Intermezzo:厄介ごと(上)
初出:2008年自サイトにて
この作品は、自サイト掲載作品を加筆修正したものです
異世界召還なんてもはや使い古されたネタだと言うのに、いまどきそんなものを真顔で実行する奴にお目にかかるとは。
呆れていることを悟られないように真面目な表情を取り繕ったまま、御舘 藤吾郎雅之は目の前の男を見下ろした。
もっとも、使い古されてるネタといってもリアルでのことではないし、小説ネタにしたって時間線C四二五九においての事であって、ここじゃ目新しいんだろう。どのみち、迷惑なことに変わりはないが。
「局員殺害、転送ピボットの不正使用、未成年外国民の拉致。これだけで50年は食らいこむぞ」
尋問担当者の口調は厳しい。
まったく、バカバカしい話もあったもんだ。
アルフレッド・マーカスがペルシル語でぶつくさ言ったが、相手は無論これを理解していないだろうと、局員+1名は確信していた。
そもそも事の起こりは、取調べ中のこの男が『国を豊かならしめる賢者を召喚する』などとほざき、その部下が監視局のステーションに押し入って占拠したことにある。占拠する過程で警備担当者二名が斬殺され、女性監視員一名が強姦され重傷、さらに監視局の設備を勝手に使用して十七歳の少年をむりやりこちらに引き込んだ。
これだけやってのけていれば、監視局としても甘い扱いをする必要は全くない。
しかし
「国のために召喚しただけだ、何が悪い」
と、相手はあくまでもふんぞり返っている。
「判ってないな?あんたは監視局との協定を破り、市民誘拐によってC四二五九アメリカ合衆国の国家主権を侵害した。C四二五九アメリカ合衆国は時空監視局と協定を結んでいる国家だ、同じく協定を結んだあんたらに対して、主権侵害に対する賠償を求めることが出来る」
説明する担当者は青筋を立てているのだが、容疑者殿下は馬耳東風だった。
なにしろこの容疑者殿下、中世封建世界の王族である。むろん監視局と交流をもつのだから『違う世界』のことも知識としてなにがしかは知っているだろうが、やらかした事を見る限り、身分を振りかざせばたいていのことは片付くと思っている程度の人物だ。
そしてもちろん、自分のやらかしたことがどういう意味をもつのかなど、判ってはいない。
まったく、よりによってなんて国を刺激してくれたんだこの大バカは。
またマーカスがぶつくさ言ったのに、御舘もわずかにうなずく。
犯罪捜査はするが、当事者のどちらに肩入れする義理もない監視局としては、『召喚』と称して拉致されたアメリカ人少年を保護する義務を負うとともに、C四二五九による文化的侵略を防ぐ義務も負っている。
しかし未成年市民の拉致なんて形でアメリカ合衆国の主権を侵害、ぶっちゃけ間接侵略なんぞされてしまった日には、アメリカの介入を防ぐ手が打ちにくくなるのだ。
まして『国のため』なんてお題目をアメリカのエージェントの前で口走るなんぞ、阿呆としか言いようがない。これじゃ、『私の国は、国のためにあんたんとこの国民拉致しました。それがどうしたって言うんです』とアメリカに喧嘩を売ったのも同然である。
喧嘩を売られて大人しくしてるような国家ではないのだし、調停役の苦労だってあるんだから黙ってろよ、が強制捜査課員二人の本音だったが、あいにく、この首謀者にそこまでを察する能力はないようだった。
文化調整部の担当者も、無表情を装った唇の端がぴくぴくしている。
アメリカ側担当者は、不機嫌な顔のまま監視局員と容疑者を見比べていた。
「だいたい貴様ら、私は王族だぞ!王族が平民の一人を連れて行ったくらいで何を騒ぐ!」
D五五二〇線なんてド田舎の、封建社会の常識振り回されても、困る。
それがマーカスと御舘の脳裏に浮かんだ言葉だったが、差別的ともとられかねないこの一言は、監視局員としての二人の口から言えるものではない。
そして差別には五月蝿く、慎重な振る舞いをするアメリカ人の口からも勿論、類似の言葉は出てこなかった。
一方、容疑者はといえば黙っている相手には何を言ってもいいと思っているのか、
「平民なぞに何の権利がある。どうせアメリカとやらの所有物ではないのだ、こちらで引き取ってやったところで文句はあるまい」
と、さらに言い募った。
「局員に対する暴力行為もあるな」
「我らは降伏を呼びかけたが、あの者たちは交戦を選んだ。ならば、負けたものが殺され女が手篭めにされるのは当たり前だろう」
マーカスの額に険悪な色が浮かび、文化調整官の顔面の痙攣はいっそうひどくなった。
