11話 とある悪魔の第一歩
遅くなりましたm(__)m
11話です。
そこは、天界騎士団の本部。
「エルシオさん! 結界を破った死神が、2人組だということが判明しました」
天界騎士団に入った後、推薦だったこともあり、ある程度の地位を獲得していたエルシオ。
部下もある程度増え、今に至る。
「2人? まあいいのです。その死神は今どこに?」
「それが……」
部下からの連絡で、死神2人が知能の高い死神であること。さらに、その中の1人は死神の中でもトップに位置する死神だという事が知らされた。
知能の高い死神の中には階級があり、上の死神は下の死神に従う事が天界騎士団の調査で明らかになっていた。
つまり、2人組の片方は強く、化け物の可能性が高いという事がわかる。
しかし、今はそれよりも不安な事が、エルシオの中にはあった。
「アレシア……無事でいて……」
死神2人は、何故か天界で一番天使が集まっている都会の部分、つまり、コハクリアよりも、天使の少ない田舎の部分へ向かったのだという。さらに、田舎の中でも、死神達が向かったのはハクシュウ村。つまり、エルシオとアレシアの家がある村だ。
ーーーーーー大丈夫。
ハクシュウ村は広い。
ーーーーーー大丈夫。
たくさんの天使がいる。アレシアが狙われるわけがない。
ーーーーーー大丈夫。
守るって約束したんだから。
無理矢理、アレシアが狙われないよう言い訳を作り胸に押し付ける。
その度に安心が生まれるが、すぐに不安が襲い来る。
一緒にへ向かうはずだった天界騎士団を置いて、ゲートを使い自分の家の近くまでひとりで向かった。
「私の家だ……」
目の前に自分の家が見える。
変わったこと?あるわけない。ドアが空きっぱなしなのは、きっと喚起をしているのだろう。
はやく、はやくアレシアに会いたい。
この胸の苦しみを、今すぐアレシアに話したい。話して楽になりたい。今までずっとそうしてきたから。
家のすぐ近くまで来た。窓に、赤い水が付着しているのが見えた。
ただいま。と声をかけ、玄関から家の中へ入る。
妙に静かなその家の中は、赤で染まっていた。
「アレシア……何をこぼしちゃったのですか?ちゃんと拭かないと」
赤い水で出来た水たまりが目の前に広がる。それを、震える手で取ったタオルで拭き取るため、膝をおりしゃがみ込む。
視界に入ってはいたものの、気づかないでいた。いや、気づきたくなかった。
赤い水溜りの中心に横たわる見慣れた天使の事など。
タオルを落とし、横になった血だらけの天使の傍により、冷たい手を握りながら話しかける。
「床で寝ちゃダメなのです……こんなに汚れて……風邪、ひいちゃうのです……」
「友達……死んじゃったねぇえ? あ! 親友だっけえ?」
後ろから声が聞こえる。
聞こえない。声なんて聞こえない。死んでない。死んでるわけがない。
「アレ……シア……」
全く動かない。
声も発しない。
呼吸もしていない。
鼓動の音も、聞こえない。
死んでいる。
「人間に幸せをあたえる仕事だっけ? 残念だねぇえ。僕達死神なんだよぉお。つまり人間。仇で返されちゃったねぇえ」
振り向いたエルシオの前には。2人の死神が立っていた。
「お前達が……アレシアを……何で……」
「僕達は天使を殺すために生まれてきてるんだよぉ。それが理由ぅ」
悲しい。辛い。涙があふれる。
しかし今はそれよりも……
憎い憎い憎い憎い。
殺意が芽生えた。
床が揺れる。棚から食器がなだれ落ち、音を立てて割れていく。
窓が割れた。屋根が悲鳴をあげている。
アレシアを庇うように立ち上がったエルシオは、死神たちの方を向く。
「な、なんなんですかこれ!?」
「すごぃいなぁ……始めてみたぁあ。逃げなきゃぁあな。」
黒い死神はゲートを開き、1人でどこかに消えていく。
残された死神の腕が片方引きちぎられたのはその数秒後。
「腕が……う、腕がぁああ!!」
赤い液が噴水のように吹き出し、白い部分もちらほら見える。
元々あった水溜りが、さらに濃くなっていく。
痛みに耐えながら、とにかくどこかに逃げようと、死神はゲートを開く。
現れたゲートの中へ、死神は足をもたつかせながら入っていく。
「待て……」
エルシオは、もう既にエルシオの姿をしてはいない。
原型は辛うじて留めてはいるものの、同じ天使だとは思えない。
黒い翼を生やし、鋭い牙が、唇からはみ出している。
ゲートに入った死神を追うために、黒い翼のそれは、歩いてゲートへ向かう。
