自殺人事件
一つのテーブルを挟んで椅子に座って向いあう女性二人。幼い見た目の彼女は少女と表現すべきであり、女性と形容して然るべきなもう一方の人物とは姉妹のようである。二人は互いの顔を交互に睨みつけ、ずっと言い争いをしているのだった。
「アンタがもっと努力してくれればこんな事にはならなかったのよ」
咎めるような視線と、それに準じた口調。吐き捨てるように女性は少女に対してそう語り、受け止めた少女は同じように不機嫌そうな表情を浮かべる。
「私のせいだって言うの? 努力を生かせなかったアンタだって悪いでしょ」
少女の言葉により一層、怪訝そうな表情を深める女性。
「土台が悪けりゃ、建つ家も建たないのよ」
女性の言葉に「ふーん」と見下して、したり顔を浮かべる少女。
「逆じゃないの。しっかりした土台があっても、家が建てられるかどうかはその人の腕次第だもの。責任転嫁? みっともなーい。年上のくせに」
嘲笑交じりな少女の言葉に、顔を顰める女性。
「好きであんたより年上になったんじゃないわよ。子供だからって調子に乗ってるのね。どーせ、数年もすればアンタだってこうなって、みっともない生き恥をさらすのよー」
「生き恥って認めてるんだぁ。格好わるーい」
「そうよ。認めているからこそ、憤ってるんじゃない」
女性はあっさりと認めて、腕組みをして少女に見下した視線を送る。
「だったら、自分の責任だって自覚して。私にとやかく言ってこないで。年下にそんな責任を押し付けて恥ずかしくないの?」
「恥ずかしいとか、そんな問題じゃないわ。演劇で言えば台本に演者が殺されたのよ?」
「演者が台本を殺したんじゃないの? きちんと立ち回ってよ」
「まだ表舞台にも立った事のないひよっ子が言うわね」
「とにかく――私にそんな事を言われても知らないわ。責任? それを自分で受け止めるから大人なんでしょ? まだ子供の私にそんな事――言わないで」
冷たく少女が言い切ると、女性は反論もせず首を垂れてしまう。不機嫌そうに顔を背けた少女は視線だけを彼女に送り、様子を窺う。
「だったら……だったら、どうすればいいのよ?」
悲痛な叫びと共に女性は机の上でうずくまって泣き出してしまった。そんな彼女を侮蔑の視線で見つめる少女は冷たく、告げる。
「だったら――死ねば? 私はアンタみたいな大人に生きる価値はないと思うわ。生きてても、死んでいても同じなら、どちらでもいいなら私が選んであげるわ。死んでよ」
少女が淡々と語りきると、すすり泣いていた女性は笑う――そう、どこか享楽的に「ははは」と、「ははは」と、「ははは」と、笑い始める。
そして、不気味な笑みと共に少女を見つめる。
「私もそう思ってた時期があるわ。駄目な大人は何のために生きてるんだろうって。自分の責任一つ、背負えない時点で敗北者だって――自覚して生きてるのは恥ずかしくないのかってね。……やっぱり、死ぬべきかしら?」
「死んで」
「どうしても?」
「死んで」
「他に道はないかしら?」
「死んで」
「でも、私は……」
「死んで」
少女の一辺倒な回答にゆっくりと笑みを浮かべた女性「分かったわ」と言って席を立ち、扉を開いてその部屋から出ていった。
後日――女性の遺体が発見される事となる。誰かの介入があったとは思えない完全なる自殺ではあったが、言うまでもなく彼女は一人の少女に勧められて自殺に及んだのである。本来ならば自殺幇助として罪に問われるべきであろうが――奇しくもこの少女は、この世に存在しないのだ。