こりゃあ、現代人が対応するのは不可能だ。
文化調整官も専門訓練を受けた人材だが、無限の時間を費やすような案件では無し、さっさと収めたほうがいいだろう。
そう判断し、御舘は文化調整官に合図を送った。
いくら時空犯罪の捜査とは言え、マーカスと御舘の二人がわざわざセットで派遣されるのは珍しい。伊達や酔狂でこの二人にチームを組ませるほど、強制捜査課は暇ではないし、課長のアロヴィイダルも素直ではない。
文化調整官とてその意味は判っているのか、合図に対して軽くうなずき、半歩下がって場を譲る姿勢を見せた。
「協定の条文は、ご存知と思いましたが」
まずこう口を開いたのは、御舘だった。
「D線保護法とやらが我らを保護するとか決めている、あれだな」
ふふんと鼻を鳴らした相手に、御舘はため息をついた。
正式名称を『文化侵略防止及び文化保護に関する協定』という協定は、経済的に貧しい地域や人口が極度に少ない地域の文化を守るために設けられたものである。該当する地域が産業革命前の産業レベルであるDクラス線に多いというだけで、この協定で保護対象となる地域にはAクラスであるペルシル線の自治国家も含まれる。
ましてD線保護法という俗称は、『Dクラス線は保護されるべき格下の存在』という差別的な意味合いを含むものだ。一国の代表ともなりうる王族が口にするには非常にまずい。
こいつ、自分が王族だってことの意味を理解してねーな。
マーカスがそう、ペルシル語でつぶやいたが、
「そなたらは我らの風習を重んじなくてはならぬのだろう。ならば、我らのやることに口をはさむでない」
身分の意味をわかっていない(ついでにペルシル語も判っていない)容疑者は、あくまでも偉そうだった。
「貴様も所詮は下郎であろうが。平民ごときに指図されるいわれはない」
「基礎条項第十三条、諸外国の主権侵害に関する取り決め第三項の一」
御舘はあえてとりあおうとせず、淡々と告げた。
「この条項は、文化侵略防止及び文化保護協定の下にある国家に対しても適応される」
「それがどうした」
「基礎条項第一〇五条、監視局との不戦に関する取り決め第九項、これも同様だ」
「だから、それがどうしたと聞いている」
「文化保護協定は、これらの条項に反する行為に対しては適応されない」
文化保護法とはつまるところ、協定を守る国家を保護するための法律、なのだ。数多くのDクラス線国家との接触を重ねてきたペルシル政府であり監視局だからこそ、この順序を徹底して守る。協定を守ろうとしない奴を護るなどという、甘い発想はなかった。
しかし。
「ふん、王族の言葉が勝るに決まっておるわ!」
と、あくまでも容疑者殿下は態度が大きかった。
仮にも王族を名乗ってるくせに、協定の意味もわからないのか。こいつに王族を名乗る資格はないだろう。
そうペルシル語でぼやくマーカスに、容疑者殿下から見えないところで文化調整官が笑いをこらえていた。
そんなことにももちろん、容疑者殿下は気がつくわけはなく
「我らの行い、貴様のような下民には判らんだろうがな」
と、さらに言い募り始めていた。
「その下民と言う言葉を使用されるのは、侮辱行為であるとご存知ですか」
「貴様ら下民が決めたことであろうが!我らの風習では、貴様ら下民を下民と呼ぶのは侮辱ではないわ!」
「協定によればあなた方は侮辱行為を行わぬ義務があるわけですが」
「王族に意見するか、犬めが!」
御舘の顔につばを吐きかけたそいつは、クソ偉そうにふんぞり返っていた。
奴の口の中もだいぶん不潔だろうから、あとで消毒しとかないとな、とちらりと考えてから、御舘は相手に意識を戻す。そして
「今のも、侮辱行為ですね」
と、あくまでも穏やかに返すと、
「D線保護法では我らの流儀を守ってよいのだろう!王族だぞ!」
そう、容疑者殿下はますますふんぞり返った。
ここまで決定的な行為が出てくれば、もういいだろう。
そう判断してマーカスに視線を向けると、マーカスは黙ってうなずいた。
御舘も軽くうなずき返してから、容疑者殿下に視線を向け直し、本題に入ることにした。
「ところで殿下、文化保護協定の使い道はもう一つあるんですよ」
「は!下民が何を抜かす」
「文化侵略防止及び文化保護に関する協定第二百条。本協定の保護下にある国家またはその国民が、以下に指定する国家または国民に対し侮辱行為を働いた場合」
「ほほう、貴様、下民の割に法に詳しいようだな?」
「被害者たる国家または国民は、その属する文化習慣および協定の定める範囲内において、加害国家または加害者に『名誉回復』を行うべく申し立てることが出来る」