1歩歩く度に家に衝撃がはしる。
ピキピキという音を立て、家は崩壊していく。
思い出の家は殆どが崩れてしまい、アレシアもそれの下敷きになった。
しかし、黒い翼のそれはそれには気づかない。
気づかなくなってしまうほど、理性は失われている。
締まりそうになるゲートを、無理やり手でこじ開けた。
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死神が、慌てて逃げた先は星域だった。
綺麗な星に照らされて、腕が伸びていない肩を抱えながら蹲る死神。
その前には、ゲートに入って死神についてきた何かがいた。
「死神……いや、人間。らしいですね…」
その目は赤く、鋭い。全てを憎むような目だ。
左腕のない死神が叫んだ。助けを求めている。だが、周りにあるのは空で煌めく星たちのみ。
目の前の何かを見るなり、死神はこう叫ぶ。
『悪魔』と。
死神の方へ歩いていく悪魔。
地面に足を踏み込む度、その地面はめくれ上がり、風が吹き荒れる。
「あなたが……アレシアを……殺したのですか?」
首を大きく振った死神は恐怖のあまりうまく出せない声で必死に反論する。
そして、ほかの場所へ逃げようと、又してもゲートを開こうとする。
しかし、1歩も動くことは出来ない。
まるで、見えない何かに押さえつけられているかのように、膝から崩れた死神は、地面に叩きつけられた。
「な、なんだ……何が起こってる……お前何もんだ……」
「あなたがエルシオを……殺したのですかと聞いているのです」
動けない死神の側まで歩み寄った悪魔は、呟くような小さな声なのにも関わらず、この場の空気を凍りつかせてしまうような声で、同じ質問を繰り返した。
「ち、違うんだ。誤解だぁ。お、俺じゃない。殺ったのはる、ルディオス様だ。俺じゃない。俺じゃないからぁあがっ……」
死神の足が踏み潰される。左半身の手足を失った死神にはもう抵抗することすらできなかった。
「あなたじゃなかったのですか……まぁいいや……あなたも……そこにいたのでしょ?」
悪魔が少し両手を上げるとそこに短剣が現れた。
星の輝きを受けたその短剣は、煌めきながら少しずつ長くなっていく。短剣だったはずのその剣は、見る見るうちに長剣へと姿を変える。
白く輝く二本の剣を両手に持ち、左の剣を仰向けになった死神の肩に刺す。
「がはっ……待ってくれ、やめっ……ぐっ」
肩の次に腹部に剣を刺し、そのまま心臓部分まで持っていく。辺りに血が飛び散り、返り血を浴びた姿は、悪魔そのもの。
「アレシアも……こんなふうに刺された傷があったのです……」
既に死んだ死神に向かって、二本の剣を振り下ろし続ける。既に原型を失った肉の塊は、少しづつ細かくなっていく。
「なぜ……こんな事に……!
守れなかった。守れなかった。アレシア……アレシア。約束したのに……ぃ!!!」
「すごぃいなぁ。真天使化……即ち悪魔。そうなるだけでなく、星剣まで所有していたとはぁ。まあ、その程度では……っ」
突如現れた黒い死神は空を飛びながら悪魔にそう告げる。
悪魔が地面を踏み込み、地面がめくり上がる。それとほぼ同時に黒い死神は首を掴まれた。
怒りと殺意に満ち溢れた、悪魔の手に。
「はやいなぁあ。これはぁ適わないなぁ。僕の負けかなぁあ」
持っていた剣を、死神ルディオスの頭上へ振り下ろした悪魔だが、一瞬にして死神の手に現れた剣で止められる。
しかし受け止めきれない。剣と剣との衝突で、どちらかの剣が折れる前に、死神の方が振り下ろされた剣に耐えきれず、地面に叩き落とされる。空中からまるで隕石のようなスピードで落下した死神を中心に、地面に出来たクレーター。
その中心で、身動きのとれない黒い死神は、負けを認め目を瞑る。
「僕を倒したところでぇえ。天使に脅威は訪れる。お前も、ほかの死神からぁあ、天罰を下されるでしょうぅう!!!悪魔……ですから」
クレーターの中心にまでゆっくりと近づいた悪魔は、二本の剣を死神ルディオスに向かって突き刺す。
動かなくなった死神の横で、立ち尽くす悪魔。
「………………」
いつの間にか悪魔は姿を変え、白い羽を生やした天使になっていた。
そして、両手に持った剣は、光り輝くことをやめ、ただの短剣となっていた。
清く美しいその天使は、返り血を浴び、その血がアレシアのものなのか死神のものなのか分からなくなってしまっている?
