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小説を書く人工知能を作ることはできるか?  作者: 葦沢かもめ
PHASE 3 共創型小説執筆AIについての考察
11/12

第11回 小説とは何か

今回は小説を書くアルゴリズムについて考察する予定でしたが、色々と長くなりそうなので、まずは前提となるお話をしておこうと思います。


初めにお断りしておきますが、以下の内容は、個人的偏見と知識不足に裏打ちされた、海辺に立つおんぼろの掘立小屋のような主張であり、その正確性について筆者は一切保証いたしません。




*「小説」とは何か


ここまで延々と書いてきて、ようやく私は、この問いを皆さんに投げかけることができます。


「小説」とは何でしょうか?


かの高名な御ウィキペディアから引用すると「小説は作者が自由な方法とスタイルで、人間や社会を描く様式」だそうです。


つまり「これこそが小説だ」と呼べるようなものは何もなく、それを人が小説であると認識できるならば、それは小説と定義されるのでしょう。


「良い小説」とは何か、の時にも少し触れましたが、小説にはオチがある必要もありませんし、キャラクターや世界観についての縛りもありません。


実験小説と呼ばれるような、既存の枠にとらわれない小説もあります。


こうした「小説」と呼ばれるものたちの共通事項を挙げるならば、それが文字で書かれていて意味を読み取ることができる、ということくらいでしょう。


その内容に小説としての価値があるならば、たった一つの文章であっても、それは小説になり得るのです。


あるいはそれが手紙という形式をとっていても、給与明細書という形式をとっていても、小説でないとは言えないのです。




分かりやすい例を挙げましょう。


〇×マート △町店

2018年09月19日(水)13:25

サラダ 200円

弁当  450円

――――――――

合計  650円

お預り 1000円

お釣り 350円


これは誰がどう見てもレシートです。

では次はどうでしょうか。


〇×マート △町店

2018年12月25日(火)01:25

サラダ 200円

弁当  450円

――――――――

合計  650円

お預り 1000円

お釣り 350円


これも多くの人はレシートだと思うでしょう。でも「これは小説だ」と言う人がごくわずかにいる可能性は、前者のレシートよりも多いのではないでしょうか。


クリスマスイブの深夜に、コンビニでサラダと弁当を買う。

それだけで、連れ添う異性もなく深夜まで残業してコンビニで夕飯を買う企業戦士の物語が脳裏に浮かぶ人が、いないとは言えません。


さらに改変を加えてみましょう。


〇×マート △町店

2018年12月25日(火)01:25

サラダ 200円

ステーキ弁当  600円

ショートケーキ 407円

――――――――

合計  1207円

お預り 1207円

お釣り 0円


こうなると、さらに不幸な境遇をコンビニの豪華な食事で紛らわせようという虚しさが、より強く感じられるのではないでしょうか。お釣りが無いという点に着目すれば、この人物の細かい性格を感じる人もいるかもしれません。


その意味で、これらのレシートの例は小説の本質に近い要素を持っている文章であることは確かです。


このことから筆者は、小説を書くために真に必要なものは、小説を書く能力ではなく、むしろ小説ではない文章を見分ける能力であると考えています。


重要なのは、「小説らしい文章」を選び出すことではない、ということです。




ここで先程の二番目の例をもう一度載せます。


〇×マート △町店

2018年12月25日(火)01:25

サラダ 200円

弁当  450円

――――――――

合計  650円

お預り 1000円

お釣り 350円


ここで小説らしさを生み出すキーワードは、「クリスマスイブの深夜」と「コンビニ」、「弁当」というワードでしょう。


しかし、この三つの関連性を理解しているだけでは、小説は生み出せません。


例えば、こんな風に改変するとどうでしょう。


〇×マート △町店

2018年12月25日(火)01:25

十六品目のヘルシーサラダ 200円

弁当  450円

――――――――

合計  650円

お預り 1000円

お釣り 350円


こうなると、恐らく読者のみなさんがこれまで(勝手に)男っぽいなとイメージしていた購入者が、女性かもしれないなと感じるのではないでしょうか(ジェンダー差別をしたいわけではありません。あと女性なら450円もする弁当は買わない、といった反論もとりあえず置いておきます)。


私が言いたいのは、元々の小説らしさには関係無かったはずの「サラダ」という中立の情報から派生することによって、「恋にかまけずに仕事を頑張るOL」というように小説らしさがより深くなっているという点です。


つまり小説らしさがあるものだけを抽出する、という方法では、小説を書くことが難しいのではないかということです。


むしろ「小説らしさはないけれど小説らしくないとは言えない単語」があった方が、より小説らしくなる結果を生み出すのではないか、と私は考えています。


恐らく生物学に詳しい方は、もうお気付きでしょう。


これは、遺伝子の中立進化説と同じなのです。




*「中立進化説」の視点から小説を捉える


キリンの首が長くなった理由は、高い場所にある葉を食べることで、競合する相手が減り、生存に有利になったから、という説明は誰もが知っているでしょう。


では、全ての生き物の全ての特徴は、必ず生存に有利に働いているでしょうか。


例えば、ヒトの鼻の下から唇にかけて、顔の真ん中にくぼみがあります。


これは生存に有利でしょうか?


何かの名残だとしても、少なくとも今はこれがなければ生きていけないということはない。


かといって生存に不利になる訳でもない。


こうした損にも得にもならない特徴も進化の過程で残っていく、と説明したのが中立進化説なのです。




この多様性ないし冗長性は、新たな進化の可能性を生み出します。


例えば、世の中には色々な人がいますから、当然、肺の大きさには個体差があります。


その個体差の範囲ならば、ちょっと肺が小さめだろうが基本的に生存に有利でも不利でもありません。


ですが、もしも地球上の酸素が数分間程度消滅するのを繰り返すような環境に変わった場合、肺が大きく息を長く止められる人の方が生き残りやすくなるでしょう。


もちろん、肺が大きい人の子供は、必ず肺が大きい訳ではありません。しかし個体群全体としてみると、結果的に肺を大きくする遺伝子をもつ人々が生き残りやすくなります。


これが多様性ないし冗長性が生み出す、進化の可能性なのです。


小説というものも基本的には中立進化説にしたがって生み出されるものではないか、というのが私の考えです。




それに対して、小説評論と呼ぶのでしょうか、小説の中にある言葉やら描写やらを指差してああだこうだいうものがありますが、筆者は何の面白みも感じません。


小説の本質を解き明かすものではないからです。


小説評論と呼ばれるものは、そこにある文章を解析することに一生懸命になっているように感じます(あくまでも私の偏見です)。


生物学を学んだ身からすると、そういうものは動物なり植物なりを観察して分類するような古典的な形態学そのものとしか思えません。


生物学においては、模様がどうとか骨の形がどうとかで生物を分類する時代は終わったのです。


それに代わって、今は遺伝子から系統樹を作成することで、より正確な進化の過程を追跡できるようになりました。


以前、料理を測定しただけでは作り方は分からない、という話をしましたが、それと同じです。


出力結果から正確な入力方法を知ることが難しい種類のものなのです。


小説の本質を知りたいならば、小説の遺伝子とも言うべき「形成される原理」に目を向けるべきです。

2018/11/12 初稿

2018/11/14 レシートの日時を12月25日に修正

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