うぐらいだ。
この子の事を知りたいと、本気で思えた。
そして何より、この子を幸せにしたいとも思えた。
エルシオを幸せに導くため、エルシオに、本当の自分自身を好きになってもらう。その決意を再確認し、
それは、今の楓の目標になった。
時間がかかってしまうかもしれない。
タイムリミットを過ぎてしまうかもしれない。
でも、それでも、
例え楓に限界がきたとしても、その時、少しでもエルシオが本当の自分を好きになれているよう努力しよう。
アレシアは、エルシオが人間を嫌う事など、望んではいないはずだから。
「いや、今はまだその質問権、とっとくよ」
「そう……ですか!了解なのです!」
ニコリと笑顔を浮かべるエルシオは、やはり可愛かった。
エフィルロから貰った動きやすい服装に身を包み、準備運動をした後、エフィルロが開いた人間界へと続くゲートへ向かう。エフィルロ、エルシオに続き、楓もゲートに飛び込む、
前より少し軽くなった壺を背負いながら。




