【童話】金の斧・銀の斧~その後~
昔ある森の中に、二人の木こりが住んでいました。一人は正直でやさしい木こり、一人は嘘つきで意地悪な木こりでした。
ある日のことです。正直でやさしい木こりは森で木を切っていましたが、手を滑らせて近くの泉に斧を落としてしまいました。木こりが困っていると、泉の中から若い女の姿をした泉の精が現れました。
「この斧はあなたの物ですか?」
泉の精は金の斧を差し出しながら尋ねてきました。
「いいえ、違います」
木こりが正直に答えると泉の精はすぐに潜って銀の斧を持って出てきました。
「では、この斧があなたの物ですか」
「いいえ、違います」
彼女は再び泉に潜ると、今度は木こりが落とした斧を持って現れました。
「では、これがあなたの斧ですか」
「はい、それです」
木こりは正直に答えました。
「あなたは正直な人ですね。では、褒美としてこちらの二本の斧も差し上げましょう」
泉の精は、彼に金の斧と銀の斧、そして彼の落とした鉄の斧の三本を手渡すと、そのまま泉の中へ帰っていきました。
そのことを正直な木こりから聞いた意地悪な木こりは、自分も泉に斧を落として金の斧を貰おうと考えました。
「へっへっへ、この泉だな」
泉を見つけた木こりは鉄の斧を投げ入れました。すると、しばらくして泉の精が現れました。
「この斧はあなたの物ですか?」
泉の精は金の斧を差し出しながら尋ねてきました。
「ええ、あっしのでありんす」
もみ手をしながら金の斧を貰うのを待った木こりでしたが、泉の精は彼の手をピシャリと叩いて言いました。
「嘘おっしゃい! あなたが落としたのは、この錆付いた鉄の斧でしょう」
「わかってるなら聞くな馬鹿やろう! 黙って金の斧をよこせ!」
「嘘つきにくれてやるものなんてないわ!」
売り言葉に買い言葉、思わず喧嘩腰になった木こりに怒った泉の精は、木こりの落とした鉄の斧を持ったまま泉の中へと消えていきました。
金の斧が手に入らなかった意地悪な木こりは、虫の居所が悪いので正直な木こりに八つ当たりしにいきました。
「あのインチキ精霊、斧をよこさなかったぞ! テメェ~にくれて何で俺によこさねぇんだ!」
「正直に答えないからだよ」
「俺は正直だ!」
「嘘をついたのに?」
「俺は俺の気持ちに正直だ! 金の斧が欲しいという欲望に正直だ!」
正直な木こりはハッとしました。意地悪な木こりが言うことにも一理ある。自分は本当に正直なんだろうかと。
「おめぇ~だって、金の斧が貰えると知ってりゃ~嘘をついただろう? たまたま、最初に泉の精に会って、金の斧が貰えるって知らなかったから貰えた。そうじゃねぇのか?」
「そうかもしれない……」
「だいたい、誰だってタダで金の斧が貰えるとわかれば欲しいと思うのは当然だ。その気持ちを曲げて鉄の斧を落としたって言っても、自分の気持ちに正直じゃない! 自分に嘘をついている! そうだろ? なぁ?……いいか? 本当に正直なのは俺様だ! お前は自分の気持ちに正直じゃない! お前は嘘つきだ!」
言いたいことを言って憂さを晴らした意地悪な木こりは去っていきましたが、嘘つき呼ばわりされた正直な木こりは悩み始めました。自分は確かに何を落としたか正直に答えた。だけど、自分の気持ちに対しても正直だったのだろうかと……
翌日、正直な木こりは精霊に貰った金の斧と銀の斧を持って泉に行きました。
「精霊さん、精霊さ~ん」
「は~い」
泉の中から精霊が返事をしながら出てきました。
「あら、どうしました? 正直な木こりさん」
「この間貰った斧を返しにきました」
「どうして?」
「私が正直じゃないからです、自分の気持ちに嘘をついていたからです」
「自分の気持ちに嘘を?」
「ええ、だからこれはお返しします」
正直な木こりは金の斧と銀の斧を泉の精に渡しました。
「そんなこと言われても困ります」
受け取った斧を泉の精は木こりに返そうとしました。でも、木こりは受け取りません。
「困りましたわね……。これは正直な方に渡すことになっているのに」
