第10回 小説執筆AIは星新一に憧れるか?
今回は、小説執筆AIが何を理想として小説を書くべきかについて考察していきます。
前回、小説を書くアルゴリズムとして、「発見」「執筆」「推敲」「評価」を挙げました。
小説を書く多くの人は、この段階を踏んで小説を書いているはずです。
このうち「評価」の段階では、これまでに小説を読んだり書いたりした経験を指標にして、どこが良くてどこがダメなのかを判定しています。
オチが無いと面白くないな。情景描写が甘いかな。ここでライバルが味方になるのは熱い。などなど。
人によって評価基準が異なる部分もあれば、多くの人に共通する部分もあると思います。
では小説執筆AIは、何を指標にして小説を書くべきでしょうか。
過去の有名作家の作品を解析して、それを応用して小説を書くべきという人が多いでしょう。
実際、過去の作家を真似る訳ではありませんが、小説執筆AIに過去の作品を学習させることで小説を書かせる、というのは基本的な小説執筆AIの作り方です。
星新一が書いた1001篇のショートショートを学習させて小説を書かせるプロジェクトが有名ですね。
しかし私は、有名作家の過去の作品を学習させることは必要だとは思いません。
有名作家を真似た作品を作りたいのなら、それでいいと思います。
でも、小説執筆AIに学習させる真の目的は、それらを元に「良い小説」を書かせたいからです。
では「過去の有名作家の作品」=「良い作品」である、と本当に言えるのでしょうか。
分かりやすい例を挙げましょう。
もしも有名な小説家が匿名で小説を書き、ひっそり「小説家になろう」に投稿したとします。
果たしてそれは、絶対に人気になるでしょうか。
よほど文章で本人特定されない限り、私はならないと思います。
なぜならば、理論がそれを証明しているからです。
マーケティングの理論に、バス・モデルというものがあります。
かみ砕いて説明すると、投稿された小説を誰にも影響されずに自分から読みに行く人(イノベーター)よりも、他の人が読んでいるから読みに行く人(イミテーター)が少ない場合、読者の数は山の裾野を降りていくように減少します。
逆に、イミテーターが多いと、読者の数は山を登っていくように増加して、頂上を過ぎると減っていきます。
この話は、過去に「小説家になろう」に投稿された小説のアクセス数を見て頂ければよく分かると思います。
人気が出ていない小説の場合は、投稿日のアクセス数が最も高くて、一気に減っています。
逆に人気の小説は、投稿日よりも日が経つにつれて読者数は増えていっています。
これは「小説家になろう」において、投稿されたばかりの作品を読むイノベーターよりも、高評価がついていたり、ランキングに載っていたり、フォローしている作家の作品しか読まないイミテーターが多いということを意味しています。
だからSNSでプロモーションをしてランキングに載せたり、仲良し同士で評価しあえば、イミテーターの読者が指数関数的に増えるのです。
これはウェブ小説だけでなく、紙の本や電子書籍にも言えることだと、私は思います。
紙の本だって、書店が一生懸命にPOPを作って、目立つところに売りたい本を並べる努力をします。
電子書籍も、ネット広告で宣伝をしています。アマゾンのKindle本のページを開けば、オススメだったり、キャンペーン中の電子書籍が並んでいます。
つまり小説というものは、どんな媒体であっても、それがどんなに面白いかということを広く宣伝しなければ売れないのです。
その理由は簡単です。
面白いかどうかは実際に読んでみないと分からないのに、読者は読む前に金を払う訳ですから、誰もレビューしていない本を読みたがる人、つまりイノベーターは生まれにくいはずなのです。
つまり、「良い小説」であれば必ず評価される訳ではありませんし、過去に評価されている小説が「良い小説」である保証はどこにもないのです。
それに、もしも「良い小説」だけを学習させることができたとしても、「良い小説」を出力できるとは限りません。
なぜならば、「良い小説」を生み出した作者が自らの書いた文章を「評価」する方法を、AIが小説から予想することは困難だからです。
例えるなら、作者はシェフであり、小説は料理です。
美味しい料理を食べて、シェフがどの段階で何をしたのかを、どうやったら正確に言い当てることができるでしょうか。
味を感じるための味覚、匂いをかぐための嗅覚、触感を得るための触覚、どんな形に成形されたかを見る視覚、噛んだ時の音を聞く聴覚。
それらを全て駆使したとしても、どうやって作られたのかまでは、なかなか分かるものではありません。
一度熱してから冷ましていたりすると、今の温度を感じただけでは分かりません。
