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第2話 竜の脱出計画

木窓から、月明かりが漏れ入ってきている。わたしは殺風景な部屋の、つめたい檻のなかで考えを巡らせていた。わたしは一先ず、自分の状況を整理していた。





身体にぐるぐると巻きつかれていた鉄縄や、うっとうしかった口輪は檻に入れられる時にはずされ、今は足枷が嵌められていた。




じっくり時間を与えられたお陰で、今やわたしがドラゴンになってしまっているのは疑いようもない事実となっていた。なにより足枷を引きちぎろうとすると本当に痛い。あーあ。夢であって欲しかった。




どうせ生まれ変わるなら大人の知識を持ったまま前の世界に生まれ直して勉強チートで楽人生歩むとかさ…。



なによドラゴンって。完全に獣ですありがとうございます。喋れないし、この手じゃ漫画も読めな…え。この世界漫画ないじゃん。




ゲームもアニメもないでしょ?極め付けにおしゃべりも出来ないときたよ。どうやって暇潰せばいいねん。ドラゴンってどれくらい生きるの?ねえ寿命はー?



残った娯楽ってなに。食か。食べるのが趣味ですってなるの?この世界ご飯美味しいの?ドラゴンめっちゃ食べるって言ってたけど大量に美味しいご飯食べるならお金がかかりすぎるよね。ドッグフードみたいなもの食べさせられるのかな。やだよ。いやそれしか出されなかったら食べるけど。




わたし逃げる。絶対逃げ出す。一生こんな風にオリの中に閉じ込められて過ごすのなんて耐えられない。そんなの生きている意味がない。




逃げ出そう。




小屋の様子はといえば、あまりしっかりと建てた小屋ではないようだ。床は地面がむき出しで、踏み固められた土の床だ。


小屋自体は木造で、部屋の中には卵を保管するためであろう大きな浅い箱が積まれ、中には藁が敷き詰められている。窓側の壁際には藁束が積み上げられていた。




───いったいどうやって逃げてやろうか。どうやってあの卵泥棒達を出し抜こう。どうやって枷を外そう。






わたしはあいつらを卵泥棒と呼ぶことにした。卵泥棒たちは長期に渡って卵を、しかも、ドラゴンの卵を扱っている商売をしているらしいから。






男達のうちの1人が、わたしを檻に入れる時にわたしが孵った卵の殻を一緒にいれていった。


本能で分かった。卵から孵った竜は、自分の卵のからを食べる習性があるみたいだ。


卵泥棒はそういったドラゴンに関する知識を持っているのだろう。竜の赤ちゃんはこういったものだから、なんだらなんだら。と知識を披露していた。






なんだか改めて飼育される動物として扱われている感じがして、あまり気分の良いものではなかった。だけど、卵のからを檻に入れてくれたことは褒めてやろう。だって、とってもおなかがぺこぺこだったから…!


わたしは鉤爪で卵のからを近くに引き寄せた。卵のからは黒曜石のような深みのある色をしていて、ちょっと、わたしはからを色々な方向から眺めてみた。






不思議なグラデーションの黒い地に金砂を撒いたような金色が綺麗な卵のからだった。まるで宝石みたいだ。


わたしはおなかがすいていたので、そのままガブリと卵のからに噛み付いた。ばき、ぱきりと小気味よい音を立てながらわたしは最初の食事をした。



あぁ、自分の卵のカラをこんなにおいしく食べることになるなんて。本当に自分は、竜に転生したのだなぁ。





わたしは人間の頃の記憶を持っていた。人間の頃はわたしは普通の人間だった。制服をきて普通に学校に通っていたんだ。いつ死んだのだろう?そのあたりがうまく思い出せない。ぱきり、ぱきと卵のからを噛み砕いていく。




自分の死んだ時の記憶なんて無い方が良いのかもしれないが…。




異世界転生ってやつだな。わたしのいた世界では竜は想像上の生き物だった。本やゲームなどでは定番のモンスター。竜はゲームだと、中ボスやラスボスなどによく雇用されているのを思い出した。





今世のドラゴンこと自分はこうやって捕まって売られているから、この世界での竜という種族は、もしかしたらそんなに強くないのかも。






いや待てよ。ちらりと自分の爪を見てわたしは考え直した。おそらくだが、弱くはない生物のはずだ。この爪と牙は肉食の証だ。それに人間達がわたしをこんな厳重な檻を使ったり、鉄の口輪や鉄縄を使うことから、少なくとも人間に危険視される程度には強いはずだ。






それに、知能が高い種族かもしれない。生まれた直後から人間の言葉を理解しているのだ。この世界の常識はよく分からないが、もしかしたら竜は生まれながらに何か不思議な力が備わっているのかもしれない。転生したために備わった力という可能性もあるが、他に比べられるドラゴンがいないので分からない。




