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Intermezzo:厄介ごと(下)

初出:2008年自サイトにて


この作品は、自サイト掲載作品を加筆修正したものです

 そして後日。


 藤吾郎(とうごろう)は説得の労をとると言ったが、結果を保証したわけではない。また監視局員の殺害および強姦は取り決めに反した行為である以上、処罰されることはやむなしと判断する。


 素直に(?)罪を認めたユーグ・クリュヴァイエが処分を受けることはない、と勝手に思い込んでいたクリュヴァイエ家からの苦情に、そうしたためた手紙を返した御舘(おたて)家次期当主・信一郎(しんいちろう)靖隆(やすたか)は、このトラブルを持ち込んだ従弟を軽く睨んだ。


 「まったく、ろくでもない話だ」


 その名声(悪名の間違いではないか、と藤吾郎がほざいたこともある)故にどう転んでもD線の連中と関わりを持たざるをえない御舘家、その長子に生まれた信一郎は、藤吾郎が持ち込まなくてもこの手のトラブルには恵まれている。

 毎度の事で処理に慣れてもいるのだが、しかし毎回うんざりさせられるのに変わりは無い。そもそも信一郎は話し合いを好む温和な性格で、話の通じない連中は苦手だった。


 「いやあ、(しん)も大変だな?」


 しらっとこう言ってのけた藤吾郎は、どちらかといえば武断派だ。

 荒事も多い強制捜査課で観測官と捜査官が兼務できる(強制捜査課にはこういったダブル・ライセンス、更には文化調整官資格を有するトリプル・ライセンスも少なくない)のだから、見た目通りの性格はしていない。


 「誰が持ち込んだと思ってるんだよ」

 「もちろん私だけど、細かいことを気にしちゃまずいだろ」

 「どこが細かいんだ、どこが」

 「詳しく説明して欲しいか?」


 話をさせるとろくな事にならないのは、判りきっている。


 ため息を一つついて見せ、信一郎は別の書状を文机に載せた。

 「ご丁寧に、羊皮紙で寄越したぞ」

 意味は判るだろう。そう言外に問うた信一郎に、藤吾郎は軽くうなずいた。

 「箔押しの紋章入り。メルクリオ家が確認したからこうなるか」


 メルクリオ家から送付されたそれは、小文化圏連合がメルクリオ家の証言を認定し御舘家に制裁権を認めたという通知だった。


 事務的な文書は電子化されていることもままあるが(なにしろ通信速度の問題がある)、第一級文書は小文化連合加盟地域それぞれが固有文化に合わせたものを用いる決まりになっている。メルクリオ家が箔押し彩色紋章の入った羊皮紙で用件を伝えてくるということはつまり、小文化圏連合加盟国としてこの件を重視していると伝えることに他ならなかった。

 田舎の自分(マイ)ルールを振りかざす奴など迷惑だからしっかり処罰しろ、というのが本音だろう。

 小文化圏連合としては、ルール無視の無頼者と同一視されたらたまったものではないのだから。大国とぶつかり彼らに隙を見せたら呑まれて滅ぶ、その危機感があるからこそ、こういう場合のけじめはきっちりつけるもの、と認識しているのが小文化圏連合だった。


 「もちろん、こちらとしても甘い対応をする必要は欠片もないけれどね」


 信一郎も手控えてやる義理は感じていなかったから、メルクリオ王家に対する返書には御舘家次期当主として、毛筆で署名をしたためた。

 第一級文書であることの証明として、だ。内容としては所詮よくあるいざこざのちょっとした仲介にすぎないが、相手同様に次期当主としての立場を表明する必要はある。


 この書簡のやり取りは、知のメルクリオと武の御舘、両家は小文化圏連合のためルールの徹底に尽力する、という意味だった。


 「それにしても、面倒くさいことを押し付けられたものだよ」

 苦い顔をしていると、藤吾郎がくすりと笑って話を変えた。

 「それで、どう話がついたのかな。聞いてよければ教えてくれないか」

 「構わないよ。警備隊で半年の懲罰の後、ペルシル政府に引き渡すことになった」


 警備隊、などというと大した事もないように聞こえるが、実態はこの小国トヨスの防衛隊である。豊洲では男の通過儀礼でもある警備訓練はその性質上、いささか(これはあくまでも豊洲住人の基準における『いささか』だ)荒っぽい。