長々とした条文をだいぶん端折った気がするが、御舘はとりあえず、その点には目を瞑ることにした。
「ところで、王族としてのあなたの行為に責任を取るのは、どなたですか」
「ふん!王家が守るにきまっておろう!」
文化調整官とマーカス、御舘の視線が交錯した。
「すると、つばをはきかけると言う行為は、クリュヴァイエ家が私に対して成した侮蔑と受け取ってよろしいですね」
「なんなら、貴様の家に対するものと受け取ってもらって構わんぞ。貴様に家門というものがあればな!」
よし、OK。
調整官が呆れ、マーカスがにやりとしたのを、アメリカ側担当者がじっと見つめていた。
「では、先ほどのあなたの行為は、クリュヴァイエ家から御舘家に対して成されたものであると、そう認めるわけですね」
「そうして欲しいのか、では認めてやろうとも!」
何が楽しいのかさっぱりわからないが尊大に笑っているクリュヴァイエ家の殿下に、事情を察したらしいアメリカ人と、御舘が意図するところをはっきり見極めた調整官が、哀れみの視線を向けた。
「エルステッド君、今のは記録されたね」
D五五二〇線の立会人は書記の手元を確認してから、はいと答えた。
「よろしい。では、この一件については同じ文化侵略防止及び文化保護に関する協定の範囲内でも処分が出来ます」
「なんだと?」
首謀者殿下はあくまでも、侮蔑する調子を崩さない。
「協定遵守を呼びかけたアーヴィングトン崩落地住民に対し、侮辱行為を行った。これは文化保護協定の中で処理可能ですよ」
にやりとした御舘の肩を、マーカスが満面の笑みでぽんと叩いた。
「……アーヴィングトン崩落地とは、どういうことだ貴様」
人間の顔色がここまで派手に変わる様子など、そうそうお目にかかれるものでもない。
まさに見ものだよな、とつぶやいた御舘に、この糞ったれサムライが、とマーカスが小声でやり返してきた。
「おや、ご存知でしたか」
「平民でもあるまいに、知らぬ者があるか!」
いや普通の子供だって知ってるだろ。そうマーカスが突っ込みをいれているが、これはペルシル語だからもちろん通じてはいなかった。
かつてアーヴィングトンという街のあった谷からアーヴィングトンの町全体が消滅し、今の住人達が小国ごとペルシル線に『落ちて』来たのは一五〇年ばかり前。当時発足間もなかった時空監視局は、この大事件に違法空間遷移の疑いで強制捜査に乗り出したが、実のところこれは時空災害被災者である小国とその住民に対する侵略行為であった、と現在では解釈されている。
それだけなら、歴史上の出来事だけで済んだだろう。
しかしこの小国の民が他と異なっていたのは、そのしぶとさだった。なにしろろくな火器も持たないはずの崩落地住人が、監視局相手に一年も粘ったあげく、ペルシル政府との和解をもぎ取っていったのだ。
そして小国トヨスは自治権を維持したまま現在に至っており、そこの住人たちもサムライと渾名されるとおり、己の国を守った戦人の風を今に伝えている。
「そりゃ好都合です。私の姓を聞いて、見当つきませんか。D線の王族の方なら、ご存知だと思ったんですが」
「ふん、下郎の名など聞いてどうする」
「始めにも名乗ったとおり、御舘というのですが」
何か言いかけた相手の表情が凍りついた。
うーん、ここまで効果的だとは思わなかったなあ。そうマーカスが感心したように囁く。
「な、んだと……」
「殿下のご発言によれば、あの侮辱行為は我が家に対してなされたものと解釈してよろしいわけですねえ」
「貴様、すると……いや、あのオタテの名を騙る不届きものだろうが!」
あのもこのも、トヨスでオタテといえば一家系しかない。
領主一族である。
まあもっとも藤吾郎はその名前が示すとおり、一族同姓同世代の男の中で五人目に位置するので、相続権やらなんやらは遠い話に過ぎない、末席に連なるだけの身だが。
「IDは提示しましたが、何か疑問でも?偽者だと言い募るのも、侮辱に相当しますよ」
ぐうとかぬうとか意味不明の音を立てている王族の横で、立会人のエルステッドが青ざめていた。
クリュヴァイエ家のようなD線国家とペルシル政府が初接触する際には必ず、小文化圏連合が口をはさむ。それはアーヴィングトン崩落地事件以前から文化侵略に抵抗してきた文化圏が、新たな被害者を出さないために要求していることだったし、己の経験があればこそ、抵抗の歴史と協定の意味を新規参加者に叩き込むのも常である。
