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第一章

 秋の暮。夏場と違い、午後六時を回れば外は大分暗くなる。雨まで降っているのだから、闇色の濃度は殊更強い。

 さりとて、このような環境であっても、人々は外を出歩くものだ。その目的は様々であるが、人がどこにもいない空間などというのは、通常ありえないことである。

 そのありえないことが発生している場所が、天原市だった。

 神凪市のちょうど北方に位置するこの土地には、現在居住者がゼロの状態だ。

 その理由は、一〇年以上前に起きた“大震災”である。なんの前触れもなく起きた災厄は、市全体を更地も同然の焼け野原へと変えた。建造物は勿論のこと、天原に住んでいた人間達もほとんどがこの世から失われ、震災当時はさながら現世の地獄と囁かれたものだ。

 一〇年以上過ぎても未だ復興作業が終わらず、建設中のビルがまだ大量に残っているところを見れば、震災直後がいかなるものだったかは容易に想像がつくだろう。

 一応居住エリアはほぼ完成しており、人が住むことは可能であるが、なぜだか誰一人としてここに越してこようというものはいない。大震災を生き延びた者達も、外部からの者も、只の一人たりたてここに住もうとしないのだ。そういった事情もまた、復興作業が中々進まない要因である。

 さて、まさしくゴーストタウンそのものである天原市。その只中を突っ走る、一人の学生の姿があった。

「ハァ、ハァ……あぁもう、時間経つの早すぎだろ、ちくしょう! 二、三時間とかちょっと遊んだらすぐに来ちまうんだよなー」

 特にこれといった特徴のない少年、鷹峯和也たかみねかずやは、雨の中をダッシュしながら愚痴を零した。

 個性のある顔立ちではない彼であるが、生まれ持った存在感からか、クラスでは人気者である。友達一〇〇人余裕で作れて、なぜだか美少女にも囲まれる鷹峯少年は、本日も友人達とまるでラノベ主人公のような生活を送っていた。

 で、またもや門限オーバーをかましてしまったというわけだ。

「母ちゃん時間にはうるさいからなー。まーた小一時間説教だよ……。早く帰んねぇと説教時間がプラスされちまうぜ」

 それはなんとしても避けたいところである。今夜は“彼女”と電話で長々と話す予定なのだ。恋人との憩いの時間を中止するわけにはいかない。

 それゆえに、彼は普段絶対に行くことのない、近道を通っていのだ。

「……にしても、マジで不気味だよなぁ、ここ。できればこの時間帯には来たくなかったんだが……とっとと走り去らねぇとな。何か出そうで怖ぇ」

 ブルっと体を震わせて、和也は走行速度を早めた。体を濡らす雨が体力を容赦なく奪う。さりとて、それが気にならないぐらい、彼の意識は早期帰宅に向いていた。

 無個性な少年は黙々と進む。明かりがついておらず、人の気配が一切ない、不気味極まる空間に恐怖を感じながらも、自宅までのの折距離を縮めていく。

 そして、三叉路に行き着いた、その瞬間。

 彼は、見てしまった。

 最初に視界を覆ったのは、強い光。その直後の轟音により、それが雷光であると認識する。

 ――雷? ここに落ちたのか? ついさっきまでそんな気配無かったのに。

 疑問符が脳内を一巡。しかしそれについての考察は、次に捉えた光景によって不可能となった。

「……え?」

 彼の瞳が映したもの。それは建造途中の建物に挟まれた道、その中央に立つレインコートを着た誰か、その近くにある――

 黒焦げの、ヒトガタ。

 それがなんなのか、考えるよりも前にまず体が動いた。“奴”が佇立する道とは反対方向にある道を必死の形相で疾走する。

 追走の気配はない。運良く見つからなかったのだろうか。

 走駆しながら、和也は思った。

 ――俺は、何も見てねぇ!

 現実からの逃避。望まざる非日常の拒絶。

 

 それが許されぬことを、彼はこのすぐ後に身をもって知ることとなる。

 

   ◆◇◆

 

 鳳雛学園。全国でもトップ一〇に入る、有名進学校である。

“自由こそが才覚を育てる”を校訓とするこの高校は、おそらく日本中のどこよりも生徒の権限が強く、また、様々な意味でフリーダムな学び舎であろう。

 娯楽物、飲食物の持ち込み全面許可は勿論のこと、染髪、ピアス、制服改造に至るまで徹頭徹尾何をしても良い。

 そういった方針は風紀を乱すのでは、と危惧する者もいるが実際は全くそんなことはなく、むしろどこの学校よりも落ち着いていると言って良い。

 自由に過ぎる校風が生徒達のストレスをゼロにし、常にリラックスした心境にしているからだろう。勉学に勤しむ時はそれに集中し、遊ぶ時は馬鹿みたいにはしゃぐ。この学校に在籍する者達は、そういったスイッチの切り替えが自然と身につくのである。

 さて、そんな学校内の朝。現在、時刻は午前七時四五分。

 普通科二年五組。クラスの内部には、本日も平和な空気が流れていた。

 笑い合う男女のグループ、数人でゲームをする男子達、服やらなんやらのことで喋り合う女子連中。皆明るい顔をしている。

 そんな者共と混ざり合うことのない、歪な歯車が一人。

 珍しいことに、本日は彼もまたクラスメイト同様笑顔であった。

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