 そんな訓練を受けるのが当たり前とされる集団における懲罰だから、つまりは厳しいしごきが待っている、という寸法だった。


 「順番は逆にしたほうが、効果がありそうだけどね」

 警備隊での懲罰を終えた後なら、ペルシルの刑務所なんて天国も同然だ。

 信一郎にも無論、藤吾郎の言いたい事は判ったが、ゆるりと首を横に振った。

 「かなりの年数、収監される事になる。出所する頃には高齢だし、よぼよぼになってからこちらに引き渡されたら、勤務中に死ぬぞ」

 「死んだ場合の処置は?」

 「こちらで好きにしていいそうだ、が、だからってしごくなよ」


 平凡無害を装う藤吾郎だが、実態はこの豊洲の特殊部隊である『防人(さきもり)』の一人であり、肉体的にもけして弱者ではない。手加減抜きの藤吾郎にしごきに加わられたら、鍛えの足りない坊ちゃんなど一週間と保たないだろう。


 「私は警備隊に関知していないんだけどなあ」

 そらとぼけている様子は実に白々しい。

 「ま、他の連中以上に動いてもらわないと、懲罰の意味が無いね」

 「何を入れ知恵する気だ」

 「クリュヴァイエの騎士なら体力あるから、多少厳しくても大丈夫だ、と健に伝えておくだけだよ」

 警備訓練を総括するのは健三郎(けんざぶろう)孝敏(たかとし)で、これは藤吾郎以上に『首から下』の、つまり体力仕事を好む人材だ。その健三郎の無邪気な行き過ぎも、常ならば後方責任者の井口(いぐち)(みさき)がブレーキをかけるが、このクリュヴァイエの件については期待できない。


 婦女暴行を正当化する奴に手加減するほど、ここの女たちは甘くない。

 そして、見せしめの意味を理解しないほど愚かでもない。


 そしてさらに、岬は崩落地でも一二を争う女傑であり、前線兵士を厳しく『躾ける』事も知っている。後方担当者ならではのやり方で、クリュヴァイエの懲罰を厳しくしてくることだろう。

 命までは奪わないが、一線を越えた者には相応の処分を。

 それが自分達を、そして自分の子供たちを守る手の一つであると理解しているからこそ、岬はこの小国で地位を保っている。

 「ペルシルでの服役も、これが終われば楽に思えるんじゃないのかな」

 のんびりと言った藤吾郎は縁に腰を下ろしたまま、用意されていたお茶を楽しんでいた。

 見た目だけでいえば、中肉中背の冴えない三十路男が、のんびりとお茶をすすっているだけ。猫と一緒に、縁側で日向ぼっこしていれば良く似合うだろう。


 なのに、なぜこれが凶悪無比な輩に見えるのか。

 信一郎は心の中で自問し、敢えて答えは出さないことに決めた。


 ため息を一つつき、

 「死なない程度にしておけよ」

 と釘は刺しておく。

 小文化連合としては協定を順守しない者に対して厳しく対応する場面だが、死刑を求めるまでの資格は有していない以上、死んだら厄介事になる可能性も無いわけではない。

 しかし。


 「あまり大声では言えないけど、ユーグは始末して構わないんだよ。クリュヴァイエ家そのものがトラブルメーカーだし、あれを利用する勢力だって無いわけじゃない」


 だから力を殺いでおくに越したことはない。

 ……それは、大福もちを食べながら、茶飲み話で話すようなことではないと思うのだが。

 「おまえ、監視局員だろう。それは文化侵略にならないのか」

 「事故で死ぬ分には問題ないね。火中の栗をどこまで拾うか、それは問題だけど」

 「……判った」

 「あとは、伯父さんと信の判断に任せる」


 これが私の話せる範囲だから。そう言ってから、藤吾郎は実にうまそうにお茶をすすった。

今回登場した信一郎靖隆(やすたか)、健三郎孝敏(たかとし)はともに藤吾郎の従兄です。


なお藤吾郎の「雅之」も信一郎の「靖隆」も(いみな)にあたるため、当人たちは互いをこれで呼ぶ事はしていません。

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