「アレシア……ごめんなさいなのです。花を見る約束も……アレシアの事も……守れなかった。」
先程まで、殺意しかなかったエルシオの頭の中だが、殺意の対象がいなくなると同時に、アレシアとの思い出が、殺意の代わりに頭を巡る。
「ぐっ……ぁああああああ!!!!」
しゃがみ込み、顔を抑えて涙を流す。
憎しみや殺意に負けていた、本来あるべき感情が目を覚ます。
今までに無いほどの辛さ。悲しみ。
芽生えてくる様々な感情の一つ一つがとても痛い。
苦しい。胸が痛い。
もうアレシアには会えない。
共にご飯を食べる事も、寝ることも出来ない。
行ってらっしゃいと送り出されることもなく、ただいまと言う相手もいない。
嬉しい時にハイタッチしたり、泣きたい時にぎゅっとハグもできない。
当たり前だった生活が、音を立てて頭の中で壊れていく。
嫌だ。まだ……一緒にいたい。
こんな辛い思いをアレシアに伝えようと、一瞬心が楽になる。
でも…伝える相手がもういない。
「アレシア……アレシア……」
「人間か……私達が幸せを振り撒いていた人間が、アレシアを殺した……」
ーーーーーーーーーー人間が……アレシアを殺した
それから暫くして、エルシオの家の惨劇を目にした後、様々なところを周り、遂に星域まで駆けつけた天界騎士団の前には、ひとりの天使が立っており、ぐちゃぐちゃの何かと、一体の死神が転がっていた。
その天使は天界騎士団の方を振り向くと、光を失った目のまま口を開いた。
「私は……天界騎士団をやめるのです」
返事を待つことなく、ひとりになった天使はゲートを開いた。
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アレシアがいなくなってから2年。
崩壊した家の、辛うじて残った部分で生活していたエルシオだが、その生活は、家と共に崩れてしまっていた。
ほぼ寝たきりの生活。
ご飯など殆ど食べてはいなかった。
アレシアのおかげで成り立っていた生活が、どれだけあっただろうか。
アレシアがいなくなった今、エルシオに生きていく希望など無かった。
死神に復讐。そんな考えはエルシオにはない。
天界騎士団に戻りたいとも思わない。
確かに、死神を恨んではいる。憎んでもいる。
しかし、死神を殺したところで、アレシアは帰ってこない。
大好きだったアレシアの声は、もう聞けない。
それに、アレシアを守る事すら出来なかった自分に、死神から天使を守る仕事など出来るわけない。
そんなエルシオの元に、ある1人の天使が訪れた。何処かで見覚えのある天使。しかし、それが誰かもわからないほど、エルシオは心に深い傷を負っていた。
原型がわからないほどの家に辛うじて残された、一つの部屋。今にも崩れそうなその部屋の中で、ボロボロのやせ細った天使と、清く美しい羽衣を纏った天使は対面した。
「何も食べていないの?」
そう、語りかけたのは、かつて仕事を共にこなしていたエフィルロだった。
しかし、エフィルロの質問に答えるどころか、エルシオは声すら発しない。
床に背を当て、膝を抱えてしゃがみ込んでいるボロボロの天使。
その瞳からは生気は感じられず、ただただどこか遠いところを見つめていた。
「ねえ。エルシオ! 私よ、エフィルロよ! このままだと、あなた死んじゃうわよ!?」
全く反応を見せないエルシオに向かって、少し強めに言葉を投げる。
やっと声が耳に入ったのか、ゆっくりと動き出したエルシオは、顔をエフィルロの方へ向ける。
「……エフィ……ルロ?」
「そう! エフィルロ! とりあえず、ご飯を食べましょ! 私、もってきたから!」
玄関と思われる場所に置いてきた料理や調味料を取りに行こうとしたエフィルロだったが、
その時、
「死んでもいいのです……」
「え?」
エルシオが放った一言を聞き、足を止めるエフィルロ。
「このままだと死んでしまうのですよね…? ならば、このままでいいのです。このままでいれば、アレシアに会えるかもしれない……」
「何を……言ってるの……」
エルシオは本気で言っていた。
冗談なんかじゃない。それは光のない目を見れば容易にわかった。
その目には、もう過去のエルシオは残っていない。
それでも、エフィルロはほんの少しの希望にかけた。
ーーーーーーーーーーーーーエルシオの心に、ほんの少しでもあの頃のエルシオがまだ居るなら……
エフィルロは作ってきた料理をエルシオの前に持ってきた。しかし、エルシオの反応は無い。
エフィルロは、その料理の中に大量の粉を入れると、スプーンで掬いエルシオの口へ突っ込んだ。
「甘い……甘いのです……」
「まずいでしょ!? オゴーメに砂糖かけるなんてほんとに馬鹿よ! 馬鹿すぎよ! でも……でも! こんなに不味いオゴーメでも、アレシアは美味しいって言ってたわよ!? 不味いことに変わりはないけど、それでも、エルシオの優しさが入ってるから美味しいって!!」
「私の……優しさ……」
「もっともっと! エルシオの沢山の優しさをアレシアは知ってる! そんな優しいエルシオの事を、アレシアは大好きだったの! 愛していたの! アレシアにとって、エルシオは家族だったの!!」
『甘くてまずいのです~!』
『だから言ったでしょ!?砂糖なんてかけたら不味いって!