まぁ理解できていても、喋ることができなければあまり意味がない。喋れたら、説得することも出来ただろうのに。あの卵泥棒達を騙して逃げ出すことも出来たのに。あぁ、悔しい。







わたしはバシリ、と尻尾を地面に叩きつけて打ち鳴らした。───今世のわたしはどうも怒りっぽいというか、気性が荒いような気がする。竜の気性というものに引きずられているのかもしれない。






今だって卵泥棒のことを考えるとめらめらと腹の底に怒りが湧いてくるのだ。だけど今はあいつらに勝てないし、逃げ出すこともできないのが分かっていた。






どっちにしても、このままどこかの金持ちに売られてしまえばさらに逃げられない状況になるだろう。自由なんてものは無くなってしまうだろう。飼われる生活ってどんなものなのだろう。自分が犬や猫みたいに人間に飼われることを想像してわたしは頭をぶんぶん振った。



なんてげんなりする未来。絶対に回避したい。絶対逃げ出すんだから!




卵を十分たいらげたわたしは、しかし、いい案が浮かぶわけでもなくイライラと檻の中を歩きまわっていた。転生し、生まれ落ちて1日と立っていないというのに自分の暗い未来が分かってしまっているのも不幸なものだった。木窓に目を向ければ、外は月灯りがもれ射し込んできている。








くそう…外には世界が広がってるのに!自由のない生活なんて想像したくない。未来に希望がない。こんな狭い檻の中で飼い殺される人生なんて…。そんな運命なんて───いやだ!!






何も出来ない苛立ちに、小さな竜ながら竜らしい怒りの咆哮をあげた時。ぱち、ばちっ…と目の前で光がまたたいた。






───うわなんだ!びっくりした。いまのは…─??








確かめるべく今度は意識をしてふしゅー、と長く息を吐いた。すると、先ほどと同じように、蛇のような裂け目の鼻の穴から火花がぱちぱちと飛び出してきたのだ。






そうか。そういえばドラゴンは火を吹くものだった。翼と同じく、火を吹く能力なんてものは人間の頃にはなかったから、忘れていた。





すう、と息を吸い込んで火を吹こうとする。ぱちぱちと火花が出るだけだ。普通に面白くて何度もやっていたら、なにやらコツを掴んできた。


おっ、なかなか。


おっ、 さっきよりずっといい。


もっと、もっと。



ぼっ!と小さな火がともった。なんと、火を吹くことにわたしは成功したのだ。人間を辞めてはや数時間、わたしは火を吹きましたよ!お母さん!






ライターが必要なくなるね、使う機会がなかなかなさそうだけど。などと考えていたところで、ふと、火を使えばもしかしたら卵泥棒達から逃げることができるかもしれないと思った。



わたしはきょろきょろと何か使えそうなものはないかとあたりを見回して、ようく燃えそうものを見つけた。





うず高く積み上げられていた藁の束だ。この部屋は卵を置いておく部屋らしく、藁束がうずたかく積み上げられている。藁束は壁際に積まれている。あれに火が届けばこの小屋に火が広がるだろう。





そして檻のなかにある布──おそらくわたしの寝床用かな──に火を点けて、どうにか壁際まで投げて引火させることが出来れば小屋を火事にすることができる。あとは火の温度で鉄の檻を壊して逃げるのだ。






チャンスは一回きりだけだ。あんまり上手くいくように感じない。むき出しの土の床に落ちてしまえばこの火事計画は終わってしまう。



わたしは慎重に、頭の中で何回もシュミレートを繰り返した。布に火をつけて、尻尾で火のついた布を壁際まで弾き飛ばす。上手いこと藁束に燃えうつればあの藁束の量だ。小屋の壁に引火するのに十分な炎になるだろう。



わたしも炎に巻かれるだろう。しかし本能が、わたしには炎が効かないということを教えてくれていた。






この一回にわたしの人生、もとい竜生がかかっている。わたしはこくり、とのどをならした。






そして───わたしは息を吸い込み、ぼう、と小さな炎を布に吹きかけた。そして火のついた布を尻尾の先に乗せた。布はめらめらと順調に燃えていたが、触ってもまったく熱く感じなかった。やはり、わたしには炎が効かないらしい。






尾を檻の外に出すと、背中に緊張が走った。上手く届いてくれ。一筋の望みをかけ、ブンっとわたしは尻尾をいきおい良く振り、布を弾き飛ばした。






───って、あぁ…!