たとえトップが理解してなくても、側近の誰か一人くらいはそれらの教育が意味するところを理解するのが常だし、理解する者が一人もいなければやがて文化侵略を受け静かに消えていくのも常だ。
その流れに抗い己を残した中でも特に有名な文化圏はいくつかあるが、トヨスは武闘派として知られている。農業革命前の世界の片隅に座する国の王に過ぎないクリュヴァイエ家が、『あの』サムライ一族に喧嘩売りますか?と尋ねられれば、首謀者殿下はとにかくとして、クリュヴァイエに仕える者たちは首を横に振るだろう。
「しかしオタテ殿、侮辱行為は第三者の確認を要したはずですぞ」
立会人のエルステッドが、いささか震える声で抗議した。
クリュヴァイエ家の典礼官だというエルステッドはさすがに、協定をよく記憶しているのだろう。
「侮辱された本人からの申し立てだけでは不足なはず」
青ざめたまま首を絞められているような声を出したエルステッドに、御舘はいつもの、人畜無害を装った笑みを返した。
「そうですね、相応の身分を有する者が確認するのが、こちらの文化を尊重する場合のやり方ですね」
「ならば王族に相当す」
「基礎条項を守らない国家に対して、その項目は適用されません」
文化保護協定の中で処理可能である以上、協定に定めた順序も守られる。
なにしろ小文化圏連合にとって、同類の顔をして暴れまわる無法者は迷惑千万な存在だ。たとえ監視局やペルシル政府がこのあたりに目をつぶろうとしても、順序を守ることを厳しく求めてくる。
監視局員としては無視できない。
「それに、たとえ項目が適用されたとしても問題はないんですよ」
笑みを変えることなく、御舘はマーカスに視線を向けた。
エルステッドの視線がマーカスに向けられたのを確認し、マーカスがゆったりと両手を背中で組む。
「D二三一五線メルクリオ王家の者により侮辱行為の確認をした。もう一度名乗ろうか、アルフレッド・マーカスは通称だからな。アルスス・ストレイデス・メルクリオだ」
アロヴィイダルの厭味たっぷり人事はつまり、こういうことだった。
アルフレッド・マーカスも出身地であるD二三一五線に戻れば上流階級出身者。Dクラス線で十分な教育を受けられる者の多くが上流階級だから、D線出身の局員が王族貴族なのはけして珍しい事ではない。
しかし身分制度をかさに着たがる者にとっては、アルスス・メルクリオとしての証言はたいてい無視できないという寸法だ。
いいかげんえげつないやり方だが、強制捜査課とて皆が皆、脳筋というわけでもなかった。
そして実はもっとえげつないのが、穏健派で知のメルクリオと知られる一門の出であるマーカスだけではなく、家門に拘る者の誰がどう聞いても武闘派の御舘をつけているところだろう。
……もっとも、強制捜査官のマーカスの方がよほど武闘派なのだが。
さらに何か言いたてようとしたエルステッドに、背後にいた紋章長官が何か声をかける。
紋章長官は外交で関わる人物を記録する任を負う役職だ、おそらくメルクリオの立ち位置に関してコメントしたのだろう。
「というわけで、侮辱行為は成立し記録もされましたね」
藤吾郎のえげつない脅しに、殿下は少し唇を震わせた。
「……ふ、ふん、オタテ殿ならば我らにご理解を示してくださるはずだ」
「あー、ありえませんね。それは保障しますよ。押し込み強盗および強姦の罪を犯した者は斬首、というのが豊洲の法度でしたからね、当主なら伝統を重んじますよ。ちなみに実行者に至るまで処罰の対象となりました」
自分も危ういと理解したのだろう、立会人のエルステッドの顔からますます血の気が引き、白くなっていた。
自治区内も今は現代的な法に置き換えられているから、エルステッドの恐れているような事態にはまず、ならないのだが、わざわざそれを言わなくてもいいだろう。そもそも現当主はひねくれた正義感の持ち主だから、ただ裁いて終わりにしてやるほど可愛げのあるはずもない。
「で、どうされますか。本来なら選択の余地なく御舘家による名誉回復が行われるところですが、私も監視局員ですのでね」
人畜無害平凡至極、の八文字が良く似合う見かけの御舘がこういう物言いをすると、逆に妙な不気味さが漂う。それを良く知っている御舘の発言に、文化調整官がこっそりと片眉を上げていた。
「協定違反に付いて取り決めどおりにされるのであれば、私から当主の説得の労をとることも可能です。すぐ決断なさるのが難しければ、数分考えてみてはいかがですか。」
おまえのケツには棘付きの尻尾が生えてるんじゃないのか?
マーカスがそんな事を言い、御舘はさあね?と答えたきり、文化調整官に場を譲った。
続きます