「私は正直じゃありません。泉の精さん、本当の正直って何でしょう? 金の斧が欲しいという気持ちに嘘をついて正直に鉄の斧を落としたと言うことでしょうか、それとも金の斧が欲しいという気持ちに正直になって嘘をつくことでしょうか?」
「そう言われると考えてしまいますね」
「う~ん……」
ふたりはうなりながら考え始めました。すると、何処からともなく飛んできた鉄の斧が泉に落ちてしまいました。
「あら、斧が落ちてしまったわ」
泉の精は慌てて斧を拾い上げました。そこへ、賢そうな少年が駆けてきました。
「あの、僕、斧を落としたんですけど」
泉の精はその手に金の斧を握って、例の決まり文句で聞き返しました。
「この斧はあなたの物ですか?」
「いいえ、僕が落としたのは鉄の斧です。でも、金の斧も欲しいです」
少年の答えに木こりと泉の精は感心しました。
「そうか、こう言えばよかったんだ。これなら自分の心にも嘘をついていないし、言っていることにも嘘がない」
木こりは感心しきりです。
「木こりさん、何をそんなに感心しているんですか?」
少年の問いに木こりは今までの経緯を話しました。それを聞いて少年はキッパリと言いました。
「どっちが正直かはともかく、自分の気持ちに嘘をついても法を犯すことはないけど、言葉で嘘をついたら偽証罪に問われることがありますよ」
木こりは納得して手を叩き、泉の精は微笑みながら斧を取り出して言いました。
「あなたは正直で賢い人ですね。では、あなたが落とした斧のほかに、褒美としてこちらの金と銀の斧も差し上げましょう」
「わ~い」
喜ぶ少年の背後から物凄い速さで女の人が駆けてきました。
「むやみやたらにウチの子に物を与えないで頂戴!」
女の人は少年が貰うはずだった斧を取り上げて泉の精を睨み付けました。
「何をするんですか!?」
「それはこっちの台詞よ! 子供のうちから簡単に金だの銀だの手に入れられたら、楽をすることばかり考える子に育っちゃうじゃないの! もう少し考えなさいよ!」
強く言い切られて泉の精もたじたじです。
「ほら、ウチに帰るわよ」
「は~い……」
斧を取られた少年は元気なく返事をし、泉から離れていきました。
「それじゃ、あの、斧は返してくれるんですね?」
泉の精が少年の母に手を伸ばすと、思い切りひっぱたかれました。
「誰が返すと言ったの!?」
「さっき、簡単に与えないようにって……」
「本音と建前ってあるでしょう? ウチだって生活が楽じゃないのよ、貰えるものは貰っておかなきゃ。それが金ならなおさら。でもね、子供の教育上苦労もせずにポンポン物を与えられたら困るのよ」
「はぁ……」
「まったく、泉の精って気楽でいいわね。こんな泉に日がな一日浸かって、気まぐれで金の斧与えてみたりして」
「気まぐれって、私は正直な人に……」
泉の精が何か話そうとしているのを聞かずに、少年の母は言うだけ言うと去っていきました。その先には男の人がいました。
「ダメじゃないか、泉の精にあんなことを言っちゃぁ~」
「だって、生活苦なんて感じないあの浮世離れした思考回路に腹が立つんですもの」
「しょうがないだろ、泉の精なんだから。それに、金の斧・銀の斧っていうのは、人は正直であるべきと説く、道徳的なだな……」
「道徳がなによ、道徳じゃ食べていけないじゃないの。生きるためには何でもする、それが唯一の真理よ。道徳だの哲学だの考えるのは生活にゆとりがあって暇だからよ、私が何を言いたいかわかる?」
「道徳だけじゃやっていけないってことだろ……」
「あなたの稼ぎが少ないってことよ!」
少年の両親はそんなことを言いながら去って行きました。それを聞いていた泉の精と木こりはなんだかいたたまれない気持ちになってきました。
「世の中って、難しいですね……」
泉の精はがっくりとうなだれました。
「ええ、こう……なんかやるせないですね。こういうとき、なんて言ったらいいのでしょう?」
泉の精は手にした斧を見て言いました。
「OH! NO!」
……と。
原作:イソップ寓話。
2002年ごろ執筆