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第一章 4

 午前八時三〇分。一限目開始のチャイムが鳴り響く。

 通常であれば、全校生徒はクラスにいて、定位置に座っている時間だ。

 鳳雛学園には不良チックな外見をした者はいても、根っからの不良はいない。それはつまり、授業をサボる生徒が極めて少ないということだ。

 よって、屋上にいるのは現在、暗人、京香、香澄、和也の四名のみである。

「な、なんの用、かな? 逢魔さん」

「大事な話があるって言ってたけどよ、それって授業抜けてまでする話なのかよ?」

 語調は違えど、二人の顔に貼り付けられているのは一様に不安であった。

 それも仕方がない。学園内において浮きに浮きまくっているあの逢魔京香が直々に声をかけ、授業など無視して屋上に来いと強要したのだから。

 ――まぁ、京香は色々勘違いされてるからなぁ。警戒されるのも無理ないよね。きっと二人はこう思ってるんだろうな。あの逢魔家の若き当主が、気に入らない生徒をリンチしようとしてる、みたいな。

 京香の学園内での態度からして、それも当然の推測のように思える。

 彼女は基本的にほとんど喋ることがない。常に無表情でじっとクラスの中を睨むように見続けるのみ。誰かが話しかけたとしても、威圧的かつ高圧的な返事で相手をビビらせまくる。

 そのような態度でいるから、彼女は恐ろしい人間であると誤解されているのだ。

 ――実際は何も考えずにボーッとしてるだけなんだよね。喋り方がアレなのは京香の人格が破綻してるってだけで、相手を怖がらせようとしてるわけじゃないし、相手が嫌いなわけでもない。まぁ、それを知ってるのは学園内では僕だけなんだけど。

 別にこんなこと知りたくもなかった。そう考えてため息を吐く。

 と同時に、京香の唇が滑らかに動き出す。

「貴様等を呼び出したのは他でもない。そこのモブ顔がやらかしたとされる事件に関してた」

 単刀直入な切り出しに、和也と香澄は体を震わせた。

「……俺はやってねぇよ。どうせ信じちゃくれねぇんだろうけどな」

 悔しそうに俯く彼に、京香は彼がもっとも欲しているであろう言葉を送った。

「いいや、信じるぞ? 実際、貴様は何もしてはいないのだからな」

「えっ? な、なんだって?」

「二度も言わせるな、このグズが」

「ほ、本当に信じてくれるのか? ほ、本当に?」

「貴様の頭にはウニでも入っているのか? 二度言わせるなといったはずだ」

 不愉快そうに言い放つ京香だが、和也はちっともへこたれない。それどころか。

「あ、ありがとう!」

 目を輝かせて京香の手を握り、ブンブンと上下させた。

 それにより、“三人”の目が吊り上がった。

「気安く私に触れるな! この不埒者が!」

「カズ君……また浮気するつもりなの……?」

「い、いや、あまりに嬉しくって、つい」

 手を振り払う京香に、無個性な少年を睨む香澄、申し訳なさげに笑う和也。

 そのやりとりを傍で見ていた暗人は、心中で唾を吐いた。

 ――なんだ、今の手の速さは。この天然フラグ建築師は京香まで自分のハーレムに加えるつもりか。あぁ腹立たしい、妬ましい。僕が同じことしたら思い切り叫ばされたうえ警察に通報されるっていうのに。……やっぱこの能面野郎は事件の犯人として少年院にブチ込むべきだ。

 真っ黒な瞳に怒りの炎が灯る。どこぞの校舎で窓ガラスが割れる音がしたが、気にしない。

 そして、京香は気を取り直すように咳払いし、話を続けた。

「さて、私が貴様を信じると言ったことには当然ながら理由がある。そうでもなければ、心底から信じるなどという言葉は出ん。それは貴様ならばよくわかるだろう? 鬼龍院香澄よ」

 言葉を投げられて、俯く栗髪の少女。

「……正直に言ってしまうとね、あたし、カズ君を完璧に信じることができないの。カズ君がそんなことしてないって確信してるはずなのに、なぜだか疑っちゃう。まるで、そうなるように心をコントロールされてるみたいに……」

「まるで、ではない。まさしく、だ」

「えっ?」

「これから話すことは、信じるも信じないも貴様等の勝手だ。どちらにしても我々がすることに変わりはないからな。ただ、信じれば気が楽になるとだけ言っておこう」

 そう前置きして、京香は和也が巻き込まれた事件について話し始めた。

「まず、この一件において、犯人は鷹峯和也ではない。魔術師だ。私と同じ、な。鷹峯和也、貴様は魔術師による犯行を目撃しただろう? それゆえに、貴様が犯人という風に“世界が改変”されたのだ。ゆえに、学園どころかこの世界に存在するもの全員が、鷹峯和也=犯人とみなしている。冷静に考えれば、犯人であるわけがないというのに、だ」

 語られた内容に、和也も香澄も固まってしまった。

 ――まぁ、当然こうなるよねぇ。僕が二人の立場だったとしても、信じたりしないだろうし。ま、京香の言った通り、信じようが信じまいがどうでもいいんだけど。

 じっと二人の動向を見守る暗人。

 たっぷり一〇秒の沈黙の後、和也が喋り始めた。

「俺、逢魔のこと信じるよ。最初は意味分かんねぇって思ったけど、状況が状況だし……。それにあの時のことを思い出すと、お前の言うとおりなんじゃねぇかって思えてくる」

「ふむ、やはり現場を見たか。その時のことについて、なにか覚えていることは?」

「あまり役にたつ情報じゃねぇけど……三叉路を曲がった先の通路で、レインコートを着た奴と、その近くにある黒焦げの死体を見たんだ。それで俺、気が動転しちまって……」

「そのまま逃げ帰った、と。まぁ、懸命な判断だな。そうしなければ、今頃貴様も死体として転がっていただろう。それを望む者もいるだろうが」

 横目で暗人を見やり、微笑する京香。余計なことを言うなと言わんばかりに睨めつける少年。


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