でも、ありがとね、エルシオ。
エルシオは優しいけど、いつも空回りしちゃうのよね。』
『そうなのです! 私は優しいのです!!』
『うんうん。私は…そんなエルシオが大好きだよ。』
『私も! 私も……』
ーーーーーーーーーー私も……
「私も……大好きだった。愛してた……アレシアとずっと一緒に居たいって、本気で思ったのです。私にとっても、アレシアは家族だった……」
加えていたスプーンをエフィルロが抜くと、甘ったるいオゴーメを飲み込んだエルシオは叫ぶようにそう答えた。
ふたつの瞳から沢山の涙を流しながら。
「だったら……生きて」
真剣な眼差しをエルシオに向け、エルシオの両肩に手を置きそう言った。
力強く放たれたその一言は、エルシオの心に衝撃を与えるのには十分すぎた。
左手の拳を握り震わせ、眉を寄せながら右手を上げ合図をした。
その合図と共に、二本の短剣がエルシオの右手に握られる。
「何のために生きるのですか……この双剣だって、私は……エルシオを守るために……」
そう叫びエルシオは双剣を床に叩きつけた。金属が擦れ合う鈍い音が収まると、エルシオは続ける。
「私は……アレシアのおかげで生きてこられただけじゃない。アレシアのために生きてきた様なものなのです……だから……」
「アレシアだって……」
エフィルロは下を向きながらエルシオの発言を途中で遮るように話し始めた。
俯いていた顔をあげ、青く澄んだ瞳から涙を流す。
「アレシアだって、エルシオのために生きてたわよ!! エルシオのためにご飯を作って、食べる必要もないのに毎日一緒に食べてた。それは、エルシオとのご飯を食べる時間が大切で、幸せだったからよ!! エルシオのために、ふたりの幸せのために、アレシアだって、努力してたのよ! 精一杯頑張ってたの!! 仕事だって、エルシオが天界騎士団に入ってアレシアひとりになっちゃっても、今まで以上に頑張ってた。エルシオにもしもの事があった時のために貯めておくんだって」
エフィルロの目の前にいる天使は、顔を抑えても溢れてしまうほどの涙を流していた。
「だから……生きて。また天界騎士になれなんて言わない。死神に復讐しろとも言わない。でも、生きて。アレシアの為に! アレシアの大好きなエルシオが、今ここで死んだりなんかしたら、アレシアも私も許さないんだから!!」
「アレシアの……為に……」
『エルシオの幸せは、私の幸せでもあるから。』
過去に聞いたそんなアレシアの一言が、胸の冷たい部分を温めた。
その時は味わえなかった、その一言の重さが今ではわかる。
固く、ひび割れ、壊れかけていたエルシオの心は、優しく何かに包み込まれたような気がした。
エルシオは声にならない声を出しながら泣いて泣いて泣き喚いた。
今まで、エルシオはアレシアのために生きてきた。
だがそれは、アレシアを守るために。という事だ。
今それが失敗に終わり、生きる希望を失ったエルシオは、もう生きる意味などないと思っていた。
しかし、それは違った。
アレシアも、エルシオのために生きていたのだ。それは、エルシオを守るためでもあり、エルシオが元気に健康に過ごして行くためでもあり、そして何より、ふたりの幸せを築き上げていくためだ。
だったら、アレシアのために生きようじゃないか。
ふたりの幸せを築き上げていくことは、もう出来ない。
でも、生きることならできる。
元気に、健康に、幸せに、生きることならできる。
それはアレシアの願いで、アレシアの幸せに繋がるのだ。
だから、
「生きるのです。アレシアを悲しませないためにも、強く生きるのです。幸せになってやるのです」
そう心に刻んだエルシオの瞳には、以前と変わらない強い心が見えた。
笑顔を見せ希望に満ちた目を上に向ける。
生きるために、幸せになるために、アレシアのために、
エルシオは新たな第一歩を踏み出した。