味噌や醤油なんて、長い間発酵させていますけれど、その時間の長さなんて分かる訳がありません。
味噌や醤油の前知識があれば別なのかもしれませんが、もしそれが異国で食べた見たこともない料理だったら不可能に近いでしょう。
ましてや風邪で匂いが分からなくなっていたら、より難しくなります。
では、もしこれをAIにやらせたらどうなるでしょう。
味覚センサー、嗅覚センサー、触覚センサー、視覚センサー、聴覚センサーを駆使して正確にデータを計測したとしても、やはり難しさに変わりはありません。
それと同じことが、小説でも言えるのです。
文体やストーリー、その他の測定する変数がたくさんあったとしても、作者が何を評価して小説を書いていたかを予想することは、不可能と言っていいでしょう。
しかも料理と違って測定すべきポイントも不明瞭です。
作者が文章の長さに気を付けて書いていたのに、AIがそれを測定するようにプログラムされていなければ、AIには永遠に作者の評価方法は分からないままになってしまいます。
とすると、小説執筆AIを開発したいのに、指標とすべき「良い小説」が分からないという壁が立ちはだかります。
そして実際そうなのです。語弊を恐れずに言えば、この世界に「良い小説」なんて存在しないのです。
より正しく言うならば、小説の内容が多少雑でも、それを読んだ多くの人を満足させる付加価値があれば「人気小説」になってしまうのです。
そのためには、まず小説を最後まで読んでもらうための分かりやすい文章が必要です。分かりにくい文章は、読者にストレスを与え、その数を減らします。
そしてもう一つ、読者を満足させる付加価値も必要です。
ただし、これは文章に依存するものではありません。
もちろん緻密な描写や独特の文体が好きだという人もいるでしょう。
でも、キャラクターが好きだという人だっています。
予想を裏切るストーリーが好きという人もいます。
特徴的な世界観や奇抜な設定が好きだという人もいます。
特定のジャンルなら何だって好きという人もいます。
すっきりした読後感を欲していたり、ハッピーエンドしか受け付けないという人もいます。
有名作家の作品を読んでいるという事実に満足している人もいます。
誰かと感想を共有したいから、多くの人が読んでいる本を読むという人もいます。
表紙の絵が好きだという人もいるでしょう。
こうした付加価値があることが多くの読者に伝わり、満足感を与えることができれば、その小説は人気を得ることができるのです。
裏を返せば、小説執筆AI(を含めた小説執筆者)に最低限求められているものは「誰にでも読める分かりやすさ」であり、オプションとして「読者の欲求を満たす何かしらの付加価値」もあったらベターということになるでしょう。
付加価値という観点からすれば、「星新一のショートショートを学習してAIが書いた小説」というのは、それだけで価値があると言えます。
ここで私が暗に言っているのは、読める文章が書ければ、たとえオチが無くても「人気小説」になり得る、ということです。
例えば、本の表紙を綺麗なイラストにして、「これがAIの書いた小説だ」なんてキャッチコピーで売れば、オチが無い小説を読んだ人でも「これは意味深だ」なんて感じる可能性もある、ということです。
あくまでも可能性の話ですけどね。
そんなことありえない、と思っているそこのアナタ。
今すぐYouTubeを開いてバーチャルYouTuberの動画を見てみたらいいですよ。
たいして役に立つ内容でもなく、オチがある訳でもない(けなしてる訳ではなく、むしろ褒めています)のに、何十万回も再生されているのです。
その理由としては、ノリと勢いとキャラクターに、面白さや癒しを感じるからでしょう。
それこそがバーチャルYouTuberに視聴者が見出した「付加価値」なのです。
それと同じようにAIが、オチは無いけど、代わりにノリと勢いとキャラクターがある小説を書いたなら、それは人気小説になるポテンシャルがあると言えるでしょう。
さて、ここまでの考察を元に、筆者の小説執筆AIの開発方針を宣言しておきます。
筆者が目指すのは、「発見」「執筆」「推敲」「評価」のアルゴリズムを通して、最小限の機能である「誰にでも読める分かりやすさ」を持つ文章を出力できるプログラムです。
Googleのような企業に金をもらって仕事として開発しているような人たちに、ド素人が趣味で作ったプログラムが勝てる訳がありませんしね。
それが完成できたら、オプションとしてオチをつけられたり、あるいは個性的なキャラクターを登場させる機能を追加することにしましょう。
次回は、小説を書くアルゴリズムについて考察していきます。
それでは。
2018/05/20 初稿
2018/10/08 初稿第二版 誤字修正・文章修正