投げあげられた布は空中で広がり、その面積により生じた空気の抵抗で、ヒラリ、ヒラリと空中で煽られる。






───そうだよ。布なんか投げても思った方向に飛ぶわけない。あぁ…。





布が着陸したその場所は、残念なことに藁束まであとほんの少しというところだった。





───あとちょっとだったっていうのに。あとちょっと。風でもあればもしかしたら。窓でも開いていれば風で火の粉が飛ぶかもしれない…。




いや、例え風が吹いていたとしてもそんな上手い具合に風がいくわけない。せっかくの火が消えてしまう。






火の粉がふわりと空中に舞った。





───あれ。そういえば。





そこでわたしは唐突に、自分の背中にくっ付いているものを思い出したのだった。






───すっかり忘れてた。翼だよ翼。翼があれば、風を起こせるじゃないか。





火が小さくなっている。善は急げとばかりにわたしはぐぐぐ、と翼を伸ばした。身体のわりにずっと大きな黒い翼が広がった。





───うわ、すごい…。じゃなくて、はやく風を起こさないと。






背中から伸びる大きな翼に力をこめて羽ばたかせると、と翼膜が空気を掴むような抵抗を感じた。



やはり、手足と違って翼は不慣れな感じがして動かしにくかったし、檻の中では十分羽を広げられない。それでも狭い檻の中でわたしはああでもない、こうでもないと自分の翼をくまく使おうと格闘していた。





───早くしないと火が消えちゃう…、あそこまでお願い、届いて!






力を込めた最後の一羽ばたきで、翼に重い、確かな風の手応えを感じた。布を見ればもう燃え尽きてしまうところだった。そこに風のゆらぎがゆらりひと吹き。火の粉を一つ、藁束の上に運んでいった。






ポツリと藁束に落ちた火種はじわりと赤い波紋を広げたかと思うと、舐めるように藁束に燃え移っていった。





やった───。火がなめらかに伝わっていく様子をわたしはどきどきしながら見守った。自由のためとはいえ、放火をしたのだ。人間ではないが、罪に問われるだろうか?




大量の藁束に燃え広がった炎は、またたく間に壁にもその炎を移した。壁が燃え、天井が燃え…。わたしはその様子を座って眺めていた。すでにあたり一面は火の海だった。







寝ていた卵泥棒達もこの事態にようやく気がついたようだ。わぁわぁ騒ぎながら、ばたばたと走り回る音が聞こえてきた。残念だったね、流石にもう消せない程に火は大きくなっているよ。






そこにバタン!と扉が開いたかと思うと、卵泥棒の1人が大慌ての様子で入ってきた。






「ぐぅっ…熱…っ!やっぱりここが火元か!ぅ…生まれてこんなにはやく火を吹くなんて聞いたことがないぞ───!」






ともかく大事な商品だ!お前をを失うわけにはいかねぇ!そういって卵泥棒の1人はわたしの檻ごと持ちだそうと檻を掴んだ。







───お前を失うわけにはいかねぇ!なんてセリフ、こんな状況で聞くことになるとは思わなかった。でもお金のためだもんね。ざんねんながら、ロマンスの欠片もなかった。




必死なところ申し訳ないけれど、わたしはこの火事に巻かれて脱出するつもりなんだ。その手を離してっ。





私は息を吸い込むと、ぼぅ!と卵泥棒の手を目掛けて火を吹きかけた。






「ぐあぁ!熱っ!…あっっ痛ーーーーー!痛!熱!いたっ!あっつーーー!」






熱さで私の入った檻を取り落とした卵泥棒は、さらにわたしの入った檻を足に落とすというギャグ(ではない)をやらかして跳ねまわって叫んでいた。






───あ、流石にかわいそう。ごめん。

でも、こっちも人生…もとい竜生かかってるんだ。ごめんね。




わたしは口を開けて檻にガンガンと噛みついて威嚇してみたり、火を吹いて威嚇して卵泥棒を近寄らせまいと奮闘した。我ながら、まるですっかり興奮しきって檻の中であばれる動物のようだ。



卵泥棒はなんとかわたしを檻ごと連れ出そうとやっきになっていた。





卵泥棒は何回か根性を見せて、わたしに攻撃されるのも構わず檻を掴んで持ち出そうとした。わたしも捕まるわけにはいかなかったため、かわいそうに思いつつも火を卵泥棒の手に吹き付けざるを得なかった。




炎の勢いが増し、とうとう最後には卵泥棒は半泣きになりながらわたしをあきらめて、外へと脱出していった。











───はぁ。つかれた。最後の方はもう、向こうもわたしも半泣きの攻防戦だった。ようやくあきらめてくれた時には本当にホッとした。



だって、あきらめてくれなかったら、卵泥棒がそばで焼け死んでいく様を見ることになっただろうから。自分の起こした家事で人が死ぬところなんかみたら寝覚めが悪くなるからね。




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